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A2

 次の日…。

 私は唖然とした。


 昨日の夜に出会った、あの素晴らしき女性の遺体が、他のゴミと同じようにゴミ捨て場に放棄されていたのだ。

 ぐちゃぐちゃになった肉の塊は、彼女の素晴らしい顔を別にすればただの生ゴミ同然だった。


 不思議であるのは全く肉が腐った様子が無いことだった。

 肉の断面にはウジ虫が湧き、他の生ゴミに埋もれたその身体からは、鮮血とは呼べない茶色がかった色の血が未だに流れ続けている。


「どうして…こんな…」


 酒が入っていたせいで曖昧なのだが、非常に曖昧でどうやって家に帰ったのかすら覚えていないのだが、記憶が確かであれば昨日は確かに警察、もしくは救急に連絡したはずだ。


 ああ、駄目だ。

 何も思い出すことが出来ない。


 それにしたってオカシイではないか。

 普通、人が道端で死んだのであれば、もしも私がどこにも連絡しなかったとしても何かしらの事件にはなっていることだろう。

 それなのにみんな無視。


 見えていないわけではないと思う。

 道端に犬の糞が落ちていて汚いなとでも言いたげに、道行く人々はちらりと死体を見ては敢えて無視をして通り過ぎているのだ。


 犬の吠える声が聞こえた。

 二足歩行で歩く犬、犬がポメラニアンと人間の男性を連れて散歩をしている。


 私は彼を呼び止めた。


「そこの逆散歩をされているご主人! 少しお時間よろしいでしょうか!」

「ええよろしいですとも」


 男性は答えた。

 ポメラニアンと二足歩行の犬は、男性を待たずに前へ前へと進んでゆき、ついには見えなくなった。

 男性は切なげな表情を浮かべた。


 構わずに私は質問を投げかけた。


「そこの彼女の死体、えっと、それを見て思うところなどはありますか」

「思うところ…。とは?」

「ですから、そこに落ちている女性の死体。何か思うところ」

「ええ…っと汚いですね」


 彼は、何を当たり前のことを聞いているのだ、そんなことを言わせるな、という表情で私の顔から目を離した。

 確かに死体とは綺麗なものではないだろう。


 どちらかといえば汚いものである。


 しかし人間は美しい存在。

 例えるのであれば、汚い1万円札が地面に落ちていたとして、それを汚いで済ませることが出来るだろうか…。


 それとも私がオカシクなってしまったのだろうか…?

 そもそも死んだ人間がゴミ捨て場に捨てられることは当たり前であり、私がとんでもない勘違い、または記憶障害を起こしてしまっている?


「え、まあ、そうなのでしょうか…。しかし、死体がゴミ捨て場に捨てられているのは変ですよね?もっと、死体には然るべき行き先があると思うのですが」

「まあ確かに、非常識ではありますよね。人間をゴミ捨て場に捨てるのは。しかしまぁ、ゴミですし…。

だけどね、私もね、たまに燃えるゴミの中に燃えないゴミを入れて捨てることがあるからね、そんなに人のことは言えないんですよ」

「そういう考え方が…。いや、違うような気も…えっと、人間は死んだらゴミになるのですか?」


 男性は溜息を吐いた。

 私のような狂人、私から見れば彼が狂人なのであるが、そんなやつと関わっている暇がないと言いたげだ。


「もう良いですか?君面倒くさいよ」


 男性は、そこら変にある明らかに彼の家ではない家へと帰っていった。

 そうか、彼は不審者だったのだ。


 不審者がまともな感性を持っているはずがない。

 彼の理論はきっと間違えているのだ。


 人間がゴミと同じ扱いで良いはずがない。


「警察…」


 私は警察に連絡することにした。

 119と110、どちらの番号だったか…。


 どちらを入力しても結局は同じ場所に繋がると聞いたことがある。

 インターネットが使い物にならない世界では調べ物が面倒くさい。

 適当に119番に連絡しよう。


 …。


 警察の答えも不審者の男性と同じようなものだった。


 その死体は死体の中でも最も存在価値が無く、さらに道路上にあると交通の妨げになるので、我々がゴミ捨て場に放り投げた。

 こんなことで連絡するな。我々は忙しいのだ。

 次また同じ様に連絡してきたらその時は逮捕してやる。


 そう言われて電話を切られた。


 困惑が止まらない。


 今日は、まだ朝早いけれど家に帰って眠ってしまおうか。

 お酒も浴びるほど飲もう。


 棄てられている彼女を見る。

 血だらけでグロデスクになっているが、綺麗な顔だ。


 きっとこの状態で放っておくとゴミ収集車に回収される上、葬式すらもして貰えないのだろう。


 私は彼女に纏わりついている生ゴミや虫を払った。

 そのまま、お姫様だっこのような形で両手に抱えて自宅まで持って帰ってしまった。


 内臓が零れ落ちたせいなのか、思っていたよりも軽かった。


…。


 しばらく後…。


 今家の床に女性が眠っている。

 あの女性の死体だ。


 すっかり冷たくなって…いや、しばらく触っていないから温度なんて分からないのだが…とにかく冷たそう。


 私は……なんてことをしてしまったのだろう。

 なんてことをしてしまったのだろうね。


 好みの女性が死んでいたから持ち帰るだなんて、常軌を逸している。

 ありえないよ。

 馬鹿馬鹿しい。


 小さい頃、テレビに映る猟奇的な犯罪者を見て、どうしてこんな異常者が世に憚っているのだろうと思ったことがある。

 こんな犯罪が現れるのであれば、犯罪者になりそうな人間はみんな殺してしまえとも思ったことがある。

 しかし現状、私がその犯罪者だ。


 こんなのって予想できなかった。

 一ヶ月前はこんなことになるなんて思っていなかった。

 持ち帰るその瞬間まで、死体が部屋のインテリアになるだなんて思ってもいなかった。


 私は笑ってみた。


 もう仕方ない。

 あるんだから。

 そこに死体が。


 もうしょうがないよ。

 あとは現実から逃げるか、現実を曲げて解釈して気を休めるしか無い。

 現実に向き合ったって仕方がない。


 そうであって欲しい考えで脳みそを満たそう。


 夢を見ているとき、それが悪夢であろうとなかろうと、私は現実世界のまぶたを開いてみようと試みてしまうんだ。

 眠っていて閉じているまぶたを無理やり開く。


 そうすると現実の世界で目覚めてしまう。

 毎朝そうやって起きている。


 私は、私の一つ上の世界にあるであろうまぶたを開いてみようとした。


 悪夢は覚めなかったが、視界が開けたような気がした。

 私はもう一度笑った。 


 楽しむしか無いよ。

 見方によっては、私がどんなに頑張っても手に入れることが出来ないような理想的な女性がこの部屋に眠っているってことだ。

 これって天国じゃないか。


 笑った。笑った。笑った。


 うん。彼女は私と付き合っているということにしよう。

 私に惚れていて、いつも私を癒やしてくれているんだ。


 それで今、彼女はたまたま眠っているだけで、起きたら「おはよう」と言いながら抱きしめてくれるんだ。

 そして僕も、彼女と同じ言葉を並べて唇を重ねるんだ。


 互いにチロっと舌先を出して、その先でキスをするんだ。


 良いじゃないか。実に良い。とても素敵。


 そうだね。彼女がどんな性格だったら最高だろう。

 理想の女性の見た目が、そこの…眠っている私のお姫様だとして、中身もそれに見合う最強の性格の良さだったら凄く良い。


 博愛の精神を持っていたら良い。誰にでも、どんな人にでも、どんな動物にも、どんな物にも丁寧に接する。

 この世界自体を心の底から愛していて、その愛は心の大きな器から漏れ出るほどで、周りまで愛で満たしてしまうんだ。


 どんなに小さな幸せでも心の底から喜ぶことができるデカすぎる感受性。

 私のミジンコより小さい感受性でも、太陽のように眩しい彼女の光にあてられるおかげで同じくらい喜ぶことが出来るんだ。

 彼女の周りではいつも笑顔が溢れていたら良いな。


 あとは…寛容さ。全てを受け入れてくれる女神の如くな寛容さ。

 いつ、どんなお願いをしても聞き入れてくれる。

 もちろん対価なんて要求してこない。文句の一つも言わない。


 実に私に都合が良いね!

 まるで奴隷のようだよ!


 でも、彼女に要求が無いわけではないんだ。

 感受性が大きいから人一倍欲求がある。


 そんな彼女はお願いをするのも上手なんだ。

 中には私には叶えられないような大きすぎるお願いもしてくる。

 でも、私は今の無気力さが嘘になるほど頑張ってしまうんだ。

 彼女の幸せのためなら命だって投げ出せるよ。


 あと、頭が良かったらもっと最高。

 頭の良さというのは、勉強のできる出来ないではなくて、周りが見えているかどうかの頭の良さ。

 普通の人のずっと先の未来に生きているように、性格な未来が見通せている。

 即物的で動物のようなお金の使い方はしない。


 聡明…。


 EQも高いから、まるでテレパシーでも持っているかのように人の心が分かるんだ。


 あと重要なのは…処女だったら良いな。

 男だったのならば誰でも多少の処女信仰はあると思うけれど、私も例に漏れずその信仰があるんだ。


 少し気分がマシになってきた。

 良いじゃないか。

 別に。


 お人形遊びみたいなものだ。

 彼女の心の内をどう設定しようが私の自由だ。


 そう、おままごと。

 おままごと。


 おままごとか…。


「私の可愛い可愛い君…!!!今日の夜ご飯は何が食べたいかな!!」


 裏声で彼女のセリフを話す。


「シチュー。今日は色々あって疲れちゃったから、お肉がいっぱい入っていると嬉しいな」

「そっか!じゃあ今から作るね!はは!ははは!!」


 裏声で彼女のセリフを話す。


「ありがとう…。あともうちょっと寝かせて。おやすみ」

「お布団をかけてあげるよ。お布団かけてあげましょうね」


 布団をかける。血で汚れるような気がするが、気にしない。

 些細なことだ。


 …。


「はい、あーん」

「もぐもぐ、ああ、美味しい。ありがとう」 


 私は出来上がったシチューを彼女の口元に運ぶ。

 寝ている人に食べさせるのは意外と辛く、殆が床に溢れてしまった。


 彼女の口を洗濯したばかりのタオルで拭う。

 そのあと、タオルで汚れた床を拭いた。

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