第18章 グラール帝国①
グラール帝国①
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聖樹暦20,020年5月10日
オレは嫌な事は忘れて、今日は妻達と楽しくクルス商会周年祭を楽しんでいた。
各出店も大盛況で、特に寿司と日本酒は長蛇の列だ。
製造部のメンバーのバザーも人集りが出来ていて、オレも妻達と覗いて、1人づつアクセサリーなんかをプレゼントしたりしていた。
昼を少し過ぎた頃、報告が入った…………
可能性は考えていたが、それでも腹立たしい。
オレの家族との時間を邪魔された!!
商業ギルドの会議室、オレの向かいにはハルマールの宰相と軍務大臣が座っている。
「で、グラール帝国の宣戦布告の理由は?」
「はい、『魔王の軍門に降った国を滅ぼす、聖戦である』と…………」
宰相の言葉に溜め息しか出ない…………
「現在の状況は?」
「はい、現在、グラール帝国との国境に有る、ルルレの街の北上に帝国軍が集結しつつあります。その数20万。
中には、グラール帝国の抱えるSランク冒険者も含まれております」
「囮だな。セバス、ルドン川と海上、ミミッサス大森林に動きは?」
「はい、ルドン川近辺には今の所動きはありません。
海上は、コクスクの街に向け50隻程の船団が南下を始めています。
ミミッサス大森林には、冒険者に紛れて複数の帝国兵が入っている模様です」
「!!そこまでの情報を!!」
宰相と軍務大臣は驚いているが、今は無視だ。
「なら、本名は、ルドン川とミミッサス大森林だな。
ルルレの街とコクスクの街で戦闘が始まってから、ルドン川から最大の部隊が襲撃、ミミッサス大森林から王都ハルマールへの襲撃が行われるだろう。
シエラールル。ルルレの街には、ガリー、コクスクの街には、ギルスーレ、王都ハルマールには、リンドレージェを向わせろ。
3人にはメイド部隊から10人と諜報守護部を1部隊づつ付けろ。
ルドン川には、オレが行く。
セバスとセスラーナは、オレに付いて来い。
シエラールルは、全体の指揮を任せる。
周年祭は、ローラスに任せる。
人員の配置変更も行ってくれ。
あと、ついでに戦闘も中継して、祭りの酒の肴にして、売り上げも伸ばしておく様に」
「!!クルス会長、先程のお話しではルドン川が最大の戦場になると仰られていたはず。
会長を含めて、たった3人だけで迎え撃たれるのですか?」
軍務大臣が堪らず声を上げる。
まあ、普通の反応だろう。
「大臣、勘違いして貰っては困る。
全ての戦場で勝利するだけなら各地に1人で十分だ。
街の住民の安全と、治療が必要だった場合に備えての人員配置だから、人の居ないルドン川は最も人数が必要無い。
言っておくが、オレが直接行くのも只のデモンストレーションだ。
そうで無ければ、セバスかセスラーナ1人行けば解決する」
「な!!そんな、デモンストレーションなどと…………。
先程も、戦闘映像を酒の肴にとも仰られていましたが…………」
「大臣、深く考えず我らは我らでいざという時に備えておきましょう。
戦争は、戦闘のみが全てでは有りません。
クルス会長のお手を借りられるのは、戦闘のみなのですから」
宰相は、既に何かを悟った様な表情だ。
話しが早くて助かるが…………
「じゃあ、作戦開始だ!!」
「「「は!!」」」
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ルルレの街北部の荒野
「ガリー様、全員配置に付きました」
オレは、1つ頷く。
オレの後ろには、メイド部隊が5人、諜報守護部が10人だ。
諜報守護部の隊長には、街の近辺で指揮に当たって貰っている。
「グラール帝国軍に告げる。
貴殿らの行いは明確な侵略行為である。
これ以上、進軍を行う様で有れば、産業ギルドの条約に基づき、貴殿らを殲滅する」
「我らの進軍は、悪魔に魂を売り渡した愚者に正義の鉄槌を降す聖戦である。
何人たりとも我らの進軍を止める事違わず。
邪魔立てするならば、蹴散らすのみ」
オレは、“聖戦”という言葉が嫌いだ。
オレに限らず、魔族の多くは嫌いだろう。
幼い頃に聞かされた、大魔王様のお話し。
“人種族”による、“聖戦”と言う名の侵略戦争の話しは、英雄譚の様な大魔王様のお話しの最後に必ずやって来る。
この話しを聞いて育った魔族は、“聖戦”も“人種族”も嫌いな者が多いに違いない。
お館様に仕える事になってからも、“お館様だけが特別な方”だと思っていた。
お館様の種族は“神”だ。
他の“人種族”とは違う。
そう思っていた。
しかし、そうでは無かった。
ルナルーレ奥様や、ランドさんにグッサスさん。
人種族であっても種族など気にされない方達との出会いが、オレ自身が知らず知らずの内に種族を気にしていた事に気付かせてくれた。
今では、敵か、味方か、それ以外か、1人1人を見る事が出来る様になれたと思う。
今回の敵もそうだ。
以前のオレなら、皆殺しにして済ませていただろう。
しかし、お館様ならばそうはされない。
向かって来る者でも、敵なのか、敵に従わされている者なのか見極めて首を取られる。
逃げる者達も、反撃の為に逃げる者と戦意を失って逃げる者とを見極められるだろう。
オレもそうで無くてはならない。
お館様にとって、最良の結果を齎す事がオレの務め!!
先程、“聖戦”などと、ほざいていたヤツを追い抜いて100人程が此方に駆けてきた。
見え見えの囮だ。
後方の連中が魔法の準備をしている。
恐らく先兵諸共、大規模魔法で攻撃する気なのだろう。
こんな作戦が“汚く、愚か”に見える様になったのも、お館様にお仕えすればこそだろう。
「先ずは、指揮官のみだ」
オレの指示に後方の15人が散開する。
オレ自身も向かって来た100人を無視して駆け抜けて“聖戦”とほざいていたヤツの首を落とし、身体を細切れにした。
何の事は無い。
コイツは殺された事にすら気付いていない。
背中に異物が降って来る感覚に馬が嘶いて暴れ出した事で、周りの連中もオレにやっと気付いたレベルだ。
そして、遥か後方で、“敵の先兵だけが”魔法で吹き飛んでいる。
奥の本陣と見られる一団の中央。
身分だけのお飾りの大将と言わんばかりの、チャリオットに乗る太った男を次の標的に再度駆け出す。
視線を感じた。
オレの動きが見えている者がいる。
太った男の首も落として、身体を細切れにしたところで後ろから声が掛かった。
「間に合わなかったか、それに、後ろからでも全く隙が無いな」
振り向くと、黒い鎧に黒い槍の細い男が立っていた。
身体付きだけでは無い。
顔も目も細い男だった。
「オレはこれでもソロでSランクまで来たんだ。
それなりに自信も有った。
だが、いつの間にハルマールはこんなバケモンだらけの国になったんだ?」
「勝てないと分かっているなら、撤退する事だ。
冒険者ならば、戦争への参加も只の仕事だろう?
命を優先すべきではないか?」
「それが、そうもいかねぇんだよな。
オレだけじゃ無く此処にいる上位冒険者は、みんな、家族を人質にされてるんでな」
「…………そうか、嘘の下手な男だ。
同情を引く場面では、僅かに隙を作って見せた方がいいぞ」
「嘘じゃねえさ。
ただ、オレは人質なんか関係無く、強いヤツを殺したいだけだ!!」
細い男の槍が、オレの足を狙って来る。
今のところ、魔法やスキルの発動は感じないが油断はしない。
余裕を持って、左後方に下がると、違和感を感じて再度下がる!!
槍が蛇の様に畝って伸びて来た!!
しかし、魔力の反応を感じない。
違和感の正体は、これだ。
魔力を感じない。槍からも細い男からも。
槍が伸びている以上、何かしらの魔力を感じるはずだ。
槍の能力であれ、本人の能力であれ、全く感じない筈は無い。
「面白い…………」
オレは、思わず笑みが漏れてしまう。
ついつい、喜びが出てしまった…………
「なんだ?!何が面白いんだよ?!」
「魔力を感じないその攻撃、非常に面白い。
きっとお館様の良い実験材料になるだろう。
おまえと装備は全て回収させてもらう」
「な!!」
細い男が何か言う前に、四肢を斬り落とし、首裏に一撃入れて気絶させた。
「全員に告げる。
現在、魔力を一切感じさせず槍を伸ばす男を発見した。
同様の能力、若しくは、それ以外にも特殊な能力の有る者が敵対する様で有れば、お館様への手土産に回収しろ」
オレは、そう言いながら、細い男を止血して“ディファレントホーム”に放り込んだ。
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コクスクの街北部の海上
オレは、ギルスーレ メテイレ。
メテイレ公爵家の次男だが、次期当主と言われていた。
兄は尊敬出来る程、統治には優れていたが、武力がイマイチだったからだ。
父もオレを当主に、兄を補佐にと考えていた。
しかし、転機が訪れた。
キスラエラ ビルスレイア女王陛下が、クルス様にお仕えすると仰られたのだ。
オレ自身も望むところだった。
見てしまったのだ。
崩壊した、城の瓦礫に埋もれながら、女王陛下を踏み付ける、クルス様の圧倒的な存在感を…………
その後の、明らかな上下関係が見て取れる、アナンタ様とのやり取りを…………
その後、ビルスレイア女王国出身者では、最初の執事に任命された。
国の重鎮の方々は、国家運営の為、抜ける事が出来なかったとは云え大変名誉な事だ。
オレは意気揚々とクルス様の私邸へ赴いた。
しかし、それまでの自信も、プライドも、セバスニヤン様達の指導を受ける中でへし折れてしまった…………
自信やプライドが折れてしまったのは、セバスニヤン様達がオレを遥かに凌いでいたからでは無い。
セバスニヤン様達のクルス様へ仕え始めてからの、ほんの数ヶ月での成長を知ってしまったからだ。
オレは思わずクルス様に聞いてしまった…………
「クルス様、クルス様にとっては、執事は誰でも良いのでしょうか?」
と…………
他の執事の方々にとても失礼な発言だったと後から思ったが、しかし、誰からも咎められなかった。
セバスニヤン様には、「全員一度は考えてしまう事だ」と言われた。
その時のクルス様のお答えが今ではオレの唯一のプライドだ。
「ギルスーレ、おまえが何に悩んでいるのかは大体分かっている。
以前、同じ様な事を言ってたヤツがいるからな。
いいか、ギルスーレ。
オレはおまえの能力を高く評価して、執事に抜擢した。
能力というのはレベルやスキル、魔法の事を言ってるんじゃない。
それらは、オレならやる気さえあれば、簡単に伸ばしてやれるからな。
オレが評価した能力は、おまえの洞察力、判断力、視野の広さ、そして、細かな気遣いだ。
これらは、おまえの人生の中で時間を掛けてしっかりと伸ばして来た能力だ。
だから、これからも、そのおまえの優れた能力を自分自身でしっかりと磨いてくれ」
オレは始めて、本当のオレを評価して貰えた様な気がした…………
思えば、オレ自身でさえ、目に見える、ステータスプレートのレベルや魔法の数々で自分を評価していたと思う…………
もちろん、執事という最高幹部の地位を戴いている以上、他の者への模範となるべく、強さにおいても誰よりも努力しなければならないが、それ以上に、オレは、“オレの能力”を伸ばす為、一層励んで来た。
今日は、正にその“能力”を活かす場だ。
敵の艦隊は、50隻。しかし、乗組員の情報は無い。
先ず、メイド部隊の10人と諜報守護部の40人を連れて行く事にし、残りは諜報守護部の隊長と共に、コクスクの街に待機する様に指示。
そのまま、50人を引き連れて、敵艦隊の上空に向けて出発した。
「グラール帝国艦隊に告げる。
貴国はハルマール王国に対し、宣戦布告を行っている。
よって、ハルマール王国近海への侵入を拒否する。
速やかに、転進し、自国へ戻られたし。
繰り返す、速やかに転進し、自国へ戻られたし」
オレの言葉に対し、敵の返答は、
「これは、聖戦だ。ハルマール王国は、我が艦隊が蹂躙する!!」
だけだった。
各艦の甲板から、魔法の兆候が現れる。
「各員2人1組で、外周の艦から確実に一隻づつ沈めろ。
沈めた後も警戒を怠るな」
オレの指示に全員即座に動く。
それを待っていたかの様に、“火属性魔法”が大量に打ち上げられて来た。
オレ自身は回避に専念して全体の状況を見る。
クルス様の教育は本当に凄い。
50隻もの艦隊が相手で、1人1人がそれを一撃で破壊しうる程の強さがあるにも関わらず、全員が初級の魔法のみで、船の急所を的確に攻撃して沈めている。
以前のオレや、ビルスレイア女王国の者達であれば、大規模魔法で一気に殲滅しようとしていただろう。
しかし、クルス様の考えは違う。
「多数を相手取る場合、最も重要な事は回避と節約だ。
大規模な魔法は隙も消耗も大きい、基本的に使う場面は自分が全力で無ければ相手にダメージを与えられない時だけだ。
それも、逃げる事が出来ず絶対に戦わないといけないときに限ってだ。
多数を相手にしたとしても、自分に向かって来る攻撃の数は限られている。
なら、先ずは避ける。
その後、反撃が可能で確実に殺せる時にだけ反撃するんだ。
それも、出来るだけ小さい動きで、出来るだけ弱い魔法でだ。
小さい動きなのは隙を作らない為、弱い魔法なのは消耗よりも回復の方が勝っている状態を維持する為だ。
今戦っている相手よりも強いヤツが、後に控えている事を常に想定しなければいけない。
いいか、絶対に僅かでも無理のある攻撃をしてはいけない。
オレの配下に限っては、長期戦になれば必ず有利だ。
何故なら、オレが救援に到着した時点で勝ちだからだ」
クルス様の教育を守り、ここまで消耗の少ない戦闘を行う。
どの国の軍よりも高い練度だろう。
じわじわと包囲を縮め、海中にも、もはや反撃をしようと考える者も居なくなって行き、残すは旗艦のみとなった。
「!!全員、退避!!」
オレの指示に一瞬の躊躇いも無く、全員が上空に戻って来る。
と、同時に海中から無数の触手が現れた!!
此方は全員退避が出来たが、海中に居たグラール帝国兵達は次々と触手に呑み込まれて行く。
アルティメットジェリー…………
本来はもっと北の海にいる魔獣だ。
おそらく、使役されている魔獣だろう。
ジェリーは、最も使役し易く、最も扱い難いと言われる魔獣だ。
海水だけで育ち、時間を掛ければ勝手に段々と成長していく。
しかし、単純な指示にしか従わず、攻撃命令一つで味方も巻き込んで攻撃する。
今まさにその状況だ。
あれだけ、不利な状況になっても降伏しない事から、何か奥の手を隠しているモノと思って居たが、ここまで味方を犠牲にする方法とは…………
「アルティメットジェリーは、オレが殺る。
メイド部隊4人は、オレの攻撃に合わせて旗艦を落とし、6人は更に奥の手があった場合に対しての警戒。
諜報守護部の40人は、生き残った捕虜の回収だ。
全員気絶させてから回収しろ、降伏した者も含めて全員だ。
行くぞ!!」
オレの指示に、全員一斉に動く。
オレは、アルティメットジェリーの頭上目掛けて一気に突っ込む!!
攻撃方法は決まっている。“クルス流体術1 破”だ。
この技は、クルス様が創られた体術で、攻撃を衝撃として相手の全身に拡散させる技だ。
アルティメットジェリーの様な、巨大でダメージの蓄積し難い魔獣には最適だ。
ドンッ!!と、いう音と共に、オレの一撃で伸びてしまったアルティメットジェリーに“火属性魔法 ファイアサークル”で、魔核までのトンネルを作って魔核を回収。
そのまま、“ファイアサークル”を拡大して行き焼き払って行く。
オレが焼き尽くす頃には、旗艦の破壊も終わり、捕虜の回収が行われて行くのを見ながら、上空で警戒中のメイド部隊の6人に合流して警戒に参加する。
新たな動きは見られなかったが、全て完了する迄は、一切の警戒を解いたりはしない……
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王都ハルマール、西部の草原
「リンドレージェ様、各地で同じ様な状況の様です。
如何致しましょうか?」
私達は、王都ハルマールの西部に5ヶ所に分かれて配置に着いた。
今、私達の前には、戦闘でダメージを負った様な装いの20組程の冒険者が此方に向かって来ている。
残りの4ヶ所も同じ様な状況らしい。
偽装なのは分かっている。
誰1人、大した怪我を負っていないのは見れば分かる。
しかし、敵と断定して殺してしまっては、お館様の本意に悖る。
あくまで、侵略の防衛で無ければならない。
私は、生まれた時から暗殺者だ。余り、弁が立つ方じゃ無い。
黒火一族の中でも、特に暗殺のみを行って来た…………
勇者との戦争で多くの同胞が死んだ。
気付けば最年長になっていて、相談役の様な事もやったが、セバスニヤン様やシエラールル様の様に上手くは行かなかった。
大魔王様という主を失い、同胞を守る為に魔獣と戦い、村への侵入者が敵だった場合には排除する…………
ただただ、それだけの日々だった…………
しかし、お館様という絶対的な主が現れた!!
私はまた、暗殺者としての“私らしい生活”が戻って来ると思った!!
でも、違った…………
お館様程の方には、暗殺と云う“姑息な手段”は、必要無かったのだ…………
私は副メイド長を他の者に譲って欲しいと、お館様に嘆願した。
私が下の者に教えられるのは、暗殺だけ。
そして、お館様の元では暗殺技術は必要無いからと…………
「はぁ〜〜…………」
と、言うお館様の溜め息に目を伏せる。
瞬間!!首元に刃物の感触を感じて目を見開く!!
お館様は、私の背後に居た。
私の首筋にナイフを充てて…………
「リンドレージェ、今、もしもオレがおまえを殺していたとして、おまえは文句言えないよな?」
「はい、私自身も同じ事をして来ましたから…………」
「違うな、そうじゃない。
オレが、もしも、今おまえを殺したとしたら、オレが勝者で、おまえが敗者だから、文句は言えないだろうと、言ってるんだ。
あれだろ?リンドレージェは暗殺は姑息だとか汚いとか思ってるんだろ?」
「はい…………」
「なんでだ?」
「それは、正々堂々と戦う訳では無いからです」
「正々堂々戦うって言うのはどう言うモノだと思ってるんだ?」
「正面から相手と向かい合って戦う事です」
「じゃあ…………」
と、言って、お館様は私の真正面に立って、笑顔を向けたかと思ったら、いきなり胸を揉んで来られた。
私がその手を見て、お館様の方をもう一度見ると、眉間にナイフが突き付けられていた。
「…………今、オレは真正面から攻撃した。
だから、正々堂々と攻撃したよな?」
「そ、それは…………」
「あのな、リンドレージェ。
相手の意表を突いた攻撃をしたり、死角から攻撃するのは当たり前の事だ。
暗殺技術は汚い技なんかじゃ無い。
相手の意表を突いたり、死角から攻撃する事を突き詰めた戦闘技術だ。
正々堂々と戦う何て言うのは只の詭弁か、相手よりも意表を突いたり、死角から攻撃する技術の乏しい者の言い訳だ。
言っておくが、オレは暗殺を指示しない訳じゃ無い。
ただ、今のオレの知名度だと暗殺を行ってもオレがやったと思って貰えない。
だから、指示をしていないだけだ。
暗殺の最も重要なポイントは、相手を殺す事じゃ無い。
相手に暗殺の脅威で手出しをさせない事だ。
その為には、どれ程の堅牢な砦に居ようとも、どれ程の兵に守られて居ようとも、どんな状況で在っても暗殺を行える者が必要だ。
つまり、リンドレージェが必要だって事だ。
でも、今のままじゃ、まだまだだ。
だから後進を育てる事も大事だが、リンドレージェ自身ももっと高みを目指してくれよ」
それなりに長く生きて来た…………
でも、ここまで誰かを好きになった事は1度も無い…………
お館様が、ずっと胸を揉まれていたので、この胸のドキドキが聞こえてしまっていないか、心配だった…………
「全員に通達、攻撃して来た者だけ排除しろ。
それ以外の者は、“記憶”しろ」
私達に警戒しながらも、足をひこずる様な演技をしながら、誰1人、攻撃して来る事は無かった。
その日、王都ハルマールに入った500人程の“冒険者の格好をした”者達は、誰1人、何もする事無く、王都から消えて貰った…………
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「もっと、西だったか、思ったよりも慎重だな…………」
川辺にテーブルセットを作って、セスラーナの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、のんびりと眺めていると、20km程西方の対岸にゆっくりと近付く“2体のバケモノ”が見えた…………
グラール帝国とハルマール王国の国境になっているルドン川は、トルナ王国から帝都グラールの西を通り、ルルレの街の西迄南下して来て、そこから西に向かって海へと流れて行く。
オレが待機して居たのは、丁度、王都ハルマールの真北に当たる川辺だった。
「それにしても、本当に気持ち悪いな。
“アレ”に“エサ”をやる仕事のヤツらは、帰ってから普通にメシが食えるのかな?」
「ブッ!!さすがお館様です。
“アレ”を見て、その様な感想を抱かれるとは…………」
珍しく、セバスが噴き出してしまっていた。
対岸にいる“2体のバケモノ”。
それは、旧キルス王国の第5の聖剣を使った金属板を埋め込まれた魔獣だった。
それも、レベル1,000万を超えている。
一体どれ程の“エサ”を与えられて来た事か…………
何方も元は火竜らしいが、最早何の原型も無い。
片方は巨大な人間の足が7本有るが、向きがバラバラで実際には2本だけで歩いている。
そして、上半身は足が3本分程の左腕が1本だけ、顔は腹に付いている。
もう片方は、左右4本づつの腕で、這う様に進んでいる。
顔は見当たらないから腹側に有るのかもしれないが、背中には無数の人間の下半身が生えている。
ご丁寧にその下半身達は殆どが足首から先が無い。
逃亡防止に足首を斬り落とした奴隷を喰わせたのだろう。
「残り2枚は、グラール帝国に売り飛ばされてたか。
だが、これで第5の聖剣はコンプリートだな。
それに、オレが帝国を落とす理由が出来て丁度良かった」
「左様で御座いますな。
直ぐに、シエラールルに政権交代用の資料を準備させます」
「ああ、頼む。じゃあ、行って来る」
そう言って、オレはゆっくりと、“バケモノ”の方に向かった…………
“バケモノ達”の後ろには、30万人程の帝国兵が続いて居た。
一応、その兵達に向かって声を掛ける。
「帝国兵の諸君、オレはクルス商会の会長のクルスだ。
本来、此処には産業ギルドの条約に基づいて、ハルマール王国への侵略阻止に来たんだが、キミ達が連れて来たその“バケモノ”は、旧キルス王国が生み出したオレの敵だ。
そして、それを飼っていたグラール帝国も今からオレの敵になった。
だから、グラール帝国は滅びる。
SSSランク、レベル1,000万以上のバケモノが2体も居るんだ。
もちろん、巻き添えで死ぬ覚悟で来ているだろうが、一応言っておく。
今すぐに逃げる者は殺さないが、向かって来る者、止まる者は命の補償は一切しない。
ああ、それと、川の方には逃げるなよ?
川に入ったヤツは、とりあえず念の為に殺すからな。
以上だ。
逃げたい者は直ぐに行動しろ」
「ワッハッハ!!一体何をほざいている!!
お前が今言った通り、コイツらはレベル1,000万以上だ。
たった1人で、何をしようと言うのだ!!」
『…………なんだろう、この小物感溢れる人物は…………
やられキャラですと、自ら言っているかの様だ…………
だが、そう言う、様式美はオレは嫌いでは無い!!
こういうヤツは、多分生き残って、また、小物っぽい事を言いに現れるに違い無い!!』
そんな事を思いながら、オレはゆっくりと左腕が印象的な方のバケモノに近付いて行く。
射程距離に入ったのだろう。
バケモノが大きく振り被って、超高速で殴り掛かって来た。
オレは右手を突き出して、そこに結界を張る。
結界を殴ったバケモノの拳は、グチャグチャに砕け、辺りに大量の血と肉片を撒き散らした!!
因みに、結界を張るのに右手を突き出す必要は全く無い!!
ただ、カメラが回っているので演出だ!!
「ギギャアアア…………」
良い感じで、バケモノも叫んでくれている。
オレは、ゆっくりと“ディファレントルーム”から白刃を取り出して腰に下げてから、ゆっくり抜いて、天に翳すと、長さを1kmまで伸ばして一気に振り下ろす!!
バケモノは両断されて、白刃が後方の帝国兵にも迫って行って、ピタッと止まる。
風圧で、帝国兵達は吹き飛んでいたが、一応斬ってはいない。
これで死んでも自業自得だろう。
逃げなかったヤツが悪い。
もう1体の方にも近付いて、四つん這いの体を横に両断する。
斬り飛ばされて飛んで行った上半分が、後方の帝国兵達を押し潰す。
此方も巻き込まれて死んでも仕方ないだろう。
だって、逃げなかったし。
オレが、白刃を元の大きさに戻して納刀した、
キーーン
と、いう澄んだ音が、大量の血と肉片の海に響いた…………




