凝視
旦那がアメリカから帰ってきた。
「あの香水やめたのね。やっぱり今まで使っていたのがいつものあなたらしいね。」
「どういう意味だ?」
「特に深い意味はないわ。何か気に触ることでもあったのかしら?」
「共演者同士がお金のことで揉めに揉めて大変だったんだよ。」
「今日はゆっくり休みなさい。」
旦那はベットに転がる。
「君と会えるのが待ち遠しかった。」
「それじゃあ、仕事にならないわね。」
彼は後ろから抱きつく。
「仕事になんてならなくて良い。」
「香水以外は変わってないわね。」
旦那の女好きには何回も困ったことがある。若い時からずっと女遊びが激しくて、嫉妬で来る時が多かった。私くらいの女やかなり年の離れた女性や若い女性とも関係を持っていた。しかし今はそれが当たり前になり、そろそろアルベールに見切りをつけようと思う。今さらだが物事には始まりと終わりが必ずある。この関係も何かしらの形で終わることなんて分かっている。私かアルベールが寿命で死ねばこの関係は終わるし、寿命で死ぬ前でもこの関係は終わる。どうせ終わる運命なら今さら悲しむ必要なんてない。シャルロットとしての人生は一回しかないから。
「シャルロット、こっちに来てくれ。」
彼はきっといつも以上に私を求めている。彼と抱き合う。
「シャルロット、何か話して。」
「抱き合ってる時は無言の方が良いの。あなたいつからそんな趣味になったの?」
あの女の影響だろう。何となく隣まで響き渡る耳障りな声をあげているんだろう。
「全て君のせいだ。」
夜が明け、寝てる彼をおいて、撮影の準備をした。ペドロに運転してもらった。
「娘の彼氏はどうだった?」
「誠実さにかけるような男だ。悪い友達と遊んで盗みを働いたり、いたずらばかりしてる。もっとマルティナには良い相手がいる。」
車のスピードがどんどん上がる。
「彼女がそう思うなら、別に良いんじゃないかしら?」
「何かことが起きてからじゃ遅いんだ。いたずらの度合いが犯罪に近いから娘まで巻き込んで欲しくないんだ。」
「どうやら父親の寂しさによる嫉妬ではないみたいね。今度、その娘に合わせて。しばらく会ってなかったわ。」
「もちろんです。娘もあなたに会えるの楽しみにしてますよ。」
「ここでおろして。」
目的地についた。スタジオにつくとブランシュが一人で練習していた。
「無駄な忠誠心は国を滅ぼすわ。」
何故か彼女がマリーヌが演じるシャルロット役のセリフを練習していた。彼女はかなり声が出ていた。表情の細かさを上手く表現している。何故撮影だとそれが出来ないのか?役者としてかなり致命的だ。私はバレないようにドアの隙間でカメラを出して、彼女を撮影した。
「あなたはもうここには帰れない。シャルロット国以外は汚れてるのだから。外に出たらあなたを追いつめる人間ばかり。ここにいればそんなことない。」
台本通りのマリーヌと比べれば、才能の塊だ。マリーヌの無表情だと台本通りの無表情。何も伝わらない無表情だ。
撮影の時間になると相変わらず、ブランシュは声が小さかった。
「ブランシュ、これだと仕事にならないぞ。何やってんだ!ここまで酷いならドミニク役は君以外にやってもらうぞ。もう来なくていい。」
「ちょっと待ってください。」
確かにさっき見た演技と比べれば雲泥の差だ。彼女が二重人格か疑うレベルだ。
ブランシュはマリーヌに呼び出される。
「あんた何で声出せないの?女優として恥ずかしくないの?」
「別に恥ずかしくない。」
「撮影時間が無駄になったわ。時間を返して欲しいくらいね。今後あんたみたいなレベルの低すぎる女優とは映画共演したくないわ。色んな監督にあんたの話を伝えとくから。覚悟しなさい。」
彼女は涙を流し、部屋を出ようとした。私を一瞬見てどこかにいなくなった。マリーヌはすごいキリキリしていた。
「マリーヌ、もういいわ!彼女は自らチャンスを捨てたのよ。シャルロット役はあなたしかいないんだから。」
「シャルロット、今のどういうこと?シャルロット役は私だけよ。大女優にしては悪いもの食べたのね。」
結局誰もブランシュのことを引き留めなかった。
休憩中、ブランシュが泣きながら歩いていた。
「ブランシュ、泣いたって。もうドミニク役は出来ないのよ。あそこで泣いて出ていったことは女優としてのチャンスを逃すのも同然の行為。分かるでしょ?」
「私、シャルロット役がやりたいんです。ドミニク役も悪くないんですが。」
「今のあなたが言えるセリフじゃないわ。主演は今の実力ならマリーヌしか出来ないの。他の女優にはあの役はこなせないわ。」
確かに一人で練習していた時の彼女の演技は私も圧倒させるレベルだが、カメラの目の前で実力を出せなければ、いくら元の才能があっても演技とは言えない。
撮影が再開すると、ブランシュは戻って来た。
マリーヌの演技が前と比べても特別感動するものじゃなかった。ミスのない演技力の高い演技なんだが、小説で感じた主人公の恐ろしさが感じられない。特に何も話してない時の独特の雰囲気が出てない。
「マリーヌ、セリフが軽すぎるわ。もっとキレのある声を出して。」
指摘する度に、マリーヌはイライラしていた。彼女は素直さが足りない。
「マリーヌ、小説と原稿をよく読むべきね。あなたの演技はシャルロットの娘コピーでしかないわ。」
今の映画撮影ではマリーヌが若手女優の中で一番の実力だが、もっと良い女優がいるはずだ。
自宅に戻ろうとしたら、旦那とあの女がいるのが分かる。バレないように私は入る。開いたドアから見ると旦那とあの女が抱き合っていたり、キスしたり、話をしていた。それを私はひたすら撮っていた。
「早く、あの女と別れなよ。シャルロットより私の方が圧倒的に魅力的よ。元々、二人は終わる運命なんだから。」
「それは出来ない。」
「どうしてなのよ。」
彼女は彼の胸ぐらをつかむ。
「私はどうでも良い存在なのね。」
あの女はどうあがいても誰かの元の愛人でしかない。あの性格なら、それ以上うえにはいけないだろう。旦那達が部屋から出て目が合う。私と別れられないのは都合の良い拠り所を失いたくないからだ。きっとそうに違いない。
「アルベール、お客さんかしら?新しい映画のヒロインかしら?」
「ああ、そうだ。打ち合わせをしていたんだ。」
何もなかったのように夫は話す。
「ぜひその子の演技力見てみたいわ。アルベールが認めるくらいの演技の実力をここで見せてみなさい。」
「何で私があんたの為に演技しなきゃいけないわけ?」
「今の若手女優にどれくらい才能がある人がいるのか確認したいのよ。出来ないなら良いわ。もう二度とあなたには興味を示さないから。」
彼女をじっと見た。
「そう言えば、あなた何ていうの?」
「カミーユよ。」
「私の名前はもちろん知ってるでしょうね。知らずにのこのこ家にあがっているなら大した人ね。」
「当たり前でしょ。嫌でもあんたの顔をテレビで見るんだから。映画の配信サイトでもあなたの顔ばかり。あんたみたいな若い女を見下す性格悪い女が出てると、フランス映画の魅力が落ちるわ。」
「見下すような発言したかしら?具体的にどんな発言?」
「シャルロット、もうやめろ。彼女は喧嘩するためにここに来たんじゃない。カミーユ、出てってくれ。俺達で話し合う。」
中々カミーユが出ていかない。
「カミーユとは本当に何もない。潔白だ。」
アルベールは息を吐くように嘘をつく。
「私は何も責めてないわ。」
私は目が覚めた。今日は女優としての人格の夢だった。あの私は絶対私ではない。