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煙になる

作者: こっぴゃん

 都内某所。マンションの一室には大勢の警察や鑑識が出入りしていた。

 それを道から見ている一人の男、パーカーのフードを深々と被っているその姿は怪しいものであった。

 男が警察らの居る所へ向かうと若い警官が彼を止めた。

 「関係者以外は立ち入り禁止です。お帰りください」

 しかし男は邪魔と一蹴し中へ押し入る。

 追いかけようとすると少し老けた警官が奥で男を出迎えた。

 「やあ荒木くん。今回も頼むよ」

 「ども、おねしゃーす」

 荒木コテツ。私立探偵を営む彼は老けた熟練刑事と顔見知りで、事件解決の依頼を受けているのであった。

 コテツはジーンズのポケットからタバコとライターを取り出すと、一本、火をつけて吸い始める。

 「こ、こら! 現場でタバコを吸うんじゃない!」

 新人刑事が止めようとするもコテツは知らぬ顔で吸いながら現場をキョロキョロと見渡し始めた。

 「彼はタバコを吸うことによって集中力を極限まで上げてるんだ。独り言が多いのが少々キズだがね」

 熟練刑事の説明を聞くと新人刑事は眉間に皺を寄せてコテツを見届ける。

 タバコの煙は次第に少女の形を成しコテツの横に現れる。

 この少女はコテツにしか見えておらず、話すことも出来るがやはりコテツしか聞こえない。

 「あらコテツ、今日も事件?」

 「そうだな。頼むぜ」

 「はーあ、こんなヤツに顎で使われるなんて……私ってば可哀想!」

 「へーへー」



 翌日、県警の休憩室にあの熟練刑事と一人の男が居た。

 男の両手には手錠が掛かっており、ズボンを通る形で結ばれている縄は刑事が握りしめている。

 「お巡りさん、取り調べと言って連れてこられたのが休憩室ってどういうこと?」

 「無駄口を叩くな。もうすぐ来る」

 「来るって誰が?」

 重たい音を鳴らしながら開いたドアの向こうには隈が出来たコテツが佇んでいた。

 「すんません、遅くなって」

 「……あんた誰? 見たところ警察じゃなさそうだけど」

 ボリボリと頭を掻きながら座るコテツ。ポケットからタバコとライターを取りだして机の上に置いた。

 「荒木くん、始めてくれ」

 「りょーかい」

 背筋を伸ばし男を見つめるコテツ。その視線は鋭く刺すようだった。

 「三上リュウキさん、あんたは二日前に警察へ電話し"人を殺した"という旨の通報をした。現場のマンションには被害者であんたの同僚、高岡ジンさんが遺体となって横たわっていた。間違いないすか?」

 「ああ」

 「そして警察に捕まり取り調べを受けた。そん時の供述をもう一度」

 「もう一度ね……高岡の家で呑んでいたら、アイツが独立すると言い始めたんだ。それについて口論になり揉み合いの末、机にあったウィスキーボトルでアイツの後頭部を殴った」

 「なるほど…調書との食い違いはない」

 コテツはタバコを一本、取り出し火を付けた。

 「スゥ…フー」

 煙は少女の形になり虎徹の隣に現れた。

 「あら、今はどんな感じ?」

 「ようアリス、調書とすり合わせをした所だ。早速、切り崩してこうと思う」

 「はいはい」

 あさっての方向を見て独り言を呟くコテツに三上は眉をひそめた。

 「何ですか? タバコ吸って独り言……あんたイカれてんのか?」

 「いーから、質問していく」

 そう言うとコテツはアリスの言葉を三上に伝え始める。

 「三上は被害者と揉み合って、ボトルで後頭部を殴ったって言ってるのよね。だとしたら少し妙だわ。なぜ揉み合ってるところ後頭部を殴ったのかしら」

 「というと?」

 「後頭部を殴ったということは被害者は背中を向けたということ。おかしいと思わない? 口論してる最中に背中を向けるなんて。ましてや揉み合ってる中に」

 「口論するのが面倒になったんじゃ? アイツは飽きやすい性格だったから」

 「じゃあ刑事さんに質問しましょ。被害者の身体とボトル、両方の指紋はどうなってたか」

 アリスの質問をそのまま投げかけるコテツ。すると刑事は手元の資料を捲りコテツに見せた。

 「被害者の身体や服には三上の指紋。ボトルも同様だ。三上の右手の指紋がベッタリ着いていた」

 資料を眺め唸るアリス。何か気付いたのかコテツ伝いに話を続けた。

 「ねえ、被害者の家で呑んでいたのよね。ボトルはどこから?」

 その質問に三上は気だるそうに答える。

 「ウィスキーはアイツの自前だよ」

 するとアリスは不敵な笑みを浮かべて言葉を続けた。

 「あら、ならおかしいわね。なぜ被害者の持ち物であるボトルに貴方の指紋しかないのかしら」

 「さぁね、血で消えたんじゃない?」

 「それは無いわ。被害者の血が付着したとはいえ指紋は消えない。一部でも残るはずよ。それに――」

 話の途中でアリスはとあることに気づいた。コテツのタバコが残り僅かだったのだ。

 「ここまでよコテツ。あとは頑張ってちょうだい」

 「マジかよ! タイミング悪ぃな……」

 タバコの先が落ち煙が消える。それと共にアリスも姿を消した。

 「さあて、アリスは何を聞こうとしてたんだ……指紋、指紋…」

 「どうしたんですか? タバコが消えたら歯切れが悪くなった」

 「タバコがないと力半減なんだよこっちは……あー、そうか。被害者の持ち物であるボトルにその人の指紋がない。つまりあんたは一度、拭いて自分のものを付け直した。つまり何かを隠そうとした?」

 そう言われると三上はため息をついて口角を上げる。

 「ここに来る前、被害者宅の周辺カメラを確認していた。被害者の死亡推定時刻より後にあんたの姿が映っていた。なぜ?」

 そう聞かれると三上は視線を逸らして答える。

 「さあ、なぜでしょう」

 「マンションのカメラにあんたは居なかった。その代わり駅前から被害者宅までの道のりにあるコンビニや施設のカメラにはバッチリ映っていた」

 「……」

 「そしてあんたと入れ替わりで被害者宅から駅前へ行った人物がいる。それは被害者の交際相手。」

 「……それがなにか?」

 「三上さん、表情が固いぜ?」

 三上の頬には汗が垂れる。

 「この事件には加害者の三上さん、被害者の高岡さん。そしてもう一人、登場人物がいる」

 「そんなこと」

 「その人物は高岡さんの彼女さんだ。あんたはその人と浮気の仲だった」

 「っ!」

 「そうか…やっぱり……」

 コテツはタバコを吸い始めアリスを呼び出す。

 「アリス、やっぱ彼女さんだわ」

 「そう、なら崩すわよ」

 「ああ」

 「あの封筒の中身を出しなさい」

 アリスに言われ懐から封筒を取り出す。中身を確認するとそこには数枚の写真があった。

 「アリス、これ……」

 「あんた先に中身、知ってたら言っちゃうでしょ」

 「まったく…いい性格してるぜ」

 写真を机に広げると三上の顔は青ざめた。写真には手を繋いでラブホテルから出る三上と女性の姿。更には道端でキスしている物もあった。

 「よく撮れてるな」

 「ええ、どうやら被害者が別の探偵に浮気調査を頼んでたみたいよ。彼の書斎に隠されていた」

 三上は何も言わず俯いた。

 「真実は、被害者と彼女が被害者宅で夕食してる中、浮気の話か何かが持ち上がった。それについて言及すると二人で揉み合いに。勢いで彼女が突き飛ばした結果、被害者は壁に後頭部を当てて意識を失う。それに慌てた彼女は駅前のバーに居た貴方に連絡。マンションのエントランスや廊下のカメラをかいくぐって現場に行った貴方は彼女を逃がして偽装工作をした。しかし起きてきた被害者、誤算だったでしょうね。貴方は何を思ったのか近くのボトルで後頭部を殴り殺した」

 コテツ伝いに推理された三上。とうとう涙を流して口を開いた。

 「彼女が…彼女が困っていたんだ。僕は、彼女を愛していた。あいつが邪魔だった……だから……」



 茜色の空が広がる下、眠気眼を擦りながらコテツは帰路へ着く。

 タバコを取りだし吸い始め、アリスが現れる。

 「お疲れ様ぁ!」

 「おう、ありがとな」

 「アンタじゃないわよ! 私よ、私!」

 「はいはい……」

 疲れたようなアリスの顔を見てコテツは古い記憶を蘇らせた。


 雨の降る中、大勢の警察が通る家を取り囲んでいた。救急隊が担架で誰かを運んでいた。布を被せられ誰かは分からなかったが、時間帯と家を考えるとコテツには一人しか思い浮かばなかった。

 「アリス! アリス!!」


 「何よ、ジロジロ見て」

 「……いや、なんでもない」

 ――絶対に捕まえる。あの時お前を殺した犯人を。

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