推測
目が覚めて、シャワーを浴びた。昨日の夢について考えた。きっとあの夢はあれで終わりだ。人称代名詞三人称単数形男性形のイルという存在はもう私の夢中から消えたのだと思った。イルは本当にずっと恋愛が無かった。これで全てが終わった。クロードから何件も電話が来る。
「もしもし、早朝に電話しないでって言ったよね?この前電話をする時間を決めたはずよ。」
「朝も夜も君がいなきゃ駄目なんだ。理解してくれ。」
メッセージもたくさん来ていた。恐ろしい数だった。
「気持ちは分かるけど、電話出れない時だってあるの。だからこうやって時間を決めてるの。」
「君はどこまで俺のことを狂わすんだ。どこまで俺のことを振り回すんだ。俺に真剣に向き合ってくれ。」
電話をしながら受注した仕事をした。
「今ここでこの状況と向き合ってる。私は私なりにクロードと向き合ってる。私の愛を理解して。そんなに疑心暗鬼にならないで。」
「ルネ、君は酷いな。俺がこんなに愛してるのに分かってくれないなんて。ルネのことを考えなかった日なんて一日も無かった。」
彼の束縛は日に日に酷くなってきた。
「愛は電話以外でも伝えられる。」
そう言って私は電話を切った。
私はとあるレストランに入った。
「ルネ、こっちよ。」
目の前に母が座っていた。
「待ち遠しかったわ。白ワインでも飲むかしら?ミュスカデとか良いわね。」
「お母さん。私、今日はお酒ひかえてるの。」
「あら何で突然?」
「妊娠とかしてるわけではないけど、たまには休肝日を作らないと体に悪いわ。お母さんと比べて私は健康に気を遣ってるの。それにもうお母さんもそろそろ年取るならタバコとか賭け事とかやめるべきよ。」
母は重度なヘビースモーカーだ。一度気管支炎になって病院に通うこともあったくらいだ。
「タバコはパンやワインやチーズと同じくらい必需品よ。それに賭け事と言ってもそんな頻繁にしてないわ。」
「その一回でも大損することもあるし、賭け事するくらいならドイツやイタリアなりヴァカンスで旅行したら良いわ。もっとマシなことにお金使いなよ。」
「ドイツかイタリアね。私にはフランスが一番だわ。たまに行くぐらいが良いわ。」
母と私じゃ生活スタイルが違う。
「私のこと心配してるなら、何で1年以上家族の集まりに来たり実家に帰ったりしなかったの?」
「理由なんてないわ。別にお母さんと会わなくても私達は家族であることは変わりないわ。それと顔を出さなきゃいけない理由なんてどこにもないでしょ。」
「お母さんとかのことが嫌いなの?あなたのお母さんは私しかいないのよ。」
「何となく戻る気になれないし、母さんのことが嫌いなわけじゃないわ。兄さんだって実家に顔出してないでしょ。どうせ私とも会いたくないだろうし。」
「ジュールは何考えてるか分からないけど、そんなことは一言も言ってないわ。そう思ってるのはルネだけね。」
母はワインをたくさん飲む。
「お兄さんは何もしてないのに私を嫌ってるわ。」
母は何も返さずに私の話を聞いた。
「私、物心ついた時から兄さんと一切会話したこないし、私が怪我とかしてもあのいつものような無関心な表情だわ。私の誕生日の時やどんな時も私をお祝いしたことなんてない。兄さんと私は相容れない関係だし、無理して家族の集まりに行く必要なんてないわ。」
「本当にジュールのこと何も分かってないのね。」
母は私をじっと見る。
「これ以上知らない方が良いわ。お母さんのように詮索する癖があるなら傷つくだけなのが結末ね。世の中、覚悟のできない現実なんていくらでもあるわ。私の会ったこともないお父さんがどんな人だったかもね。」
私はお金だけ置いて、レストランを出た。後ろから母が追いかける。
「ルネ、待ちなさい。何でそんなに怒ってんの?」
「怒ってない。今の私は無感情よ。」
「何か悪いものでも食べたんでしょ。何がどうしてそうなったの!」
「私はどこも悪くない。私、帰るから。」
私は母の方を振り向かなかった。メトロに乗る前に処方薬を飲んだ。
「お金をください。」
「あなた、あの時の。悪いけどお金は働いて稼ぐものよ。」
この前会ったホームレスの女性と再会した。
「こんな形で会うなんて。」
「私は怠け者なの?路上生活もやっとなの。仕事なんてろくに見つからないわ。こんな食ってけない世の中何度でもデモでも起こして抗議するわ。」
「ホームレスが怠け者なんて誰が決めたのかしら?誰かにそう言われたの?」
「あなた、お金は自分で稼ぐものと言ったじゃない。」
私は数秒間無言になった。
「それはそうよ。だけど失業してるから怠け者ではないわ。いつからそんな暮らししてるの?」
「1ヶ月前、自分のお店が倒産して頼りにするあてもなくこんな暮らしをしてるわ。」
彼女にお菓子を渡す。
「私にはこれくらいしか出来ないわ。」
女性はさらに話す。
「まさに今の状況は社会的弱者そのものね。弱いものは皆、路上生活なのよ。」
「ホームレスが弱者?障害者が弱者?所詮大多数が心で思ってる定義よ。皆、人間強くなんてなんかない。欲望と権力や名誉ばかり考えたり、目先の利益やありもしない不安に惑わされるような生き物よ。」
「それならあなたも弱い生き物ね。」
「名前言ってなかったわね。私はルネよ。」
「私はジャンヌよ。」
私は彼女をあとにして帰った。地下鉄に乗るとたまたま兄がいた。死んだ人間かのような表情をずっとしながら、同じ方向を向いて立っていた。もちろん話すことなんて何もない。一瞬目が合ったが何も見てないかのような表情をしていた。兄をおいて私は一人で帰った。
「ヘイ!今日は何してんの?」
近所の悪ガキが話しかける。
「悪ふざけしないで。あなたにかまってられるほど暇じゃないの。」
彼のお母さんが来る。
「またいたずらばかりね。何度言ったら分かるのか。行くわよ。」
彼は母親につまみだされた。
「ママ、悪かったよ。次はしないよ。」
「そう言っても無駄よ。次も絶対する。」
いたずらが大好きな年頃だ。私がこれくらいの年頃時に何をしていたのか覚えていない。覚えてるのはこの時から兄が私を避け始めたのと父親がいなくて寂しい思いをしたことくらい。
「こちら落としましたよ。」
英語で話しかけられる。
「何も落としてません。帰りますので。」
そう言うと、女性に手を掴まれた。
「何ですか?今度は何ですか?」
「本当にあなたのじゃないの?」
「だから私のじゃないです。手を離してください。」
「まあそんなこと言わずに。」
「しつこいです。」
彼女を振り払って、急いで遠くまで行った。走ってる間に何かを落とした気がした。でも何も落とし物はなかった。生きてると奇妙な人間が多い。
また母親から電話が来たけど無視をした。何もかもが嫌になり、私はひたすら走る。誰かとぶつかっても走り続ける。
「危ねーな!どこ見てんだよ!」
車にひかれそうになった。それでも走り続ける。
「あんた危ないじゃないの!」
ぶつかりそうになっても走って家に帰ることで頭がいっぱいだ。走って行くうちに到着した。
部屋に戻り、ベッドに横たわる。
「ルネ、ちょっと良いかしら。」
隣のマダムがずっとドアをノックする。それでも私は反応しない。ただベッドに横たわった。数分すると隣人は部屋に戻る。
「もう今日は何なのかしら。何だかいつからかモヤモヤする。」
今日は少し精神が不安定だ。そうしてる間に、日が沈み、部屋の中は暗くなる。スマートフォンがなっても出れなかった。そして意識がなくなる。




