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第6章 ルナルーレ

▪️▪️▪️▪️



〜ルナルーレ〜


私は物心着いた時には孤児だった。所謂、戦災孤児だ。


両親の顔はハッキリ覚えていない。

ただ、両親の温もりを奪われたという、強烈な感情だけが残っていた、でも、それも大人になるにつれて薄まって行った。


孤児院に入ったのは、私1人では無い。私と同じ所に隠れていた子供8人だ。

300人程の村だったそうだ、しかし、生き残りは私達だけだったらしい。


軍人が村の人達に戦わせて、自分たちは逃げ、遠くから村人諸共、敵を魔法で焼いたのだと大きくなってから聞いた。


孤児院にも、長兄達が街まで、私達小さい子を連れて行き、保護して欲しいと訴えたそうだ。

まだ10歳だった長兄とグッサスさんは私達全員の頼れる兄だった。


孤児院での生活は決して良いものではなかったが、少なくとも、生きては行ける程度は食べる事が出来た。

しかし、食べる事が出来ても、病気の治療まで出来る程ではなかった。


5年後、長兄とグッサスさんが成人して、冒険者になった時には、私達兄弟3人とグッサスさん兄弟2人の5人だけになっていた。


長兄とグッサスさんが冒険者になって5年、次兄が成人したのをきっかけに私とグッサスさんの弟も一緒に孤児院を出て、長兄とグッサスさんが買った家に全員で住み始めた。


最初の1年は長兄とグッサスさんと次兄で、次の年にはグッサスさんの弟が成人して4人で、その2年後に私も成人して5人でパーティーを組んで冒険者として活動して行った。


私が冒険者になって5年。長兄とグッサスさんがBランクになったので、拠点をよりミミッサス大森林の奥地に行きやすい、ラットック村に移す事になった。


今までの、採取や護衛がメインの活動から、より収入が良く、ランクアップ効率の良い、討伐依頼を中心にして行く為だ。


無理な討伐には向かわず、基本的にDランクからCランクの生息域を中心に活動して、偶に出会うBランクにも慎重に対応して、無理の無い狩りを繰り返した。

そんな日々が15年続いていた。村の人達も殆ど知り合いになっていた。

そして、あの日…………



私達もBランクになり、長兄とグッサスさんはもうすぐAランクが見えていた頃、次兄が少し厄介な病気になってしまった。


そんな時、ミミッサス大森林奥地への門番と言われる“炎の爪”と云う、“ウルトラグレートベアー”の討伐レイドの募集が掛かった。


“炎の爪”の生息域が変わったのか、出会ってしまう冒険者が増えて、犠牲者も出ていた為だ。

過去にも何度か“炎の爪”討伐レイドは組まれていたが、倒す事は出来ないまでも、森の奥に追い返す事は出来ていたらしい。


私達はパーティーメンバー全員で相談して、レイド戦ならば、最悪、私達が勝てなかったとしても逃げればいい。


レイド戦とBランクの上位の魔獣戦との良い経験になるし、参加するだけでも次兄の治療費の足しになる。

と、いう結論になり、参加する事になった。




考えが甘かった…………


Bランク以上の魔獣はレベル100から始まり、300を超えるとBBランク、1,000を超えるとBBBランクとなっている。しかし、Aランクの魔獣はレベル5,000以上だ。

つまり、BBBランクの魔獣はレベル1,000から4,999まで存在するという事。


今までの、レベル100や200のBランクの魔獣とは格が違うどころか、“全く別の存在”だった。


50人以上いたレイドメンバーの半数以上が、一目見た瞬間に逃げ出した。


私達も即逃げる判断だったが、出会った場所が悪すぎた。

“炎の爪”が現れたのは私達の“後方”だったのだ。


現在居る場所は、既に私達が普段狩りを行っている場所よりも2日以上進んだ奥地だ。

後退しても、左右に逃げても、更に奥地に行ってしまう。


森の中を迂回して逃げようと思っても、相手は“炎の爪”だ。

火属性魔法で辺りを焼かれると、最悪、魔法を使われた事にすら気付かず焼き払われてしまう。


私達は、“炎の爪”の脇を一直線に駆け抜ける選択をした。


最も防御に優れるグッサスさんを先頭に、私、グッサスさんの弟、殿を長兄にして走り出した。


全員、“炎の爪”の横を通り過ぎた。そう思った時、私の後ろで突風が起きた。


振り向くと、長兄とグッサスさんの弟が吹き飛ばされて木にぶつかって血を吐いていた。

「振り向くな!!走れ!!」

「急いでください!!直ぐに追います!!」

そう言って、2人は直ぐにヨロヨロと立ち上がって、武器を構えて“炎の爪”に対峙しながら、ゆっくりと後退していた。


固まってしまっていた私の手が、グッと引かれる。

「行くぞ!!前だけ見ろ!!」

背に“炎の爪”の咆哮を聞きながら、グッサスさんに手を引かれて走り続けた……



どれだけ走ったのか、何処をどう走ったのか……

気付いたら、見慣れた草木の茂った場所だった。


2人共、無言のまま、そこで1夜を過ごして、翌朝そのまま村に向かい、ギルドで逃走の報告をして、家に戻った。


長兄達の心配と恐怖による極度の緊張から来る疲労で、浅い眠りを繰り返して朝を迎えたが、2人は帰って来なかった…………


ギルドから2人の死亡報告を受けた。


勇敢に戦った人達の多くの犠牲の元、“炎の爪”の撃退には成功して、また、奥地に追いやる事は出来たが今回も討伐には至らなかったそうだ。


死亡報告と共に帰って来たのは、長兄の折れた剣だけで、グッサスさんの弟は遺品すら戻って来なかった。


冒険者はこういう仕事だと分かってはいた。

いつ命を落とすか分からない。


報告を聞いて、最も取り乱したのは次兄だ。

「オレのせいだ……」と、呟き続け、私達が話しかけても、まともに答える事も出来なくなっていた。


次兄の病気が治るまで、私とグッサスさんは2人で簡単な依頼を繰り返して、何とか生活していた。

幸い貧しい食事には慣れている。じっとして居られなかったのもある。


次兄が回復して、今後の事を話し合った。

3人共同じ答えで、時間を掛けてでも、力を付けて、2人の仇を取る事になった。


他のパーティーに入ったり、メンバーを入れるのは目的が“復讐”になったので止めようという事になった。





3年が経ち、私達も3人で十分に戦える様になって来たと思っていた頃、“彼”がこのラットック村に現れた。


最初に見た時は、いつもの様に新しい冒険者が来たのだと思っただけだった。


チラッと目に入った“ステータスプレート”も、名前は見えなかったが、レベルは30、スキルも“土属性魔法”だけ。

パーティーに入れて貰うのは大変だろうな……と、思っただけだった。


しかし、翌日、昨日見た“新人冒険者”が、村に運び込めない程の“大物”を倒したと言うので、私達も興味本位で着いて行った。


そこに現れたのは“あの炎の爪”だった。

何度も夢で見た、忘れる筈も、見間違える筈もない。


私達3人も驚きで固まってしまったが、ビーンズウッドさんが、状況の説明をギルドで聞くと言うので、慌てて私達も着いて行った。


そこで驚愕の言葉を聞く。


「…………オレが1人で倒しました」


私も含め、多くの人達が思っていただろう。

彼はAランクの上位か、もしかしたらSランクパーティーの“小間使い”だろうと。


“ギルドとのやり取りを命じられて”来ているのだろうと。


驚きと共に、強い怒りが湧いた……

よりによって、こんな嘘をつくなんて!!


我慢出来なかったのは、次兄だ。

「おい!!にぃーちゃん、大法螺吹いてんじゃねぇーぞ!!

お前、昨日移動届け出してただろ!!オレらはその横で買取手続きしてた。

お前はレベル30のDランクだろ!!

横からステータスプレートが見えたんだよ!!」

と、大声で絡んで行った。


私も強い怒りをそのままに、次兄の声に振り向いた“彼”を睨む。


しかし、ビーンズウッドさんが一喝して、“彼”のステータスプレートをみんなに見える様に見せる。


レベル130!!昨日は間違い無く30だった。

その後、ビーンズウッドさんも昨日は30だったとハッキリと言った。


私も驚きを隠せない、『もしかして、本当に?』と、少し思っていると、“彼”が自分から、みんなに説明すると、言い出した。




ギルドマスターのローストスさんを始め、大勢が取り囲む中、リサリナさんが“彼”にペンを渡しながら“鑑定”をした様だったが、何も言わない。


“彼”が話し始めた。


「では、まずこの中に土属性魔法がLV4以上の人は居ますか?」


何人かが手を挙げて、私も手を挙げた。

“彼”は私達でも運が良ければ倒せると言う。


『あの“炎の爪”を?一体、何を言っているの?』


そう思っていると、“彼”が私に“1番凄いストーン”を見せてみろと、指名して来た。


何の事かは分からないが、例えレベルが130に上がっていたとしても、私はレベル230だ。

『驚かせて、実力の差を見せつけてやろう!!』と思って、全力で魔力を込めて、2m位の“大きくて硬いストーン”を見せた!!


でも、“彼”は、全く驚かないどころか、少し呆れた感じで、


「それが1番凄い“ストーン”ですか?」


と、聞いて来た。少しムッとして、


「ええ……」


と答えると、“彼”が“ストーン”を使った。



時間が止まった様だった…………

周りの騒めきも凄く遠い…………



彼が生み出したのは、“小さな私”だった。


自分で、“私だ”と言うのも憚られる。

“とても可愛いくて、自分でも見た事が無い優しい笑顔の私”だった……

Aランクの魔法使いの強大な魔法よりも遥かに凄い、“本当に魔法の様な魔法”……


『兄さん達の事は、この人には関係無い。でも、勝手に怒って、あんなに睨んでしまった私を。自分勝手な私を。この人は“こんな風に”見てくれたの?』


胸がドキドキして止まらなかった。

色んな気持ちが、ごちゃ混ぜになって、気付いたらギルドには私だけになっていた。


「みんな、行っちゃったけど良いのかい?」


ギルド職員さんの声に、ハッとして“私の石像”を抱き締めて、走ってみんなの後を追った。

最後尾に追い付いた時、天に駆け上って行く“彼”を見た。


ドキドキする胸がいっそうドキドキした。

『…………これが恋なんだ…………あの人の側にいたい!!ずっと一緒にいたい!!

本当に、こんな気持ちになるんだ……』


ぼぉ〜…っとしてしまっていた私の所に次兄がやって来て、連れられて家に帰った。


ぼぉ〜…っとしたまま、リビングでソファーに座らされて、次兄とグッサスさんも座る。


「で、これからどうする?」


グッサスさんの真剣な声に、ハッとして顔を上げる。

グッサスさんも次兄も複雑な表情をしている。


「“炎の爪”は死んだ。あの人が本当に倒したんだろう。

オレは魔法の事は詳しくないが、あの人の魔法が凄まじいモノだって事は分かる」


「ああ、オレもそう思う。

オレは“炎の爪”を見た事が無いが、間違いないんだろ?」


「ええ、間違いないです。見間違える筈がありません」


「なら、“2人の仇”は、あの人がとってくれた。

自分達で取れなかったのは無念だが、2人共きっと浮かばれる。

ただ、オレ達は今後どうして行く?」


「そんな事言われてもな〜……まだまだ、先の事だと思ってたからな〜……」


「ランド兄さんが、そんなでどうするの?一応はリーダーなのよ、一応は!!」


「そんな事言ったって、オレがリーダーとして役に立った事があるか?」


「ランド、自慢じゃ無いが、オレはおまえよりも考える頭がない。

今こそリーダーとして、初めて役に立つ時だ」


「そうよ、ランド兄さん!!初めて役に立つ時よ!!」


「…………なあ、“炎の爪”が居ないんだから、もう、無理に“炎の爪”に挑む事もない。

だったら、この際、他のメンバー入れて、ソイツにリーダーになって貰ったら、良いんじゃ無いか?」


「「なるほど!!」」


「なら、あの人だよな?」


「そうだな。あの人なら、間違いない」


「!!!!」



「どうしたんだ、ルナルーレ?おまえは反対なのか?」


あの人の事を思い出してしまって、固まってしまった。顔がとても熱い。


「賛成!!大賛成!!」


「なら、決まりだ!!

まずは謝って、それからリーダーになってくれる様に頼んでみよう!!」



それから、3人で手分けして、“彼”が向かった方向の宿で聞き込みをして周り、とうとうグッサスさんが見つけた。

丁度、お風呂に入っていると、宿の女将さんに聞いて、また顔が熱くなった。


突然、押し掛けたのに、“彼”は会ってくれた。


今日の事を、誠心誠意、頭を下げて謝ると、“彼”は直ぐに優しく許してくれて、“リーダーになって欲しいというお願い”も、部屋に招いてくれて、ちゃんと聞いてくれた。


でも、断られてしまった。


思わず、「頭が悪いからですか?」と聞いてしまったら、「そっちの方が可愛いらしいですよ」と、言われて、『顔から火が出そうなくらい恥ずかしい』と、言うのは本当だった!!と実感した。


“彼”は、ちゃんと断る理由も教えてくれた。


多分、“彼”には“敵”がいるのだと思った。それもきっと大きな“組織”なのだろう。

そして、『断られてしまう!!』と、思ったら、


「パーティーがダメなら、弟子にして下さい!!一緒に居たいんです!!」

と、言ってしまっていた。そして、止まれなくなった。


「そう思って貰えるのはとても嬉しいですが、残念ながら、この村にもずっと居るつもりは無いんです。

1〜2ヵ月、長くても3ヵ月くらいで出て行くつもりなんで……」

と、言われても、


「なら、着いていきます!!」

と、言ってしまって、次兄とグッサスさんも


「オレ達も着いていきます!!

それに、妹はおっちょこちょいですが、家事全般キチンとこなしますし、料理は一流です!!」


「ああ、ルナルーレの料理は高級レストランレベルです。お菓子も得意です」


と、援護してくれた。


「えぇっと……お見合い?」

と、“彼”に呟かれて、我に返って、急に恥ずかしくなってしまって、言葉が出なくなってしまって……


「貰って頂けますか!!」

「あなたになら任せられます!!」

との、2人の言葉に、本当に顔から火が出てしまうかと思った。


……でも、断られてしまった…………

ただ、相談だけなら今後も乗ってくれると言ってくれた。


次兄が私達が足手纏いかと聞く。

はっきり、「そうだ」と、言われてしまったが、その後フォローも言ってくれた。


“優しい嘘”、1人で居ようとする“彼”は、“私達を守れない”から、1人で居ようとしている。


でも!!それでも!!胸を締め付ける“この気持ち”に黙って頷く事が出来なくて……


「先程、“今はまだ”と、仰いました。


なら、もし、その“話して頂けない問題”が解決したら、えぇっと、そのぉ…私を貰って頂けますか!!

あっ、あの!!妾でも愛人でもいいので……そのぉ〜……」


自分でも、一体何を言っているのか分からなくて、『変な女だと思われてしまう!!』と、思うと、言葉も出なくなってしまう。そんな私に、


「ルナルーレさんさえ良ければ喜んで。

ただ、今日出会ったばかりなので、お互いを知って、オレがこの村にまた戻って来た時にルナルーレさんにその気があればですが。

何年後になるかもわかりませんし……」

と、優しく言ってくれた。


「待ちます!!待ってます!!」

涙が出そうになった。嬉しくて、恥ずかしくて、でも嬉しくて……


その後、色々と話し合ったが、あまり覚えていない。

ただ、明日から毎日逢える。私の料理を食べて貰える。


そう、思うだけで、胸が一杯だった…………





私の人生で最も幸せな日々の始まりだった…………


朝早くから準備をして、お弁当を作る!!

料理がこんなにも楽しいなんて思いもしなかった。


お弁当を届けに行くと、優しく声を掛けてくれて、明日からは直接お部屋に持って行っても良いと言ってくれた。


その後、お買い物に付き合わせて貰って、お弁当も一緒に食べさせて貰った。


お買い物も私達の為の物ばかりで、お弁当もとても喜んでくれた。

『こんなに優しい人がいるんだ……』と、思った。


でも、その日の夜……


約束通り、夕食を食べて、今日から“彼”のところに“相談会”に行ける!!

ワクワクとドキドキで胸が一杯で村の人達の騒ぎもとても楽しそうに見えた。

騒ぎの理由を聞くまでは…………



騒ぎの理由は、“彼”が今日もBランクの魔獣を狩って来たと、言う事だった。


なんだか、自分のことの様に誇らしくて、なんと今日は1人で4匹も狩って来たと聞いた時は思わず胸を張ってしまった。


そこに、良く知る冒険者がやって来て、今日は昨日よりも、もっと凄い倒し方だったと話し始めた。


一体どんな凄い事をしたのだろうとワクワクして聞いていたが、話しが進むにつれて、身体の震えが止まらなくなった…………


とても、“魔獣の倒し方”なんて呼べる様なモノじゃなかった………


何か1つでも失敗したら、確実に死んでしまう……そんなやり方だった……


“彼”に、もしもの事があったら……そう思うだけで、そう考えるだけで、震えが止まらない……


気付いたら、次兄とグッサスさんを置いて、駆け出していた!!


“彼”の部屋の扉をおもいっきり開ける!!今朝と全く変わらない、何事も無かったかの様な雰囲気を見て、


「なんて無茶を!!」

と、大きな声を出してしまった。


「心配かけて、ごめん……」


“彼”の優しい声を聞いた途端、涙が出て止まらなくなった……

私が泣き止むまで、“彼”はずっと、抱き締めて、頭を撫でてくれた……


私が落ち着くのを待って、“彼”の話しが始まった。


彼は“教える事”も天才だと思った。


今まで聞いた、先輩冒険者のどんな自慢話しやアドバイスなんかよりも理解出来たし、話しを聞いただけで自分達が強くなった様な気さえした。


更に、3人で初めて“ウルトラグレートベアー”に挑む時には私の為に一緒に来てくれるとまで言ってくれた。


明日は朝から私の魔法を見て貰える事になった。

明日も朝から逢える!!



翌朝、今日も早起きして、“彼”の為にお弁当を作る。

“彼”に私の魔法を見て貰う事も、一体どんな事を教えて貰えるのだろうというワクワクも、考えるだけで表情が緩んでしまう。


“彼”に私が使える魔法を全部話すと得意な火属性魔法と風属性魔法を見て貰う事になった。

恥ずかしい所は見せられない。1つ1つ、集中して、魔法を使う。


真剣な表情でずっと見つめられて、少し恥ずかしかったが、そんな顔も素敵だった。



少し考えてから、“彼”が選んだ魔法は“エアバレット”だった。

風属性魔法の中では初級の魔法だ。


ただ、使い方は“普通”では無かった。

あえて“弱くして”連発し続けて魔獣を“呼吸困難”にすると言う。


アドバイスを貰いながら練習をした。最初は弱くするのに戸惑った。

より強くする事はあっても、本来の威力よりも弱くしようと考えた事が無かったからだ。


それでも、“彼”の教えてくれるイメージの仕方や魔力の通し方のアドバイスでどんどん上達した。

自分でもどんどん上達したと思った。


上手く出来る様になったら、使うタイミングや、もし、上手く行かなかった時の別の魔法での効果の確認などを説明されて、次兄、グッサスさんが合流したので、“彼”と別れて3人で森に向かった。



良く行く狩場の1つで、かなり大きなグレートベアーに出会えた。


昨日立てた作成通り、3人で囲んで、私がファイアアローを撃って、次兄とグッサスさんが両足を斬る。


叫ぼうとしたグレートベアーに、今日教えて貰った“弱いエアバレット”を口や鼻に向かって撃ち続ける。

少しの間、グレートベアーは苦しんで暴れていたが、呆気なく、グレートベアーは気絶した。次兄がトドメを刺す。


「…………こんなに簡単に…………」


「ああ、本当に……今までが嘘みたいだ……」


「……私達が強くなったって勘違いしない様にしないと。

私達は教えて貰った事をただやっただけなんだから!!」


「「!!そうだな!!」」




3人でもう一度気を引き締めて、次の獲物を狙う。今度は“落とし穴作戦”を試す為だ。


グレートベアーやグレートボアは見つからなかったので、ビックボアを落とし穴に誘き寄せた。


次兄が誘導、グッサスさんが私の護衛に立って行ったが、本当に呆気なく倒せてしまった。


上手く行きすぎて拍子抜けだったが、私達3人は“慢心”の恐ろしさを良く知っている。

今日はもう無理をせず、村に戻る事にした。




夕食を食べて、初めて“彼”に結果を報告する、期待と不安でドキドキしながら“彼”の部屋へ向かった。


残念ながら、褒めて貰う事は出来なかった、何故なら、今日の全てが上手く行った様に感じていた戦闘でも、1つ1つの動きや何処を何故狙ったのか、魔法はどういう風にイメージしたのか等、ほんの僅かな事も修正、アドバイスをしてくれて、私達は簡単に勝てたと思ってしまった事を恥ずかしく思った。


私達は再度、“ウルトラグレートベアー”を討伐する為の訓練なのだと強く思った。

それと同時に“彼”は“だからこそ強い”のだと思った。そして、もっと好きになった!!



でも、その後、昨日「心配かけて、ごめん……」と、言ったのに明日も朝早くから“きっと危険な事”をしに行くと言い出した。


何をするのかは、教えてくれなかったが、あの楽しそうな表情はきっと危険と隣り合わせな事に違いない。


私は急いで、少しでも体力がつく様に“お肉多めのお弁当”を作った。




家に帰って、次兄とグッサスさんに、

「私達も明日、早く出て、早く帰って来て、“彼”がちゃんと無事に帰って来ているか確認したい」

と言うと、2人共了承してくれた。



次の日、早朝から出かける。


今日も運良く、早々にグレートベアーを発見出来た。


昨日の事を反省して、上手く進んでも確実にトドメを刺して、トドメを刺した後も周囲の警戒を着実に行って、メモ帳への記入も交代で細かい動きやちょっとしたイメージまでキッチリ行った。


その後もグレートベアーに続けて出会えたので、落とし穴作戦もちゃんと実践して、反省点が無いかしっかりと話し合った。



夕食の準備を早々に済ませて、村の入り口近くで“彼”が帰って来るのを待った。


“彼”が帰って来たのは直ぐに分かった。


“あり得ないくらいの大きな球”が森の方から飛んで来て、その後ゴロゴロ転がって来たからだ。


遠目に見ても今までで一番大きい。

ビーンズウッドさん達も駆け付けて来た。



言葉も出なかった…………。

この村に来てからそれなりに経つ、でも、スーパーウルトラグレートボアを見たのは数える程だ。

ましてや、1人で狩って来た人なんて見た事も聞いた事もない。


なのに“彼”はいつも通りで、怪我どころか、汚れてもいない。


「大変でした」とビーンズウッドさんに言っているけど、絶対に大変だなんて思っていなさそうで、むしろ、驚いている人達を見て、とても楽しそうだ。


『そんな、ちょっと子供っぽい表情も素敵だなぁ〜…』と、思って ハッと気付いた。

全然、“危ないのは万が一じゃない!!”Aランクの魔獣が居る所に行くだけで命賭けだ!!


その後の“ストーンアロー”を移動に使う発想も、レベルが3,000になったと聞いた事も、たった数日でBランクになった事も、本当に凄くて、自分の事の様に嬉しかったけど、それとこれとは別の事!!今日も危険な事をしていたのは事実!!



“彼”の部屋で待っている時も、“彼”が部屋に入って来ても私は怒っていた。

『ちゃんと一言、言わねば!!』と!!


しかし、先に不意打ちをされてしまった!!「怒った顔もとってもかわいい」と、言われてしまったのだ!!


それでも、気を取り直して、ちゃんと一言、言った!!

それなのに……


「早くBランクになりたかったんだ。

早くBランクになって、早く家を買いたかったんだよ。


勿論、オレの目的もあるけど、早く家を買って、ルナルーレの出来立ての料理が食べたかったんだよ。


お弁当はもちろんとっても美味しいけど、出来るだけ早く、ルナルーレの作りたての料理をルナルーレと一緒に食べたかったんだ」


…………こんな事を言われてしまった……ずるい……でも、嬉しい……


更に、追い討ちを掛けられた。


「ところでルナルーレ、明後日は休みだよね。

家の家具なんかを買いに行きたいんだけど、付き合ってくれないかな?

出来るだけ、ルナルーレが気に入ってくれる家にしたいから一緒に考えて欲しいんだ」


「はい!!喜んでご一緒します!!」


私の口は、勝手に答えて、私の心は勝手に全部嬉しさだけになっていた。


その後、これから1週間の予定を決めた。

とっても楽しみな、でも、気を引き締めないといけない1週間だ。




家に帰って、一生懸命キッチンの図面を描く。

“彼”のお家のキッチンを私の為に作ってくれると、言ってくれたからだ。


とても、とっても楽しかった。

“彼”と一緒に暮らすところを想像して、ドキドキして、でも、“彼”の為に少しでも美味しい料理が作れる様に一生懸命考えた。


その後、明日、早く帰って来れる様に、今日“彼”がやっていた、“ストーンアロー”に乗って移動するやり方を練習した。




翌朝、“彼”に見送って貰って森に向かう。


少し拓けた場所まで行ってから、“ストーンアロー”を練習した事を次兄とグッサスさんに言って、短い距離から試しながら、森に入って行った。


しばらく、時間は掛かったけど、予定していた“大物のグレートベアー”に出会う事が出来た。


ウルトラグレートベアーだと本気で思って挑んだ。


剣は、より通らないモノだと思って浅く、離脱を優先して。

魔法は避けられる、防がれると考えて、2段階、3段階先を準備して攻撃した。


トドメを刺しても油断せず、周囲からも何時、高ランクの魔獣が現れても対処出来る様に警戒をしながら、討伐証明部位の回収とメモ帳への記入まで行った。


次兄が、「あの人なら、きっと、ここまでやって討伐終了だと考える」と、言ったからだ。

私もグッサスさんも同意見だった。




ギルドで報告をすると、やはり今日のグレートベアーは大物で、もうちょっとでウルトラグレートベアーだった。


次兄が「これなら、きっと本番も大丈夫だ。でも、絶対に油断しない様に行こう」と言った。

私達も、しっかりと頷く。“彼”の影響だろう。次兄が頼もしく見えた。



“彼”の部屋に行くと、既に“彼”は待っていた。

お家の購入はもう済んだのだろう、と、この時は思った。


今日の相談会での結果報告は、“彼”も満足してくれた様で、3日後のウルトラグレートベアー討伐は予定通り行う事になった。



その後、“彼”について行き、“彼”の“購入したお家”を見せて貰う。



ビックリした!!

今朝まで、その場所にはボロボロの廃屋があった。

毎朝、目の前を通っていたのだ、間違いない。


それが、たった数時間でとても立派なお家になっていた。

“彼”らしく、とてもシンプルで飾り気の無いお家だったけど、とても頑丈で丁寧な作りなのは一目で分かる。


それと、何よりこの場所。“毎朝、目の前を通っていた”と、言うのは例えじゃない。


私の家の3軒隣、本当に毎朝、目の前を通っていた。


“彼”ならきっと、もっといい場所でも、自分で作らなくても立派なお家が買えただろう。

何も言わないけど、きっと私達の為にここにしてくれたんだろうと思う。


中に入って更に驚く。


きっと、土属性魔法で作られているのだろう。

でも、継ぎ目1つ無く、壁面が剥き出しのお風呂の壁や床はシルクの様な滑らかな手触りで、どの部屋もとても広くて、お屋敷の様だった。


2階には私の為の部屋まで、作ってくれていた!!

一緒に暮らす事を想像してしまって、また顔が熱くなった……


私も子供じゃない。そのあと案内された広い寝室がどういうものか分かっている。

それでも、恥ずかしい…………



一通り案内して貰って、これからキッチンを作って行く事になったので、次兄とグッサスさんには早々に帰って貰った。

少し、“彼”の前でからかわれて、本当に早々に帰って貰った。


昨日考えたキッチンを見て貰う。

“彼”は優しく「ルナルーレの夢のキッチンくらいわがまま設計にしていいよ」と、言ってくれた。




本当に理想を詰め込んだキッチンになった!!

ここに立つ自分と、眺める先に居る“彼”を想像して、また顔が熱くなった。



その後、一緒にキッチン用の魔導具を買いに行って、一緒にキッチンを作った。


本当に夢の様で、とってもわがままを言ってしまったけど、“彼”は全部叶えてくれた。


キッチンの完成を一緒に喜び合って、お家に水を通すテストをしていて、ハッと閃いた!!


“彼”に、「せっかくなので、1番風呂はどうですか?」と言って、お風呂に行って貰う。


「私は忘れ物を取りに行って来ます!!」と、扉越しに伝えて、急いで家に着替えとタオルを取りに帰る。

もちろん、“彼”の分のタオルも忘れない!!


ちょうど、次兄達は夕食に出ているのだろう。出くわさなくて運が良かった!!



戻って来ると、浴室に“彼”の気配を感じながら服を脱ぐ……

下着に手を掛けて、今から自分のしようとしている事を考える…………


とても、とっても恥ずかしい!!

でも、勇気を振り絞って、下着を脱いでタオルを巻いた!!


扉を開けようとして、手が震える……

本当に勇気を振り絞って、振り絞って、扉を開けて、「お背中お流しします」と、言った!!


「ああ、でも、今日は宿屋に泊まる予定だったから、シャンプーも石鹸も無いんだけど……」


…………頭が真っ白になった…………

『タオルは持って来たの!!私、タオルは持って来たの!!』と、心の中で、もう1人の自分が必死に訴えている……


“彼”は優しい。動揺する私に、

「あのさ、お湯が溜まるの待っててまだ入ってないんだ。良かったら一緒に入って同時に1番風呂にしないか?」


と、言ってくれて、「じゃあ行くよ、ルナルーレも足を上げて、3、2、1、0!!」

と、私を励ます為にわざとおどけて言ってくれた。


あの後の会話は、全て、忘れずに覚えている……


「この家、気に入ってくれた?」

そんな、何気ない一言から始まった。


「!!はい!!キッチンもあんなに凄いキッチンにして貰って!!リビングもこのお風呂もとっても広くって!!それに、その……私の……部屋まで……」


「そりゃぁ、女の子なんだから着替えだったり色んなお手入れだったり色々あるだろうと思ってさ」


「“女の子”……」


「ん?どうかした?」


「いえ、だからなんだな〜って思って……。

私、物心ついた頃には孤児院にいて、周りは男の子ばっかりで、そのまま冒険者になって、そしたら冒険者も男の人ばっかりで、自分が女だって思う事もなくなってて……。


最初に会った時、私がどんな顔だったか覚えてますか?」


「初めて会った時?どんな顔……怒ってた?」


「はい、睨みつけてました。結構本気で殺気を込めて」


「ああ……確かに殺気こもってたかも?」


「はい、本気で。

その後“ロック”の実演をしてくれて、“炎の爪”の倒し方を説明してくれて……。

でも、あんまり、して下さった説明は覚えて無いんです。


『ああ…この人が兄さん達の仇をとってくらたんだ…』って感じただけで……。


私、ずっと見入ってしまってて。作って下さった石像を……。


思ったんです『さっき私はあんなに睨んでしまったのに、こんなに“可愛く”私の事を見てくれるなんて、何故なんだろうって』あの石像は本物の私よりずっと可愛いくて……。


生まれて初めて“女の子”として見られた気がして……。

みんなが出て行った後も動けなくて、そしたらお留守番をしてた職員さんに行かないのかって言われて走って行ったんです。


そしたら、空を駆け回るお姿が見えて、ドキドキする気持ちが止まらなくなって……。

あの人の側にいたい!!ずっと一緒にいたい!!って……初恋なんです。

初めて好きになったんです……」


私がそう言うと、“彼”は言ってくれた。私の人生で最も嬉しかったあの言葉を。


「ルナルーレ、約束する!!オレは必ずキミを迎えに来る!!

だからその時はオレについて来て欲しい。妻として!!」


私の人生は、“この人の妻である事”だと思った…………


その後、ちょっとした失敗があったが、そちらは忘れてしまっても良い。

まだ、鮮明に覚えているけど、そちらは忘れてしまっても良い。




次の日、朝から一緒にお買い物に回って、夜はお引越しパーティーをした。

初めて、朝から晩までずっと一緒にいられた!!


お買い物の途中、魔法屋さんに色々聞かれたけど、“彼”の話しを人にするのはとっても楽しかった。


パーティーもとても楽しくて、気付いたらもう朝だった。


急いで朝食の支度をする。

今日から3食“彼”に食べて貰えるのだ、最初から失敗する訳にはいかない。


程なく、“彼”が降りて来た。ギリギリ間に合って良かった。


朝食を食べながら、“彼”にからかわれたりした。

“彼”にからかわれるのは、少しくすぐったい。


朝食を食べて、今日は1人で買い物に行った。


私だって“女の子”だ。“彼”の前では“どんな時も”可愛いく見られたい。


普段は余り行かない様なお店も見て回って、『これだと、ちょっと可愛い過ぎるかなぁ〜』とか、『これは、ちょっと大胆すぎるかなぁ〜』と、じっくり選んで回った。



そして、夕食の時ふと気付く、“彼”は今日一日、何かしていたようだけど、普段のモノとは少し違う雰囲気のブレスレットをしていた。


“彼”は普段から、多くの指輪を付けたり、付けてなかったりしている。

多分、魔導具で、状況に合わせて使い分けているんだろうと思っていた。


でも、今日のブレスレットはなんだかアクセサリーの様な印象だった。



ちなみに、夕食は「昨日のよりも、とっても美味しいよ」と、言って貰えた。

明日からも“彼”の為に美味しい料理を沢山作ろう!!と、決意した。


その後は、明日のウルトラグレートベアー討伐の作戦会議だ。

次兄とグッサスさんは何時の間にか、ギルドで情報を集めてくれていた。


心の中で『ごめんなさい!!』と、手を合わせて、作戦を決めて行った。


最後に“彼”が「明日、オレは手出しも口出しもしない、“ウルトラグレートベアー”を討伐するまでは一言も喋らないから、いないつもりでやってくれ」と、言って締め括る。



作戦会議が終わって、2階への階段を登りながら、チラッと“彼”の方を見る。

“彼”の目が、「ちゃんと明日に備えなさい」と、言っていたので、昨日買って貰った、可愛いベットに潜った…………




ウルトラグレートベアーは作戦通り上手く狩れた!!


凄く嬉しかったが我慢だ。ちゃんと、今の戦闘の結果もメモをしなくてはいけない。

私が最後にメモを書き終えて、次兄達を見る。頷き合って、“彼”の元に行った。


「おめでとう!!完璧だ!!」


“彼”が褒めてくれた、“彼”が初めて褒めてくれた!!

私だけじゃなく、次兄もグッサスさんも大はしゃぎだ!!


更に、今日の祝勝会の料理をこのウルトラグレートベアーを使って“彼”が作ってくれると言う。

私にとっては最高のご褒美だ!!




そのまま、ギルドに戻って報告をしていると、ギルドのみんなに囲まれた。


“彼”が、今日のウルトラグレートベアーをみんなに見せたらしい。


リサリナさんが代表して、「おめでとうございます。それで、倒した方法をお聞きして良いですか?」と、聞いて来た。

次兄が、やり方を考えたのは“彼”だと言ったが、その“彼”が私達から聞く様に言ったらしい。


次兄の自慢気な説明に、「おお〜……」「そんな方法が……」「凄え〜……」等々、色々と称賛されたが、最後に次兄が、あくまで考えたのは“彼”で、自分たちは“教えて貰ったから出来た”と、強調していた。


“彼”と出会って、次兄は本当に頼もしくなった。


その後も、“彼”にどんな事を教えて貰ったのかと、質問攻めにあったが、“彼”が褒められるのは、自分たちが褒められるよりも嬉しい。そこはきっと、次兄もグッサスさんも同じだろう。





“彼”のお家に“帰る”と、“彼”は料理の真っ最中だった。

「お手伝いします」と、言ったがやんわり断られたので、今日は“甘える”事にした。


今日の相談会は、もっと強いウルトラグレートベアーに出会った場合について、今日の戦いを踏まえて話し合った。


その後は、待ちに待った、“彼の手料理”だ。

ビックリするほど美味しかった!!


「私の料理より美味しいかも……」

と、思わず呟いてしまったら、“彼”がすかさず、


「ルナルーレには負けるけど、同じくらい愛情を込めたつもりだよ」

と、言ってくれた。


きっと“彼”も私と同じで、“料理スキルのレベルが10”なのだ。

この料理の美味しさに、『私、“彼”にちゃんと愛されてるんだ……』と、思った。

そして、“今夜は!!”と、決意した!!



ずるい……そう思った……


“彼”は今日のお祝いにプレゼントをくれた……

箱を開けると、新しい杖と、ブレスレットが入っていた……


昨日、気になった、“彼”が付けていたのと同じ、“ブレスレット”…………

溢れそうになる、涙を堪えて“彼”を見る…………


“彼”が、

「お揃い」

と、言ってくれた!!涙が止まらなくなった…………


嬉しくて、胸がいっぱいで、何も考えられなかった…………




私がプロポーズされたのに気付いた、次兄とグッサスさんは小さな声で「おめでとう」と、言ってくれて、そっと2人だけで帰ってくれた。


私の部屋に入って、昨日買った中で一番可愛いネグリジェに着替えて、大きく深呼吸して、勇気を振り絞って、“彼”の寝室をノックする!!


「どうぞ……」

と言われて、グッとドアノブを捻る!!


「あの…ご、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

声が震えた……


「ああ、どうぞ……」

そう言うと“彼”が布団をめくってくれた……

そっと布団に入って、プロポーズのお礼を言うと、


「喜んでもらえて良かった」

と、言ってくれた。優しい声……とても安心する…………





…………一生の不覚!!!!


一生の不覚という言葉は、今の私の為にある言葉だ!!

まさか眠ってしまうなんて…………


飛び起きそうになったのをグッと堪えて、そっと寝室を出て私の部屋へ。


どうしたらいいか分からない。

とりあえず、落ち着く為に、朝食を作りに行く。


『どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……』

何も考えられない…………


ガチャっと扉を開ける音がとても大きく聞こえて、“彼”の顔を見た瞬間、身体が勝手に動いていた!!


「昨夜は申し訳ありません!!眠ってしまって!!」

今までの人生で一番頭を下げた!!


「大丈夫だよ。昨日は疲れてただろうし」

そう言って頭を撫でてくれた。

“彼”に恥をかかせてしまったのに、とても優しく撫でてくれた。


そして、そっと

「今夜は期待してもいいかな?」

と、優しく囁き掛けてくれる……


「はぃ……」

と、答えるのが精一杯だった………



はっきり言葉にされて、なんだか急に恥ずかしくなって、朝食の味も全然分からない。

それでも、今日は昨日の復習をする為に森に行かないといけない。


支度の為に部屋に戻って、昨日プレゼントして貰った杖と、ブレスレットを見る。


思わずニヤけてしまう自分に、ハッとして、衣装タンスの奥に仕舞った、買おうか悩んだちょっと恥ずかしい下着とネグリジェを取り出す!!


一番可愛いのは、昨夜着てしまったのだ。“今夜”はこれしか無い!!


直ぐに取り出せる場所に仕舞って、急いで支度をして降りた。



リビングのドアノブに手を掛けると、中で大きな声が聞こえた。


「「ルナルーレのこと宜しくお願いします!!」」

ビックリして、扉を開けると、深く頭を下げる、次兄とグッサスさんが目に入った。


「“お義理兄さん達”任せてください。ルナルーレは一生大切にします」


何を言われたのか、頭が理解する前に、“彼”は振り返って唇が触れた……

初めてのキス……嬉しくて、嬉しくて……また“彼”に泣かされてしまった…………


“彼”が、「じゃあ、今日からルナルーレはここに一緒に住むから」と、言うと、次兄とグッサスさんはさっき迄、一緒に泣いていたくせに、「「どうぞ、どうぞ!!」」と、軽い感じで答える。


一緒に暮らせる事は夢の様に嬉しいけど、なんだか納得いかない……



でも、“彼”はやっぱり、“その時”が来たら、この村を出て行かなくてはいけないと、真剣な顔で言った。

ただ、「必ず、3年以内に迎えに来る!!」と、私の目を見て言ってくれた。




森に入って目標ポイントに向かう。直ぐにグレートベアーを発見する。


まずは、昨日のおさらいからしようとして、失敗する。


“彼”からのプレゼントが凄過ぎたからだ。

昨日と同じ様に牽制で放ったファイアアローは、グレートベアーの頭を貫通して、足を削りに行った、次兄とグッサスさんは、足を斬り飛ばしてしまっていた。


3人で驚いた!!でも、ちゃんと訓練はしないといけない!!


運良く、発見した魔獣は連続してグレートベアーだったので、昨日話し合った、ファイアボールを口の中に発生させる方法やエアバレットで包んでしまう方法、エアバレットを小さくして大量に放つ方法などを次々試す事が出来た。


次兄とグッサスさんも斜め後ろからだけで無く、真横や前後、先に腕を狙ったりと色々な組み合わせで試す事が出来ていた。


思ったよりもずっと早く、予定していたパターンを試す事が出来たので早々に村に戻った。


私は“今夜”の為に、必要以上に疲れを残す訳にはいかない!!


お家に帰ると“彼”はまだ、出掛けていた。

2人に先にお風呂に行って貰う。

その間に夕食の準備を手早く!!でも、しっかり愛情を込めてして行く。



そうしていると、“彼”が帰って来た。

“彼”にも先にお風呂に入って貰う。


私は入念に入らないといけないからだ!!


食事の後は、相談会をちゃんとした。

ソワソワする気持ちはグッと抑える!!


色々試した結果をしっかりと比べて、小さなエアバレットを大量に放つ方法が採用された。


明日の作戦を決めると、次兄とグッサスさんは直ぐに帰って行った。

私が急がせていたのに気付いていたのかもしれない。



後片付けをしていると、“彼”がニコニコしながら、私のエプロンのポケットにそっと何かを入れた。


取り出してみたら、お家の鍵だった……“彼”は本当にずるい…………


『本当に一緒に暮らせる……』、そう思うと、また、泣き出しそうになった。

でも、グッと堪えて、「ありがとうございます!!」と、笑顔で言った。


“今夜”は絶対に泣き疲れてはいけない!!



部屋に入って、意を決して、少し恥ずかしい下着とネグリジェを身に付ける!!


昨日と同じ様に勇気を振り絞って、ノックをして、寝室に入った……

初めてで何も分からない私に、“彼”はとても優しくしてくれた…………





本当に幸せな毎日が続いた……

沢山楽しい事が有って、“彼”の優しさも沢山感じた。

心配も沢山したけど、何時も驚かされたけど、私の人生で最も幸せな日々だった…………





でも、“彼”の言っていた通り、“彼の敵”が来た。来てしまった……



その日は、お休みで“彼”とお昼を食べてから、ゆっくりお茶をしていた……


小さな声だったけど、はっきりと“彼”の呟きが聞こえた……

「来たか……」

“彼”はそう言った……そして……


「ルナルーレ、一旦、お別れだ……オレはこれから、この村を出る。

でも、必ずキミを迎えに来る!!待っていて欲しい!!」


絶対に泣いてはいけない!!私は“彼”を信じている!!

「はい、待っています……何時までも、お待ちしています……」


私がやっと答えると、“彼”はキスをしてくれた。

そして、「出る前に一緒に風呂に入ろう。着替えの準備を頼む」と言って、駆けて行った。

きっと、次兄とグッサスさんの所に向かったのだろう……





“彼”が帰って来たら、1秒でも長く一緒に居られる様に、“彼”が帰って来る前に急いでお風呂の準備をして、玄関で待った。



帰って来た“彼”と一緒に洗面所に行って、“彼”の脱いだ服を受け取って洗濯カゴに入れる…………


つい『“彼”が今度この服に袖を通すのは何時になるだろう……』と、考えてしまって……

でも、泣いてはいけない!!



お風呂に入ると、“彼”は待ってくれていて一緒に湯船に浸かる。

“彼”が頭をそっと撫でてくれる……私はちゃんと笑えているだろうか…………


「この家が出来た日の事、覚えてる?」

不意に“彼”が“あの日”の事を聞いて来た……


「はい……まるで、昨日の様に……」


「そうか、じゃあ、ちゃんと覚えてくれてるんだな……」


「はい……」

“彼”も覚えてくれている……


「まだ、家具しか無くて、シャンプーも石鹸も無いのに背中流しに来てくれたこと……」


「!!!あれは!!違うんです!!その…ええっと……初めてで、どうしたら良いかわからなくて……」

からかわれた!!涙が引っ込んだ!!でも、これもきっと“彼”の優しさだ。



「はは……、ごめん、からかって。

でも、あの日のキミのそんな表情とキミの想いの詰まった言葉で、オレも本当にキミを好きになった」


そう言って、あの日の言葉をもう一度言ってくれた……


「もう一度言う!!ルナルーレ、オレは必ずキミを迎えに来る!!

だから、その時はついて来て欲しい。妻として!!」


「はい!!」


涙は無い!!精一杯、力強く答えた!!







抱き締められて、キスをしてくれる。


「行ってくる!!」

“彼”は短くそう言った。


「はい!!お気をつけて!!」

私もいつもの様に、そう答えた……






“彼”が出て行ってから、長いのか短いのか分からない時間が経って、“彼の敵”が来た。


この国の騎士達……憎いこの国の騎士達だった…………



“彼”に言われた通り、「狩りで森のかなり奥の方に行かれているので、1週間は戻って来られません」と言った。


「戻って来たら教えろ」と、言われたので、「“彼”に一体何の用ですか?」と、聞く。

「聞きたい事があるだけだ」と言って帰って行った。



“彼”に言われた通り、地下室の引き出しから手紙と小袋を取り出して、次兄とグッサスさんの所に行く。





リビングに行くと2人とも待っていた。


「“彼の敵”はやっぱり、この国だった、騎士達が来た……」


「やっぱりそうか……」


「この手紙と、こっちは多分、お金だと思う。

これを持って、今日からこっちに居る様にって言われた……」


「なんて?」


「まだ、読んでない……」


そう言って、私は手紙を開いた……



手紙はまず謝罪からだった……「迷惑をかけてごめん」その一言から始まった。



手紙の中には、3人で初めてウルトラグレートベアーを狩った、あの場所に“彼”のステータスプレートを隠しておくから、1週間後にそれをギルドに届けて欲しいと言う事と半年経って、お家の権利が不動産屋さんに戻ったら、一緒に入っていたお金で買い取って欲しい事、残りのお金は、もしもの時に使って欲しいと書いてあった。



最後に、「出来るだけ早く帰って来るから、愛してる、ルナルーレ」と書いてあった……



ずっと我慢していた涙が止まらなくなった……

次兄が背中を摩ってくれたのは、一体いつ振りだっただろう…………






「ルナルーレ、おまえが帰って来る迄、グッサスと話してたんだが、手紙の内容は予想通りだった」


私が落ち着いたのを見計らって、次兄が話し始めた。


「“あの人”は多分、オレらの負担にならない様にしようとすると思ってた。

だけど、オレとグッサスは出来るだけ“あの人”の為になる様にしたい。


ルナルーレ、おまえもだろ?」


私は力強く頷く!!


「“あの人”は、きっと、この国に“死んだ”と思わせたいんだ。


だから、半年後に家が不動産屋に返る契約に最初から拘ってたし、この国の連中が来ただけで、出会わない様に村を出て行った」


私もグッサスさんも頷く。


「なら、オレらに出来る事は、この国の連中に“あの人が死んだ”と、本気で思わせる事だ。


手紙に書いてあった通りにオレらがステータスプレートを簡単に見つけたんじゃあ、オレらと、“あの人”の事が分かったら、ヤツらは、オレらが“あの人”を手伝ってるんじゃないかと絶対疑う。


だから、1週間経ったら、まず、オレらが必死になって“あの人”を探す振りをする。


そんで、今日来た騎士どもが、引き上げるか、オレらがAランクになったら、ステータスプレートをギルドに届ける。本当に奥地で見付けて来たと思わせるんだ。


それまで、休み無しで、ずっと必死に探す振りをする。

1週間後からは、オレとグッサスも向こうに住んで、帰りを待ってる振りをする。


2人とも、どう思う?」


次兄は本当に頼もしくなった。


「私もそうしたい!!」

「オレも異存は無い!!」


私にも、“彼”の為に出来る事がある!!それだけで頑張れると思った。


1週間は普通に過ごした。

何度か誰もいない“彼のお家”に騎士達が来ていた様だったが、あえて無視した。



1週間後、狩りの後、久しぶりにお家に帰った。次兄とグッサスさんも一緒だ。


程なくして、騎士達がやって来たが、「“彼”の帰りが予定よりも遅いのは初めてだから、心配して来た」と言っておいた。また、偉そうに「戻って来たら教えろ」と言って帰って行った。



次の日から毎日、森に狩りに入った。

最近、頼もしくなったと尊敬し始めていた次兄の作戦は、やっぱりちょっと、残念だった。


“彼”から貰った装備、“彼”に教えて貰った倒し方……Bランクの魔獣がどんどん狩れて、今までの累計もあって、1週間程でAランクになれてしまったのだ。



作戦変更で、2ヶ月経ったら、ステータスプレートをギルドに持って行く事にした。


私も“ディファレントホーム”が使える様になっていたので、毎日、森には行っても、無理の無い様に、休みと訓練の日を折り混ぜて、ギルドへの報告と納品は週1回にして、狩りをしてない日が分からない様にした。


ギルドに行く度に、みんなが掛けてくれる励ましの言葉に少し罪悪感があったが、辛そうな演技を続けた。


“彼”がいないのだ、辛そうな演技は、ほんの少し“彼”の事を考えれば、演技でも何でもない。






何度も来ていた騎士達も1ヶ月を少し過ぎると、来なくなった。

それでも、毎日、森に行った。この国の連中は疑り深い。


2ヶ月が経って、村で少し聞いてみると、村にはもう3人しか騎士達は残っていないらしい。

作戦通り、“彼”のステータスプレートを探しに行く事にした。






私達3人だけで、初めてウルトラグレートベアーを狩った場所。


次兄の、

「で、どこだろうな?やっぱりウルトラグレートベアーが倒れてた、この辺かな?」

と、言いながら、少し拓けた場所に行こうとするのを


「違うと思う」

と言って止める。


拓けた場所の端の方に歩いて行って、

「ここだと思う」

と言った。


そこは、あの日、“彼”が立っていた場所、私達の狩りを初めて褒めてくれた場所だ。


“グランドディグ”でかなり深く穴を掘ると、“ストーン”で出来た球が出て来た。


土を落とすと、とても“ストーン”で出来ているとは思えないほど滑らかな手ざわり、間違いなく、“彼”の魔法だ。


“グランドディフォメイション”で中から割れたステータスプレートを出す。

“彼”の名前があった…………





ギルドに“彼”のステータスプレートを届ける。

黙って渡して、黙って帰った。

外に出ると、ギルド内で幾つもの泣き声が聞こえた。

“彼”はみんなから愛されていたんだ、と、思う反面、騙している様で申し訳なく思った…………



それから1週間は、出来るだけ外出せずに過ごした。

“彼の死を悼んでいる”と、思って貰う為だ。


ギルドからは何も聞かれなかった。

多分、ロールストスさん達は気付いているんだと思う。






8月になって、不動産屋さんがお家にやって来た。


今月で“彼”の名義がこのお家から無くなるから、どうするか?と、聞かれた。


不動産屋さんのご好意で、不動産屋さんに名義が移ると直ぐに買い取らせて貰える事になった。

値段も“彼”が買った時と同じで良いとも言ってくれた。








11月に入ったある日、いつもの様に次兄がギルドに報告しているのを待って居ると、リサリナさんがそっと、「もう直ぐですね」と、言って通り過ぎて行った。

なんの事だろう?と、思ったが、リサリナさんは、そのまま奥に行ってしまった。



その日の夕食の時に、グッサスさんが、「近々、村の魔導具屋と武器屋が何処か大きな商会に吸収合併されて、一旦閉店するらしい」と言った。

リサリナさんの言葉はこの事かな?と、思った。

“彼”とこのお家を作った時の思い出のお店が無くなるのは、少し寂しい……




今日、11月22日は“彼”と出会った思い出の日だ。

“彼”と出会った、あの日の事を思い出しながら、森に狩りに出掛けた。




そして、“事故”にあってしまう…………


この、ミミッサス大森林では、数年に一度くらいで、“この事故”は起こる。


この国と南の魔族の国はずっと戦争をしている。

行き来するには、前線を潜り抜けるか、このミミッサス大森林を通るか。



そうなると、両国の暗殺者や、諜報員は必然的に、この森を抜けるルートを選ぶ。

“事故”とは、彼らに運悪く出会ってしまう事……




私の“感知の魔法”に掛かっていたのは4人、普通に冒険者のパーティーだと思ってしまっていた。

戦闘はしていない様だったので、横を通り過ぎるつもりだった。


近づくと“感知”に引っ掛かっていない気配を感じて、身構える!!


次兄達も瞬時に剣を抜いて構えた!!

見えているだけで15人……きっと、囲まれている……


ガキンッ!!と、グッサスさんが盾で防いだ音がした瞬間、上で木の揺れる気配がして見上げる!!


落ちて来る、ナイフを持った人影に、避けるのは間に合わないと、腕で顔を守る!!


すると、頭上を何かが通り過ぎた!!


ストッと柔らかい着地の音がして、そちらを向く。


ゆっくりと振り向く、その背中に、目の前が滲む…………


「ただいま」


あの日と変わらない、軽い感じの、でも、優しい声で“彼”が言った……


「おかえりなさい……」


涙で震える声をやっとの思いで出す…………


“彼”は持っていた何かを放り投げて、ゆっくりと近づいて来て……

抱き締めて、キスをしてくれた…………









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