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騙された男

作者: 十一橋P助
掲載日:2023/05/11

「で、Hするの?しないの?どっち?」

「あの、一応やる気はあるんです」

「じゃあしたいのね」

「あ、でも、まだ迷ってるというか」

「え?したくないの?」

「だからやる気はあるんですって」

「どっちなのよ」

「やる気はあるんですけど、いざとなると踏ん切りがつかなくて」

「男なんだから、はっきりしなさいよ」

「でもぼく初めてなんですよ。どうすればいいのかもわかんないし」

「心配いらないって。私に任せれば」

「そう言われても、やっぱ不安です」

「今さらやめるなんて言わないよね?」

「確認ですけど、ほんとにぼくみたいな男でもいいんですか?」

「もちろんよ。むしろ歓迎」

「いや、でもなぁ。。。」

「なにあんた。さっきからでもでもって否定ばっかして」

「あ、ごめんなさい。でも、あ、ごめんなさい」

「なに言いたいの」

「だからあの、やっぱやめようかと思いまして」

「は?私に恥じかかせる気?」

「いえいえ、そんなつもりじゃ」

「じゃあするのね?」

「はい。お願いします」

「だったらすぐに私んとこに来て!」



 静かな会議室の中、メッセージのやり取りを淡々と読み上げていた刑事はそっとスマホを机の上に置いた。

「これが、証拠だと?」

「はい。その冒頭のHって言うのは、僕たちの隠語でハント。狩りを意味するんです」

「狩りとは?」

「強盗のことです」

 なるほど、と言って刑事はもう一度スマホを手に取り、文面を読み直してから、

「この相手は誰?」

「高校のころの先輩の彼女です。フルネームはわかんないですけど、ナミって呼ばれていました」

「先輩の彼女?」

「はい。卒業するまでは先輩の友達とかと一緒によく遊んでいたんです。ただ最近は全く音沙汰なくて。それでひさしぶりに連絡が来たかと思ったら闇バイトのお誘いでした」

「それが先日起きた、老人宅を襲った強盗だったと」

「はい」

「君もやったのか?」

「とんでもない」

 ぶるぶると首を振ってから、刑事の手元のスマホを一瞥する。

「そこにもあるように、とりあえずバイトすることには同意したんですけど、結局ナミさんのところには行きませんでした」

「どうして?」

「怖くなったんです。そうしたら後日、ナミさんが僕のとこに来て、闇バイトのやりとりと連絡先を全部消去しろって言われて、目の前で消さされました」

「じゃあ、これは?」と刑事はスマホを指先でとんとん叩く。

「直前にぎりぎりそこだけスクショできたんです。なんとか証拠を残さなきゃと思って」

「ということは、これ以外の会話はもう残されてない?」

「はい」

「連絡先もわからない」

「はい……あ。でも、ナミさんが高校のころに住んでいた家ならだいたいの場所はわかります」

「ほう。それはありがたい」

 刑事は「おい」と背後に控えていた部下に合図を送った。若い刑事はすぐにメモ帳とペンを僕の前に置いた。

「そこに書いてもらえますか。あと、この画像をコピーさせてもらってもいいですか?」

「どうぞ」と答えつつ記憶をたどり、紙に地名を書き込んでいく。

 その間に若い刑事がスマホを手に部屋を出て行き、数分後に戻ってきた。

「こちら、お返しします」

 書き終えたメモ帳と交換するようにスマホを受け取った。

「では、今日はこのあたりで。ご協力感謝します。」

 頭を下げる刑事に恐縮しつつ、僕は会議室を後にした。



 歩道を歩きながら、警察署の建物を振り返った。

「あの刑事、すっかり信用しちゃって。騙されたと知ったら激怒するだろうな」

 つぶやきながら、僕は笑いをこらえるのに必死だ。

「それに、あいつらもいきなり警察が乗り込んできたら、さぞ驚くだろう」

 高校時代、確かに僕は先輩たちと行動をともにしていた。でもそれは友達としてではなく、下僕扱いされていただけだのことだ。ことあるごとに呼び出され、パシらされ、根拠のない暴行を加えられた。

 ある日、ナミという女から連絡が入った。それが先輩の彼女であることは知っていた。それまで直接連絡を寄越すことなどなかったことなので緊張していると、ナミはとんでもないことを言い出した。

「ね、内緒でHさせてあげよっか?」

 当然からかわれているのだろうと思った。ただ、ナミは先輩の彼女にしておくのはもったいないほどの美人だった。顔をあわせるたび密かに劣情を抱きもした。だから頭の片隅にはもしかしたらという浅はかな考えも浮かんだ。

 とはいえ、さすがに「はい、したいです」とは即答できるはずもなかった。たとえ本当にやれたとしてもそれが先輩にばれた時のことを考えれば危険すぎた。

 でも、童貞の性に対する探究心は理性を簡単に破壊してしまうものだ。

 あれやこれやと理由をつけてナミさんは僕を誘った。疑念を持ちつつももしかして本気なのではという期待も多分にあった。

 だから、本心はやりたくないけれどナミさんの誘いを断るのも失礼かと思って仕方なくやらせていただきます、という体裁にして話に乗ることにした。

 内心わくわくしながら彼女の家に向かうと、先輩とその仲間たちが待っていた。その瞬間騙されたことを悟った。どうやらHをエサに誘えば僕がのこのこやってくるのか、みんなで賭けをしていたらしい。

 ナミさんはもちろん僕が来るほうに賭けていた。だからあんなに必死になって誘ったのだ。

 いくら言い訳しても無駄だった。先輩は「なに俺の女とやろうとしてんだ」と言って僕をぼこぼこにした。それを見てナミさんは手を叩いて大笑いしていた。

 復讐という文字がそのとき脳裏に浮かんだ。僕を騙したこいつらに仕返しをしてやろうと誓った。しかし非力な僕があいつらになにをできるとも思えなかった。

 でもあきらめず、あれこれ考えあぐねた挙句に思いついたのが今回の計画だ。ナミさんとのやりとりをうまく切り抜き、闇バイトの勧誘にみせかけたのだ。全てを見れば嘘だと簡単にわかるだろうが、一部だけなら立派な証拠となり得る。捏造だけど。

 先日の強盗の犯人はいまだ捕まっていないと聞く。少なくとも警察はナミさんから先輩の元へとたどり着くだろう。叩けばほこりの出る奴らだけど、きちんと調べれば事件と無関係なことはすぐにわかるはずだ。でもそれでいい。ちょっとビビらせてやるだけでいいのだ。やつらに小さな復讐をできるだけで僕は満足なのだから。

 いずれ僕も罰を受けることになるかもしれないが、それとてたいしたものではないはずだ。



 会議室の窓からは大通りが見渡せた。その歩道を男が歩いている。先ほどまで刑事の目の前に座っていた青年だ。一瞬こちらを振り返ったが、この距離なら窓の人影などには気づかないだろう。

「どう思う?」

 刑事は背後の部下に問いかけた。

「どうもこうも、ガセでしょう、こんなもの」

「だよな」

「わかっていて、どうしておとなしく話を聞いてやったんですか?」

 呆れ顔の部下に刑事は苦笑を見せると、

「あんな気の弱そうなガキが刑事相手に嘘をつくんだから、よっぽどの理由と覚悟があってのことだろうと思ってな。それに、案外うまくできた話だったから面白くなってさ」

「物好きですね」

「ま、その度胸に免じて騙されたふりをしてやった、ってことだよ」

 刑事は青年が書き残したメモを手に取ると、

「騙したつもりが騙されたとは、あいつも気づいてないだろうがな」

 それをくしゃくしゃに丸めゴミ箱に放り込んだ。



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