表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

赤く染まった頬

「ねぇ、あんたってオタクなの?」


 自称、俺の飼い主の結衣(ゆい)が言った。

 あいも変わらず不法侵入して俺の部屋に居座っている訳だが、我がもの顔である。


 結衣対策でインターホンに仕込んだ罠は撤去した。

 先日、お隣のおばさんが回覧板を持ってきた際に死にかけたからだ。

 ギリギリのところで未遂で終わって本当によかった。

 押す前に気付かなければ、俺は牢屋で飼われていた事だろう。


 ゴリラも気絶させる電流を流すトラップだったが、

きっと結衣ならこの程度では無駄だ。岩タイプかな?

 


 この結衣だが、おれは訳あって恋人の振りをさせられている。


『あなたを飼ってあげる♪』

『あんたなんか彼氏にしたくない。で、思ったの♪ペットにすればいいじゃないと』


 などとぶっ飛んだ主張を並べた挙句、有無を言わさず恋人役をやらされている。

 逆らえば、待っているのは死だ。

 俺は延命を選んだ。懸命な判断だ。


 しかし、俺は家畜に成り下がるつもりはない。

 俺は養われたいが、飼われたくはない。

 何が違うのかって?プライドの問題だ。

 そこには、雲泥の差がある。

 俺は、俺の尊厳を守る為にもこいつに振られる必要がある。


 そして、冒頭のメッセージだが・・・これはチャンスでは?

 いっそ思いっきり嫌われてやれば諦めてくれるのではないだろうか?


 結衣は真面目な優等生だ。

 中身はゴリラだが。いや外身か?

 見た目は美人なんだけどなぁ・・・。

 そんな見え透いたトラップに引っかかるほど、俺は愚かではない。

 奴は攻撃力が高すぎるのだ。人を超越した存在と言っても過言ではない。


 オタクのフリをして、好感度を下げておくのも悪くない気がする。

 こういう地道な努力が案外、大事なのではないだろうか?

 俺は全力で嫌われる為に、奴の嫌いそうな性格を間接的に創り出す。


 なぜ間接的なのかって?直接的にやると天罰が降るんだよ。

 意味が分からないと思うが、俺も分からん。

 多分、世界の方が間違っている。


「そうだな、俺は生粋のオタクだ。二次元に恋をしている」


 サブカルに抵抗はない。

 アニメも漫画も面白いし、無料で見れるものは片っ端から読破している。

 あれ程、高度な娯楽を無償で垂れ流すとは正気ではないと思うがおかげで退屈せずにすんでいる。日本バンザイ!仕事をしていない俺は時間はたっぷりとある。

 語れと言われれば無限に語れる程の知識はあるが、しかし、本物のオタクはそんなもんじゃない。俺なんぞが名乗って良い称号ではないのだ。

 しかし、この度は少しお名前をお借りするとしよう。


「恋人の前で言うセリフじゃないわね。お説教が必要かしら?」


 此奴のお説教【物理】は死に直結する。

 全力回避しながら嫌われないければならない。

 難易度ルナティックモードだが成し遂げてみせる!


「まぁ待て。育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めないだろ?」


 夏がダメだったり、セロリが好きだったりするのだ。


「ん〜、それもそうね。優先順位を私が最上位にしてくれれば、それで良いわよ」


 あれ?意外と寛大だな。しかし、それはそれで困る。

 嫌われなければ。


「幼ければ幼い程に良い!」


 ギリギリだ。ギリギリアウトだ。ギリギリか?まぁいい。

 ロリコンを印象付けてなんとか好感度を下げたい。

 しかし、これは賭けだ。(えん)どころか首を切られかねない。


「へぇ〜」


 あれ?意外な反応。こいつ実は凄い寛容的なのでは?

 それが分かっただけでも大収穫かもしれない。

 しかし、これで嫌われないとなると難しいな・・・。


「頬に赤丸があるキャラがたまらなく好きだ!」


 デフォルメがキツめ、免疫がない人にとってはキツめのラインを攻める!

 熱く語り掘り下げる事で、よりキツいオタクをアピール。

 これならどうだ!?

 

「あの赤いのってなんなの?」


 あの頬の丸はアニメに免疫のない外国の人にはハテナな事があるらしい。

 こいつも、アニメとか漫画は見ないだろうしな。

 チークの様に頬を赤らめた様子をデフォルメしたものだ。

 しかし、こいつにそれを言っても仕方がない。ここは・・・


「あれはロマンだ!」


 キマった。これは痛い。

 さすがに好感度はうなぎ下がりだろう?


「ふぅ〜ん。程々にね♪」


 か・・・完敗だ・・・。

 もしかしたら、全て見透かされていたのかもな・・・。

 俺は、今回も敗北を期したのだった。


・・・


 それから数日後。


 今日も今日とて不法侵入する自称、俺の飼い主。

 もう、諦めた。

 その日は、俺の誕生日だった。


「はい♪これ誕生日プレゼントよ。絶対にちゃんと使ってね。あなたの好きなモノを選んだから気にいるはずだし感謝しなさいよね!」


 驚きだった。

 パピー以外から誕生日プレゼントを貰ったのは初めてだった。

 

 素直にちょっと嬉しい。


「開けていいか?」


 俺は期待半分、恐怖半分で確認する。

 

「いいわよ♪」


 快諾。余計に怖いな・・・。

 しかし、こいつは案外、悪意がない。

 普通に良いモノな可能性も大いにある。


 俺の好きなモノと言っていたな・・・それ、なんだっけ?自由?


 この炊飯器ほどの箱に入るとは思わないんだが・・・。


 むしろ、こいつが解放してくれれば良いだけなんだから箱などいらない。

 一言で済むんだけどなぁ・・・。


 などと思いながらラッピングを剥がしたそこには・・・


『赤く染まった頬の・・・国民的人気キャラクターの顔があった。』


 幼稚園児に大人気の、頭が可食部位な・・・奴だ。

 どこまでも丸い頭、つぶらな瞳、赤い頬・・・。


 そこで俺は数日前の結衣との会話を思い出した。



 あ・・・そう言う事ね・・・。



 懐かしいなぁ・・・昔は、俺も好きだった気がする。

 しかし・・・この年で、これはキツい・・・。


 そこで、更に気付いてしまった。

 俺は、他に類を見ない程に物持ちが良い。

 幼稚園で使っていた物も、使えるのなら今でも使い続けている。

 俺の部屋には・・・例のキャラの鉛筆削りと色鉛筆など、そして本棚にはそのシールがいくつも貼られていたのだ。


 だからこいつはあの時、あんな事を俺に言ったんだな・・・。

 

「まさか、あんたがそこまであのキャラを好きだとは知らなかったわ♪

 まぁ、でもよく見れば可愛いし、童心があるのも悪くないわね」


 う〜ん。今更、否定するのも面倒臭い。

 ここは素直に受け取っておく事にした。


 しかし、これ・・・よく見るとお腹の部分に時計がある。


「もしやこれは・・・」


「目覚まし時計よ♪私の声を録音しておいたから毎朝、私の声で目覚める事が出来るわ。

 感謝しなさいよね!嬉しいでしょ?」


 それは・・・どんな爆音より目が覚めそうだ。

 寝覚めはすこぶる悪そうだが・・・。


 録音機能付きの目覚まし時計。昔、あったなぁ・・・今時よく手に入ったものだ。


「よくこんなの見つけたな」


 少し皮肉を込めて言ってみた。


「近くの商店街の怪しい地下道の中にある雑貨屋で売ってたのを見つけたの♪」


 効果はイマイチの様だ。


 ん?あれ?今なんて言った!?

 あの商店街に地下道なんてないぞ?

 普通のシャッター街になりつつある寂れた商店街だ。

 今も昔も、地下道なんてないし、ある訳がない。

 

 ・・・ナニソレコワイ。


 呪われてるんじゃないか?


・・・


 奴が帰った後、しぶしぶ俺は目覚まし時計を枕元に置いた。

 次来た時に置いていなかったら、命を刈られるかもしれないからな。


「しかし、音は消しておこう。心臓に悪そうだ」


 俺は、電源を切るべく目覚まし時計を持ち上げようとする。

 すると・・・


『ヨッコイショ』


 目覚まし時計が立ち上がる。

 そして、ニタァっと邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 ・・・呪われてるじゃないか!!


「おい、目覚まし時計が立ち上がるなよ。ロボか?」


 まだ、超テクノロジーのロボな可能性が微レ存。


『最新鋭の目覚まし時計は自走するロボ』


 さっきより流暢に喋ってやがる。

 動きが滑らか過ぎて気持ち悪い。

 一応、ロボである事を露骨に主張する謎物体。


 トコトコと枕元から移動し・・・

 スマホの充電器の端子をタバコを咥える様に口に入れた。


「おい、国民的人気キャラの格好で何をやっているんだ?そして、自力で充電とかル○バかよ!もしそうなら掃除しろ。あと電気代かかるなら処分するぞ?」


 俺はオバケなど信じない!

 つまり、こいつはロボだ!

 技術の進歩は凄いなぁ。しかし電気代がかかるなら処分だ。


『ワタシは省エネです。使用電力はスマホの十分の一デス』


 スゲェ。

 スゲェ・・・ヤベェ・・・。超テクノロジーだ。


 いっぷくした目覚まし時計ロボは部屋を掃除しはじめた。

 ゴミを手で拾いゴミ箱に入れる。散らかっている物を綺麗に並べる。

 あれ?なんだろう。可愛く見えてきた。


 無害なのでは?


「お前、俺を呪ったりしないだろうな?」


 俺はオバケなんて信じない!

 でも一応聞いておく。


主人(あるじ)である結衣様にキサマに悪い虫がつかない様に見張れと言われている』


 あ、ダメだ。一番ヤバいのに既に呪われていた。

 どうやら結衣の差金だった様だ。


・・・


 次の日の朝。


『起きなさい!朝よ!!』


 結衣の声で飛び起きた。おもに恐怖で・・・。

 声の発生源に目をやると・・・邪悪な笑みを浮かべる赤く染まった頬の顔。


 毎朝、これで目覚めるのか?ノイローゼになりそうだ。


 そして、今日もいつもの様に結衣が不法侵入してくる。


「ちゃんと目覚まし時計、使ってくれてるみたいね♪私の声で毎朝起きれるなんて、

あなたは幸せ者ね!」


 自信満々の結衣。その自信は一体どこから湧いてくるのか?


「幸せ」という字は「辛い」と言う字に似ている。


 一つ足りないだけで大惨事だ。


「ソウダネー。まぁ、掃除もしてくれるし省エネだし案外いいプレゼントだったかもな」


 俺は適当に返事をしながらも、監視役とは言え役立つロボを褒めた。

 目覚ましの時の声だけが問題だが・・・。

 唯一、正規の機能だけが不満なのだから皮肉なモノである。


 そもそも、俺は誰かに幸せにして貰うつもりなどない。

 俺の幸せは俺が決める。

 どんなに辛くても、俺が選んだ結果だ。 

 だから、俺は自分で勝手に一つ足して幸せにする。

 自分勝手に幸せになる。


 俺は自由だ。だから幸せだ。

 

 そんな俺の我儘な自由に、結衣を付き合わせるつもりはない。

 お前は、お前の幸せを・・・探せよ・・・。


 こう言ったらこいつは納得して、いなくなってくれるだろうか?


 

 無理だろうなぁ・・・。



「は?何言ってんの?目覚まし時計が掃除する訳ないじゃない。なんの冗談よ」


 ・・・



 えぇ〜・・・?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ