束縛
今日も女子高生の夢を見た。私とは正反対の暮らしをしているし。私と違い目立ってないと気がすまない女の子だ。あの人格は私ではない。隣からかラップ音が数回聞こえた。一週間前からずっと聞こえる。隣に何度も苦情を入れているが何も心当たりがないらしい。右隣も左怒鳴りも全く心当たりがない。
電話がなる。履歴を見ると10回もクロードが電話かけていた。
「10回も電話来たけど何なのよ?朝からやめてくれない?この前、ちゃんと時間を決めて電話をするって言ったよね。」
「君と電話出来ないのが寂しいんだ。メールじゃ意味がない。メールじゃ愛されてる気がしないんだ。」
「ねえ、1つ聞きたいことがあるの。」
少し沈黙が続く。
「もしかして浮気か?それを言うために電話したのか?」
「私がそんなに尻軽に見えるかしら?クロードも人を見る能力がないのね。あと2週間で戻ってくるんでしょ。それくらい私は待てるよ。」
ラップ音がまた鳴る。知らない人からのメッセージが来る。もちろん無視した。
「本題はそれじゃない。あなたの愛を確かめたいの。そんなに私のことを愛してるなら聞くわ。仮に私が誰かに殺されそうな時や誰かに虐められてたらそいつら銃を使って殺せるかしら?」
「何言ってんだ。狂ったのか?」
「いざという時の話よ。仮に私が正当防衛も出来ないくらいピンチの時にクロードに助けて欲しいの。もしくは自殺したくなるくらい精神的に追い詰められた時とかその首謀者を抹殺して欲しい。クロードはいざという時に頼りになるから聞いておきたいの。それに私がいなくなればクロードは今以上に私を求める。殺されたら、求めても私は戻って来ない。捕まるリスクとか気にしてるかもしれないわね。その時は私が釈放させるか、脱獄させて二人で国外逃亡するわ。私が存在しなくて電話やメールも出来ない状況を想像してみて。」
何で私はこんなふうに愛を確認するんだろう。私もクロードのように自信がないからなのか。
「もちろん、君がいなくなったら本当に胸が痛む。俺が死んだり捕まっても、君を守るよ。それくらい俺は君がいなければいけないんだ。」
「答えてくれてありがとう。そんな状況、かなりの低い確率でしか起きないと思うから、心の奥底にしまっておく程度にして。今のは例え話のようなもんだから。」
「朝から悪い冗談だな。」
自分でも何であんな質問したのか分からない。クロードの束縛や近所からの嫌がらせで頭がいかれたのかもしれない。クロードの笑い声が電話越しで聞こえる。
「たまにブラックジョークくらい言うわ。」
数回も続くビデオ通話も最初は楽しかったけど、だんだん疲れてきた。
朝方、バゲットを食べながら仕事をかたした。今日はいつもより仕事の依頼が少ない。
午後はいつものようにマリリンとコリーヌと会って、買い物をした。
「そのスカーフ私の趣味じゃないわ。」
「マリリンらしくないわね。」
私達は服はあまり買わないし、こだわりとか全然ないけど、香水とスカーフだけはこだわる。メイク用品とかも興味がない。服より香水で自分をアピールしたい。香りのない生活を過ごしたことがない。
「マリリン、香水変えた?」
「そうよ。趣味が変わったのよ。」
「いつもつけてるのより、こっちの方が良いわ。」
「いつもつけてるのはケミカルな臭いで香害みたいね。」
コリーヌはいつもと変わらない香水をつけてる。
「私、化学的な臭いが嫌いなの。洗剤とかも柔軟剤とかの臭いがすると、気持ち悪くなるわ。」
「いつもつけてたのはそこまで酷くない。コリーヌは小さいことを気にしすぎよ。ちゃんとした洗剤使わないと汚れが落ちないわ。」
今日も二人は衝突する。買い物を終えて私達はカフェに入る。今日はテラス席の方に座る。
「クロードとはどうなの?」
「あんまり上手く行ってないわ。」
「どうしたの?まさか現場で浮気とか?」
「それよりもっと深刻な問題よ。」
二人にクロードとのやり取りを見せる。
「一日にこんなに不在着信来てるの?」
「今すぐ別れたほうが良いわ。」
「マリリン、いきなり別れを提案するの?それが一番危険よ。」
メールだけで彼女達はクロードの本性を知る。
「そうよ。それにもしかしたら1ヶ月間私に会えないから過敏になっているだけよ。現場から戻って来たらすぐ元通りになるわ。」
「悪いけど、クロードのメール見てあまりいい感じしないわ。」
良い感じはしないけど、きっと時が解決すると思う。
「これじゃあ、クロードがストーカーみたいよ。そんなに電話することが愛なの?」
「そんなの愛じゃない。自分の求めている自分の都合の良いように支配してものを言わせなくするだけよ。束縛になんて愛はない。同棲に踏み切らないルネの判断は正しいよ。フランスでどれくらいの女性が旦那やパートナーのDVや元彼がストーカーで死んでるか知ってる?3日に一人は亡くなってても過言じゃないわ。今のクロードは嫉妬でかなり狂ってる。同棲なんてしたら最悪ルネは死ぬかもしれないよ。」
確かに私の国ではそう言うニュースはよく流れる。自分には関係ないと日々過ごしていた。夢の人格のあの男性と同じ状況だ。
「大怪我したり死にたくなければ、クロードが戻ってくる前に何か策を練らないと駄目よ。」
「私になりに考えてるわ。」
本当は何も考えられていない。
「相手を刺激するやり方は絶対駄目。」
「それくらい分かってるわ。あと、最近それ以外でもストレスなの。」
「また猫のこと?」
「猫のことだけじゃない。隣から嫌がらせされてるの。」
「隣とぎくしゃくしてるのね。」
マリリンは猫の件は軽く流す。
「そんなレベルじゃないわ。この前だって、猫が私の部屋に入ろうとしてたんだから。思い出すだけで鳥肌が立ってくるよ。」
コリーヌはコーヒーを飲み干す。勢いよくカップを置く。
「そのラップ音も本当に隣の老夫婦だと思うの?」
「だって迷惑な隣人、あの二人しかいないわ!」
「表向き迷惑でも心奥底はそんなに汚い人間ではないと思う。他の隣人という可能性だってあるわ。」
「それに右隣はこの前引っ越して、空き物件になってるの。」
「それっていつから?」
「ちょうど1週間前よ。」
「ラップ音が鳴ったのは?」
「それも1週間前。」
「隣の人が引っ越してから異変が起きてるなら、猫を飼ってる老夫婦は怪しくないわ。話聞く限り、むしろ今さらそんなことする理由なんてないわ。」
マリリンはスイーツを頼む。
「引っ越した隣の人でないなら、ルネに逆恨みとかしてる人かもね。」
「コリーヌ、変な冗談はやめて。」
私は立ち上がっていた。
「冗談だと思うのは良いけど。その可能性がない理由なんてどこにもないよ。」
私には全く心当たりがない。誰がそんなことをするのか?母か兄なのだろうか?強いて言うなら兄がそんなことをしそうだ。兄は私のことを絶対よく思ってないし、心の奥底でそんなことを考えていても可笑しくない。数時間家族で集まっても、兄は私にだけ話しかけない。話したとしても必要最低限のこと。私は何もしてないのに、小さい時からそんな扱いを受けている。他の誰かだとしたら誰がそんなことをするのだろうか。私は処方された薬を飲む。ホームレスの女性とまた会う。
「よく会うわね。何かあったかしら?」
女性は私に聞く。
「あなたには関係ないわ。これは私の問題なの。」
彼女にお菓子をあげて去ると後ろから声をかける。
「気をつけて。」
私は何も返さず、電車に乗り、アパルトマンまで帰る。戻ると、またいつもの音がした。




