後味
私はシャワーを浴びて昨日の夢について考えた。何だかオリヴィアという女子高生の夢はいつも良い気分がしない。今も何だか頭が痛い。私はあんな女の子は知らない。1つ分かるのは彼女は夢だけの存在ということ。
クロードから電話が来た。
「ルネ!何で昨日電話くれなかったんだ?」
「昨日体調が良くなかったの。」
「だったらメッセージの一つくらい残してくれ。心配だったんだぞ。」
「心配してるならそっとしておいてよ。」
朝からクロードと喧嘩になっていた。
「心身ともに調子良くない時にしつこく電話しないで。」
「遠距離なのに電話すら出来ないのかよ。」
「今してるでしょ。」
お互い不機嫌な雰囲気になって電話が終わる。
いつものようにパソコンに向かい受注した仕事を片付けていく。私が昨日受けた案件のホームページが一部上手く作動しないと言う連絡を受け、すぐに直した。前なら時間がかかっていたが、今ではすぐ直せるようになった。近くのカジノという小型スーパーで軽食を買いに部屋を出た。すると目の前に猫の毛が落ちていた。私は嫌悪感を感じた。犬に噛まれたのがトラウマだったが、4足歩行の動物に引っ掻かれたら狂犬病になることも知りさらに猫なども怖くなっていた。あの老夫婦が猫を動物病院に連れて予防してる保証はない。しばらく歩いてると猫が外に出ていた。老夫婦が部屋を出た時に猫まで出たのに気づかなかった。
「きゃーー、何で猫がいるの?こっちに来ないで!」
私はとにかく怖くなり、向かいの人のインターホンを押して猫をどかしてもらった。
「ありがとうございます。分からないかもしれないですけど、私猫とか犬が怖いんです。友達は過剰防衛だとか言うんですけどトラウマものなんです。」
「確かにあなたの気持ちなんて分からないけど、恐怖と戦いながら生きてるのは分かるわ。」
路上で犬や猫が歩いてる国には私は行けないだろう。怖いのがリードなどで繋がれず、伸ばしになって歩いているんだから。最近、色んなことが上手くいかない。きっとあの夢のせいだ。
猫のことについて話そうとしたが、電話かける頃にはクロードは作業に入ってしまった。またベッドに寝込む。
「ソフィーのやつ、ザックのことつきまとってたんだって。」
「そんなことしそうだもんな。」
「ザック、お前モテモテだな。」
「だいぶ悪趣味。」
「やってること最低。」
「ストーカー女じゃん。」
「ソフィー、あんたずっとザックのことつきまとってたのね。似顔絵の横にハートマークまでつけて、マジ引く。そんなことに情熱かけて生きてるの?言っておくけど、あんたみたいなのにザックはなびかないし、変なポエムみたいなもの皆に聞かれたら学校なんて通えないよね?今すぐ帰れば?」
私は一瞬だけあの世界に入っていた。ちょっとうたた寝するだけで女子高生の人格の世界に入ることはなかった。でもついに少しのうたた寝だけでも見てしまうようになった。あの夢、覚めたあとはいつも精神的な苦痛を感じる。
私はいつも通院している心療内科に行き、最近上手く行かないことや、夢のことを話した。
「実はずっと変な夢を見ていたんです。夢になると姿も中身も違う人間の人格になるんです。その人達を夢の中だと自分自身だと思ってるんです。私の言ってること信じてもらえませんよね?」
医師は私の言ってることを黙々と聞いてパソコンに記録した。
「それはいつからですか?」
「彼氏がスイスに行く少し前からです。」
「その夢を見た後はどんな気分でしたか?」
「凄く嫌悪感と恐怖感に襲われます。またこの夢を見てしまうんじゃないかって気が気じゃないんです。それにうたた寝でも鮮明に見てしまうんです。あれは絶対私じゃないのに。」
「その嫌悪感はどれくらい続きますか?」
彼女はパソコンを打ち込んで記録する。
「10分くらいです。」
質問と私の話したいことは続く。
「処方された薬はしっかり決められた規則に則って飲んでますか?」
「はい。飲んでもこれですよ!本当に薬なんて意味あるんですか?」
机を叩いた。
「もう少し強い薬がご希望ですか?」
医師は表情を変えない。
「そうよ。もっと強いのにして!」
とにかく不安や嫌悪感から解放されたかった。
自宅に帰り、処方された薬を飲み、受注した仕事を片付けた。隣の老夫婦が帰ってきた。急いで今日のことを話しに行く。呼び鈴を押す。
「ルネ、元気?最近隣に住んでるのにあまり見かけないものだから。お外の空気も悪くないわ。」
「これ見て元気だと思いますか?お宅の猫、部屋から出ないようにちゃんと戸締まりしてください。それに暗証番号つきのアパルトマンとはいえ、無防備すぎますね。」
「ちょっと、ピエール!ちゃんと戸締まりしておいてよ!」
「そんなに文句言うなら君が戸締まりすれば良いだろ!」
「だからって開けっ放しだと猫が迷子になるじゃないの!」
私の目の前で夫婦喧嘩がはじまった。私はその二人を見て呆れて、自分の部屋に戻った。しばらくすると隣のマダムが私の部屋に来た。
「これ昨日ケーキ作ったの。あなたにあげるわ。」
「いらないです。小麦とか入ってますか?」
「あるけど、アレルギーなのかしら?」
「アレルギーじゃないけど、今日はグルテンフリーの日なのでいらないです。」
「そう。何か困ったらいつでも私に言ってちょうだい。」
「ありがとうございます。」
ケーキを持って、隣のおばさんは自分の部屋に戻った。
またクロードから電話が来る。
「クロード、どうしたの?」
「今休憩だから電話したかった。今日は病院だったんだろ?大丈夫か?」
「何とか強い薬を処方して貰ったわ。これで何事も起こらないと良いけど。」
「最近夜眠れないのか?」
「眠りには入れてるけど、いい眠りではないわ。」
「俺のところで寝るか?そうすればもっと良い夢見るかもな。」
「馬鹿言わないで。今の私達にはこれくらいの距離感がちょうど良いの。」
「俺のことをやっぱり避けてるのか?」
「避けてたら、今やりとりなんてしてないわ。」
電話のやり取りが終わる。夢の中で人格が変わることはクロードには言わなかった。その件に関してはあまり相談相手にはならない。
ホラー動画をひたすら見た。ホラー映画の恐怖心と現実の恐怖心は別物。ホラー映画は疑似体験ですむ。フランスは幽霊系のホラー映画はほとんどない。フランス映画で見るのは登場人物全員クズな胸くそ悪い映画だ。明るい映画よりそんな映画を見てしまうし、潜在的に求めている。ホラー映画大国でも、それぞれの国の幽霊に対しての考えの違いがよく分かる。
また母親から電話が来た。ここ数ヶ月電話してない。ずっと部屋に鳴り響いている。母親がし嫌いじゃないのに何故か出る気になれない。出ない方が良いのではないかと思う。母と過ごした昔の記憶が私は本当にない。きっと思い出してはいけない過去だ。今の精神状態は安定してない。この状態で自分の過去を探ろうとすればもっと精神衛生上良くない。傷つくくらいなら家庭内の過去と向き合わず今の現状と向き合えば良い。
うっかり通話ボタンを押してしまった。
「もしもし、ルネ!どうしていつも出てくれないの!お母さん、ずっと探してたんだから。」
私は家族の誰にも自分の居場所を教えていない。
「今どこに住んでるの?教えて。」
「それは教えられない。」
「心を閉ざさないで。私はあなたのお母さん。敵なんかじゃない。」
「心は閉ざしてないよ。それなら今度オペラ座一緒に見に行くついでにカフェで話そう。」
「分かった。」
母との会話は終わる。