悪夢
「ここはどこだろう?」
私は暗闇の中をさまよっていた。どこに何があるのかも分からない暗闇だった。少し肌寒く感じる。よく見ると光が少し見えた。だんだんそれは近づいて来る。
「何あれ?」
3つの光がこっちに来る。光の招待はランプ。持っているのは人の形をした3体の影だった。まずいと思い、私は必死で逃げようとした。すごいスピードで追いかけてくる。
「待て!!逃さないよ。」
おどろおどろしい声で3体の影は叫ぶ。走っても走っても出口が見つからない。冷や汗が全然止まらない。体が重くなっていく。
「まだ追いかけてくる。」
私は石につまずいて転んでしまった。もう終わったと思い死ぬのを覚悟した。あっという間に影は私のもとに来て、鈍器を振り回し私を殴ろうとした。
「うわ!!」
夢だった。冷や汗がベットににじむ。不快感を感じたのですぐにシャワーを浴びた。シーツをすぐに洗濯機にぶち込んだ。
パソコンを開き受注した仕事を何件か片付けた。
「今日も悪夢だわ。」
今日の悪夢は普通の悪夢だ。クロワッサンを片手に仕事をする。
「バゲット明日買わないと。」
インターホンが鳴る。
「あら、こんにちは。隣に引っ越して来たの。カミーユよ。ボルドーから引っ越して来たの。やっぱり老後はパリで過して死にたいわね。」
「こんにちは。私、ルネです。」
60代夫婦が今日引っ越して来た。彼女は私の苦手な猫を抱えていた。猫は私に近づこうとしていた。
「来ないで!ちょっと猫抱えて来ないでください。私、本当に苦手なんです!」
「あらそう。残念ね。こんなにこの子があなたのことを好いてくれてるのに。ムスタッシュ行きましょう。」
「行こう。」
私が強く言うと猫を連れて帰ってしまった。私は猫や犬より、金魚や植物の方が落ち着く。特に部屋中を走り回ってるのを想像すると寒気がして来る。私は小さい時にタイ旅行で野良犬に噛まれていらい4本ある足の獣が怖くなった。幸い狂犬病にはなっていない。でも何故かそのトラウマだった記憶だけは断片的に残っている。どうせ覚えているのなら幸せな時間だけを覚えていたかった。今だに犬や猫に対しての恐怖は克服出来ていない。
お昼を食べて、カフェでいつものように前の職場の同僚マリリンとコリーヌと一緒にコーヒーを飲んだ。パリの街はいつものように香水の匂いがする。
「隣に引っ越して来た人達が最悪だよ。半年前に引っ越したばかりだから引っ越し面倒臭いよ。早くあの老夫婦引っ越してくれないかな。」
「何かあったの?」
「あの夫婦、猫抱えて挨拶しに来たの。私猫苦手だから一日最悪の気分よ。」
「あまり続くならアパルトマンの管理人に言うべきね。」
「言われなくても、次やったらクレーム言うつもりだわ。動物飼おうが自由だけど、怖い人の気持ちも考えて欲しい。」
「ルネ、動物を毛嫌いしすぎね。犬や猫もあなたが言うほど襲ってくるわけじゃないし、過剰防衛しすぎ。それにフランスで過して狂犬病になる人なんて中々いないでしょ。犬や猫に危害を加える馬鹿な真似だけはすべきじゃないね。」
よく喋る私とマリリンの間にいつも正論を言うコリーヌ。相手の感情など考えずに物を言う。誰に対してもそんな態度なのでそういう所は時々面白い。人を選んでものを言わない。
母から電話が来た。
「出なくていいの?」
彼女の電話をきる。
「何となく電話する気になれないの。」
私は父親が生まれたときからいない。母と兄と一緒に幼少期を過ごしていたが、この年になった今何となくあの二人に会いたいと思わない。
「ママのことが嫌いなの?」
「別にそうじゃないわ。何となくここ数年会う気にならないの。電話はたまにするだけで何回かきることがあるわ。」
「そんなの私からしたらありえない。家族と親戚で食事とかもしないなんて。」
コリーヌはトイレに行く。
「相変わらずルネは不思議ね。」
私はコーヒーの香りをかいだ。コーヒーなしでは一日は過ごせない。いつからか食へのこだわりは強くなっていた。
「ルネ!」
コーヒーにかすかに写る自分のシルエットを見る。だんだん形が分からなくなって来る。誰かにゆすられる。
「ルネ、どうしたの?」
「ちょっとした考えごとよ。」
「また変な悪夢でも見たでしょ?」
「何で分かるの?」
「あんた口を開けば夢のことばかり話すんだから。耳にたこが出来るわね。」
コリーヌが戻る。
「聞き飽きるほどではないよ。」
「それでどんな夢なの?」
持っていたカップを置いた。
「暗闇の中で3人くらいすごいスピードで追いかけられて殺されそうになった所で目が覚めたの。」
「その夢ばかりいつも見るの?」
コリーヌが私に聞く。
「だいたい悪夢ばかりよ。」
「それで日常生活に支障をきたす前に心療内科にでも行ったほうが良いわ。」
「私は大丈夫よ。」
「そうならない保証なんてどこにもない。」
彼女はいつも表情がよくわからない。
「考えてみるよ。ありがとう。」
「別にあんたの為に行ったわけじゃないわ。自分が正しいと思ったからそれを言っただけ。」
ウェイターがこっちに来る。
「コーヒーもう一杯ください。」
コーヒーがテーブルに置かれる。
「そう言えば、あんたこの前変なこと言ってわね。」
「変じゃない。私を信じて。一ヶ月前から夢では違う人格になっていることがあるの。普通の夢を見れるのは週1日だけよ。」
今日見た夢は週1に見る普通の夢。私は1ヶ月前から夢の中で3つの人格を持つようになった。一つは世界的にも有名なフランス人女優。もう一つは私より気が強くメンタルも弱くない人気者の女子高生。もう一つはイケメンで女性からよくモテる男性の人格だ。しかしどの人格も私とは違うし、皆知らない人。夢の中では私はその人格になっている。それぞれの人格の夢を週に2日見ることになる。誰にも信じて貰えない特殊な悪夢だ。
「夢の中と現実で人格違う?ホラー映画とか好きなの?もしかしてビビってるの?」
「マリリン、からかわないで貰える。こっちは真剣なの。」
「からかってないけど、そんなのないと思うから。おばけとかもホラー映画だけの存在でしょ。」
マリリンはよくいる無神論者だ。親も宗教などを信仰していない。さらに霊的なものをとにかく信じないし、おばけとかの存在は架空の存在だと主張する。逆に私はホラー映画とかが大好きで、誰にも見られないような所でいつも見ている。
コリーヌが話す。
「霊的な存在があるという証拠はどこにもないよね。同時に霊的な存在がないと言う証拠もない。ルネの言うことは可笑しいこととも言えない。もしかしたら…何でもないわ。」
「話してよ。」
「対したことないことだから、聞く価値がないわ。」
私達はカフェを去った。
「それにしてもルネの言った人格が夢の中でいくつかあったら休まらないわね。」
「そうよ。最近寝た気がしないもん。ものすごいリアルな夢なの。」
「私元々そんなの信じないけど、そんなのが本当にあるとしたら今頃私は気が狂っているね。何かあったら私に話しな。」
「分かったよ。」
マリリンとコリーヌと別れ、メトロに乗る。女性のホームレスが私の方を見る。
「お金をください。」
「そんなお金ないわ。」
物を盗むわけじゃないがずっと私を見る。しょうがないのでマリリンから貰ったクッキー一箱を彼女に渡した。
「ありがとう。」
彼女はお礼を言ってどこかに行った。
ホームで電車を待ってると二人のカップルが口論していた。私は近くで水分をとった。
「朝、掃除してくれても良いでしょ。」
「君が寝てるから起こすわけには行かないだろ。猫だってくつろいでたんだぞ。」
「そんなんで私は怒らないわ。喉乾いた。」
彼女は私の水を勝手に飲んで口論を続けた。私はその水をホームに捨てた。
帰宅すると、当たり前だが誰もいなかった。鏡の自分を見つめる。夕ご飯を食べて私はベッドに横たわる。コーヒーを入れて、料理番組を見ていた。
彼氏から電話が来る。
「今日は何してるの?」
「いつものように仕事してマリリン達とおしゃべりよ。」
「明日俺の家の近くのカフェに来れる?」
「良いよ。」
彼氏との会話を終えて、目を閉じた。