女優
私は暗闇の中、普通の夢を見ることを心から願っていた。そんなことをしてもあの夢を見る宿命だ。今日は夢の中で女優としての人格になる。
お気に入りのクリスチャン・ルブタンのハイヒールを履く。国民的な大女優としてならヒールの足の疲れなんて大したことない。私の身にまとう物は全て私のお気に入り。
「シャルロット、シャルロット!」
カメラの前で皆私を呼ぶ。男性から女性まで皆。若手女優とちょうど並んでいた。彼女は十分綺麗な女優だが演技は正直まだまだ。他の若手の方が上手い。私は49歳の現役大女優。
「シャルロット、私よりずっと年上なのに見た目変わってる感じしないし、綺麗なままね。」
「当たり前でしょ。たとえ年をとっても、若さを失っても、女優である限り綺麗で健康的であるべきもの。」
体力と精神力だけじゃ通用しない世界だけど、長時間の撮影は体力と忍耐力が命。それにメンタルが弱ければただの画面に映る女性でしかない。
「私の尊敬する女優は皆、弱い人なんて一人もいなかったわ。」
時々若い時、尊敬していた女優を思い出す。今はここにはいない。常に彼女の写真を服のポケットに入れてる。
電話がなる。
「もしもし。」
契約してるマネージャーから連絡が来た。
「さっきメールした件で、電話したんだけど。」
「確認して無かったわ。」
「仕事のメールはちゃんと確認して。」
「私もあなたが思ってるほど暇じゃないの。それで要件は何?」
「今度、カンヌ国際映画祭で審査員長をお願いしたい。」
審査員長やるのははじめてだ。
「やっと巡ってきたわね。遅すぎるのよ。」
躊躇など一切せずに引き受けた。
「それで他に審査員団誰がいるの?」
マネージャーのポールに聞いた。決まってる審査員団は誰もいなかった。
「審査員団が決まってないなら好都合ね。共演したくない奴らが審査員ならすぐに他を探すわ。」
私は色んな映画祭で女優賞を何度か頂いた。色んな監督から評価された。
「次はあんたね。」
撮影していた映画がついに終わった。辺りはずいぶんと賑やかだった。
「シャルロット、この映画は君なしでは成立しない映画だった。」
「それはどうも。」
今回の映画はケチをつけるほどの配役や脚本では無かった。
「一緒に飲みに行かないか?」
プロデューサーが私を飲みに誘う。
「一人にさせて。」
今は一人になりたい気分だ。
専属の運転手に車を運転して貰い、自宅へと帰った。車の周りには記者たちが囲んできたが、そんなのは無視した。
「今日はまっすぐ買えるんですか?」
「久々に休める時だからね。休まないと体がもたないわ。あなたの奥さんと娘さんは元気なの?」
「元気にやってます。雇ってもらってから、家計に前より余裕が出来ました。」
その運転手の名前はペドロ。私に雇ってもらえる前はスペインで貧しく生活してる家族のためにパリまで来て出稼ぎに来ていた。誰よりもペドロは奥さんと娘を思っている。娘は今年14歳になる。ペドロを運転手として雇って10年が経った。あんなに小さかった女の子が難しい年頃の少女に変わる。
「娘は家にボーイフレンド連れてきたんだ。」
「その年頃なら恋の一つや二つをするのが健全ね。」
「そいつはあまり良い印象がしないんだ。」
「だから意地悪するの?」
「意地悪なんてしてない。何かあってからだと遅い。」
「あまり過干渉も良くないわ。距離が大事わね。」
そんな私は子供がいない。いや、作ろとしなかったんだ。子供より自分自身を女優として育てるのが好きだったから。今も欲しいとは思わない。
「距離感がつかめなかったら、どんどん悪いふうに反抗するわ。」
私は窓の外を見た。
「止めて。」
私の指示で、車がいきなり止まる。旦那が歩いていた。
「どうしたんですか?」
私は旦那を凝視した。
「私の旦那が若い女と手を繋いで歩いてるわ。」
「何てことだ。ありえない。」
「隠し通すのが下手ね。それでも映画監督なのかしら。」
私は12年前に今の旦那と結婚した。旦那が監督する映画で主演女優したのが恋のきっかけだった。アプローチはとにかくしつこくてうざかったけど、作品の面白さに惹かれて付き合い、そのまま結婚することになった。最近は女の勘で何となくそうなるだろうと思っていた。
「今すぐ問い詰めましょう。それと写真も撮ったからあの二人を懲らしめてやりましょう。あそこまで移動しますね。」
ペドロは家族のように私を思った。
「待って。これじゃあ面白くないわ。パパラッチにもならないわ。私に考えがあるわ。そのまま家に連れてって。」
私はかなり冷静だった。
私はアパルトマンに着くと、旦那はまだ帰ってなかった。映画監督と女優だから時間がかぶらないのはよくあることだ。
「帰ってきたのね。今日は撮影だったのよね?」
「そうだ。君と同世代のカトリーヌ・マイヤーが主演。演技は君には劣るね。娘との会話シーンでは母親感が出しきれてない。」
「そう。悪い女優ではないわ。その母親感は人によって違うわ。明らかに下手なら私の年齢まで映画業界で生き残ってなんてないわ。それでそのまま帰ってきたのね。」
いつも彼がつけない香水の匂いがする。
「アルベール、香水変えた?明らかにあなたらしくない匂い。」
「そうだな。少し好みが変わったんだ。」
彼はふと後ろを向いた。近づいて匂いをかぐ。よく嗅いでみるといつも彼の匂い、いつもの香水の匂い、違う香水の匂いがした。
「ずいぶん変わった香水ね。案外悪くないわ。」
彼の体をそっと触る。
「この香水私にも貸してくれない?」
「どこかに落とした。きっと誰がどこかで拾ってるだろう。それと自分の香水使えば良いだろ。」
「私のことはどうでも良いのね。試しに使う程度なのに。」
「想像力が豊かだな。女優より違う職の方が向いてそうだな。」
私はベッドに横たわった。今日起きたことをメモした。私達はそのうち離婚になるだろう。ひたすらその若い女と旦那が二人の写真を眺めた。旦那が部屋に入る。
「何してるんだ?」
「これから先のスケジュールを確認してるの。言い忘れてたけど、次のカンヌ国際映画祭で私、審査員長するこになったわ。」
「ついにこの時を待っていたよ。君が審査員長なんて自分のことように思うよ。」
「全部私の実力だわ。まだ他の審査員団が決まっていないの。あの女だけは審査員団にさせないわ。」
「誰のことだ?」
「私と一緒にいれば、だいたい分かるでしょ。」
旦那が後ろから抱きしめる。いつもと違う香水だから旦那じゃない感じだった。旦那も上手く隠し通せたと思ってるに違いない。今日の旦那は違う旦那。一緒に寝てる時、若い時の旦那が近づいた。これも全て私の妄想。分かっていて妄想をする。彼は近づいて来る。ベッドに座り、彼は私にそっとキスをする。首元とかにもした。隣りにいる今の旦那も同じように。段々若い時の旦那は今の姿に近くなり、完全に今の姿そのもの。ただ匂いは今日の匂いではない。
気がついたら私は寝ていた。旦那をおいてシャワーを浴びて外出をする準備をした。
いつもの車に乗り、撮影場所まで行った。
「昨日は旦那さんに問い詰めましたか?」
ペドロが聞く。
「問い詰めても無駄よ。絶対に口を開かないから。口で言っても証拠なんて出ない。世の中そういうものよ。」
「このままだと、傷つきますよ。シャルロット、しっかりして。」
「私は冷静な方だわ。何か困ったことがあっても私は警察や誰かになんて頼らないわ。旦那を選んだのも私自身だから、誰にも頼るつもりはないわ。」
「何かあったら僕に言ってください。」
あの旦那を選んだのは私の責任。私の手で旦那にけりをつけるつもりだ。
私は目を覚ました。また違う人格の夢を見てしまった。