第29章 魔導神⑩
魔導神⑩
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第12夫人ルシファー。
彼女は世界にたった3人しかいないオレの元教え子で、惑星エンビルの3ヶ国の1つの女王でもある。
彼女はオレの計画の下、惑星エンビルに革命を起こし、王の1人として即位した。
その後、瞬く間に法整備を行なって、直ぐに影武者を用意して、オレに結婚を申し込んで来た。
ルシファーにとっては、此処までが革命計画であった様だ…………
まあ、そんな予感はしていたし、オレもルシファーならば受け入れても良いと思っていたので、特に問題も無く、とんとん拍子で結婚した訳だ。
そんな彼女は今、バケモノの内の1体を観察しながら、ゴーレムの相手をしていた。
彼女の視線の先に居るバケモノ…………
6対12枚の竜の翼に4本の腕、2本の竜の尻尾を持った“悪魔種族女性の様な”ナニカだった。
種族名は一応、“悪魔”となっているが、恐らく別のナニカだろう。
この“悪魔”は、腕が4本も有るのに一切使わず、ゴーレム達に食い付いては、ゴーレムの魔核を吸収し続けている様だった…………
「…………これ以上待っても、ゴーレム相手だと変わった事をする気配がないわね…………。
なんだか、先生に出逢う前の自分を見てるみたいで居た堪れないから、もう終わりにしてしまおう…………」
それでも、ルシファーは警戒してだろう、短槍を投擲して、バケモノの頭を吹き飛ばす。
バケモノはビクビクッと痙攣したかと思うと、頭を再生させて、何事も無いかの様に再度周囲のゴーレムに食らい付き始めた。
「…………回復したのはまだ良いとしても、此方を全く無視したって事は、頭を吹き飛ばしたくらいじゃあ、何とも無いって事かしら…………だったら…………」
ルシファーは、“重力魔法”で、バケモノを包んで圧縮する…………
バケモノは、サッカーボールくらいの球体になったが…………
ルシファーが魔法を解いた瞬間から回復し始めて、あっという間に元に戻っては、また、ゴーレムを食い始めた…………
次は“風属性魔法”で、血煙になるまですり潰したがダメ。
“光属性魔法”で、灰も残さず焼いたがダメ。
「…………困ったわね…………
あれはもう“再生”ってレベルじゃない気がする…………
もしかしたら、文字が読めないスキルに“不死”とかがあるのかしら…………
だったら…………」
ルシファーは、“ディファレントルーム”からジュラルミンケースの様なカバンを出して、その中から注射機を3本出すとバケモノに投げつける。
バケモノは注射機も無視して避けようともせず、そのまま3本とも喰らう。
注射機はバケモノに刺さると、自動的に中の液体をバケモノへと注入する。
そして、ルシファーの“重力魔法”で、またサッカーボールくらいの球体にされたが…………
「…………今度はちゃんと死んでるみたいね…………
“不死”のバケモノも先生の魔導具なら、あっさり死んじゃうかぁ〜…………
やっぱり、先生は凄すぎね」
ルシファーが投げた注射機は、“スキル封印効果の液体”が入った注射機だ。
此れの良いところは、普通のスキル封印の魔導具と違って体内を巡る為、解除がし難い所だ。
まあ、冷静な判断力が有るなら、身体中に巡ってしまう前に、注射機が刺さった部分を斬り飛ばして仕舞えば助かる訳だが、バケモノにはそう言った知恵が無かった様なので簡単に死んでしまった様だ。
ルシファーは警戒を緩めないまま、バケモノの死体を回収して、バケモノの食べ残しの始末をし始めた。
リンドレージェは、ガリーから情報が入った直後、戦闘を中止して、直ぐに“不確定要素”の確認に動いていた。
その不確定要素の一つを現在も観察している。
…………“アレ”はなんだかヤバい気がする…………
見た目は幼稚園児が描いたロケットの様なデザインで、ゆっくりとシルバーウィングに向けて進んでいる。
スピードは遅いが、イメージ的には“ミサイル”にしか見えない。
そして、リンドレージェが手を出さずに観察している理由…………
それは、“鑑定が全く出来ない”からだ。
全てオリジナル言語で書かれている為、“どんな効果”と“どれ程の規模”なのか分からない。
ただ、オレのカンは、“アレは危険”だと言っている…………
恐らく、リンドレージェもそう感じているのだろう。
こう言う事が有るから、やはり、戦うにしても戦わないにしても事前情報は大切なのだ…………
結局、リンドレージェは指示を仰ぐ事にした様だ。
「お館様、リンドレージェ様から“不確定要素”への対応のご指示を頂きたいとの事です」
「ああ、“アレ”はヤバそうだからな。
其れに、放置して良いモノでも無い気がする。
リンドレージェは一旦退避して、機動兵器で部隊を率いて再出撃、対象とシルバーウィングとの中間地点に惑星防衛用シールドを展開させて其処の指揮を取らせろ。
対象は進路変更の可能性が有るから、追尾出来る準備をさせて、周囲及び進路上からは味方を引かせるから、敵の進軍への対応も任せる」
「畏まりました」
オレが直接行って対応しても良いが、其れを言い出すと恐らくセバスが、リンドレージェを突貫させるだろう。
不確定要素に対して、セバスは常に万が一を考えて、オレを向かわせない。
まあ、オレの速度なら、此処からでもリンドレージェよりも先に着く事は出来るが、その衝撃で“アレ”が爆発なりしても困る。
多少、消極的な対応だが、クスレンに手の内を見せ過ぎない事も大事だ。
もう1つの不確定要素は、ダルグニヤンと2人の秘書官が対応していた。
ダルグニヤンは、現在執事をしていない。
現在の肩書きは、外交部部長だ。
各惑星や各国との話し合いも産業ギルドへの出席も基本的にダルグニヤンが行なってくれていて、決定権もダルグニヤンに与えている。
ハッキリ言って、外部の者にとっては、クルス商会全体の実質的トップの様な位置付けだ。
もちろん、商売の部分は社長のローラスに任せているが、国とのやり取りや法律に関わる事はダルグニヤンが決めている。
そんなダルグニヤンは、毎日あちこちに行っているので、留守が多いのだが、今日は本部かミミッサス村に居たのだろう。
久しぶりの戦闘イベントに、嬉々として最前線で戦い、現在も危険度の高い、不確定要素を狙って居る。
ダルグニヤンの見つめる先には、他のゴーレムとは一線を画す巨大なケンタウロスゴーレムが居た。
足1本でも1kmくらいありそうな巨大さだ。
そんな巨大ゴーレムは、他のゴーレム達の指揮を取る様に後方で控えて、全体を見ている様だった…………
「“不確定要素”の一つは、広範囲指揮官機の様だな。
2人とも周囲のゴーレムの殲滅を、私は指揮官機を叩く」
「「は!!」」
秘書の2人がゴーレムの群れに向かった後、ダルグニヤンは珍しく表情を変えた。
セバスそっくりのいつもの澄まし顔から、此れまたセバスそっくりの残虐な笑みに…………
「…………久しぶりの“獲物”だ…………」
巨大ゴーレムはダルグニヤンの何千倍も有るが、ダルグニヤンにとっては斬り応えがある程度のモノだろう。
細切れになるのも時間の問題だ。
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第17夫人 イーリスト フォルト クルス。
彼女との出会いは運命だった…………
彼女の住んで居た星、惑星リンネはエルフの星だった。
5人のハイエルフの長老が5つの大きな里を治めており、周囲の小さな里はその大きな5つの里に合わせて暮らす。
アルファのガッカリなエルフの里に比べて非常にエルフっぽく、木の上に家を建てていて小さめの竜に乗って移動して、各種魔法にも精通した惑星だった。
しかし、1番の特徴は、オレ達がこの惑星に付けた名前にある。
この星の人々は、8割以上が“前世の記憶”を持っていたのだ。
但し、今まで出会った転生者達に比べて、性格まで前世の記憶に引っ張られている者は少なく、殆どの者が覚えている程度の事だった。
この惑星リンネには交易を結びたくてやって来た。
発見したのは、魔導神の足取りを追っていて見つけたのだが、この星にはクルス商会のメイン商品“魔力電池”の原材料であるルナストーンが大量に埋蔵されていたのだ。
そろそろ、新しい雇用が欲しかったところなので、良い形での貿易を行いたいと考えて、オレが直接来たのだ。
前以て、エルフ種族の配下にアポイントをキチンと取って貰って、先ずは5人の長老の1人と会う予定で、長老宅へと向かう途中、上空をドラゴンライダー達が飛んで行った。
その先頭の少女の様なエルフ種族の1人と目が合った…………
目が合った瞬間、時間が止まった様だった…………
一目惚れと言っても良いかもしれない…………
確かに美しい少女だったが、其れを言うならこの世界には妻達も含めて、彼女よりも美しい者は幾らでも居る。
しかし、彼女は“オレに絶対に必要な女性”だと思ってしまった…………
其れと同時に僅かな胸騒ぎがしたが、時間が止まった様でもやはり一瞬の出来事に変わりは無く。
彼女はそのまま、飛んで行った…………
そして、長老と会い、挨拶も其処其処に、本題に入る前にどうしても彼女の事が気になって聞いてしまった。
胸騒ぎが消えなかったのだ。
「長老、先程、ドラゴンライダーの部隊が出撃していた様ですが、何かあったのですか?」
「ああ。クルス殿はこの星の伝説についてはお調べになられておられるかな?」
「伝説ですか?」
「ふむ、10万年くらい前かのう。
この星に1匹の巨大なヒヒの魔獣が生まれた。
魔獣アムトムト。
その魔獣は“スキル 吸魂”と云う、非常に厄介なスキルを持っておった…………
“スキル 吸魂”は取り込んだ魂を己の力とするスキルでな。
其れは、自分が倒す必要も無い。
周囲の魂をただただ吸い尽くす恐ろしいスキルであった…………
そして、運命の悪戯か、はたまた、その魔獣が行ったのか、この星である病が同時に蔓延した。
今となっては何でもない病だが、“魔力暴走病”じゃ。
その当時は、誰も見た事の無い原因不明の病でな。
当時の長老達や各地の英雄達が皆、次々と命を落とした…………
“魔力暴走病”は、魔力が高い者程罹りやすく、そして、死の確率も高い。
強者が死んで行く中、その魂を喰らい続け、魔獣アムトムトは誰も手を出せない程の魔獣になっていた…………
我らは、魔獣に怯えながらも、何とか“魔力暴走病”の薬を作り、病には打ち勝つ事が出来たが、その頃には既に半数以上の同胞が命を落としていた…………
生き延びた者達で魔獣アムトムトを観察し、逃げ続ける日々じゃったが、其処で魔獣の唯一にして最大の弱点を発見出来たのだ。
其れは、“飢え”じゃ。
アムトムトは人も魔獣も喰ろうておったが、其れは生物の本能で喰らっていただけで、実際には、“スキル 吸魂”で得た魂だけが栄養源だったのじゃ。
そして、巨大になり過ぎた身体を維持するには、常に大量の魂が必要じゃった。
魂はレベルに比例して大きく重く強固になる。
しかし、当時、この星の強者達は既におらず、アムトムトは常に飢えておった。
我らは、アムトムトの“餓死”を少しでも促す為に、レベルの高い魔獣をアムトムトから遠ざけ続け、一切近付く事なく、罠による消耗を行い続けた。
長い長い我慢の戦いの末に、アムトムトはとうとう餓死した…………
其れから、今の5つの里をアムトムトの死骸を中心に作り、今でも定期的に復活していないか確認をしている。
話しが長くなったが、クルス殿が見られたのは、そのアムトムトが復活していないかの確認部隊じゃ。
何やら、最近、森の魔獣の様子が少しおかしい様でな…………」
「…………長老、その魔獣アムトムトは本当に死んでいたんですか?
普通なら、死んだ魔獣が復活しない様に観察するにしても、数年の話しでしょう。
其れを10万年も続けていると云うのは、復活の可能性があるからでは?」
「…………ふむ…………
死んでいるのは間違いない。
何度も鑑定を繰り返したが、確かに死んでいる。
しかし…………
死骸が一向に朽ちて行かないのじゃ…………
10万年経った今でも、当時の姿のままなのじゃ…………
そして、我らの力では、剣で斬ろうとも魔法で焼こうとも全く傷つける事が出来ぬのじゃ…………」
「長老、お時間を取って頂いたのに申し訳ありませんが、少しその魔獣の死骸を見て来ても良いでしょうか?
とても嫌な胸騒ぎがするのです」
「ふむ…………
我らが同胞にも、嫌な胸騒ぎがすると云う者も最近多い。
せっかくじゃ。ワシも同行しよう」
長老と共に出発はしたが、結局、長老は置いて来た。
嫌な予感は見事的中で、魔獣アムトムトが復活したからだ。
長老は同行していたクリシュナ達に任せて、先行したオレの前には巨大な毛むくじゃらの山が聳え立っていた。
デカ過ぎて、顔は雲の上だ。
そして、羽虫を払う様に、ドラゴンライダー部隊に向けて腕を振るおうとしていた。
オレは結界で、ドラゴンライダー部隊を守ると、
「全員下がれ、長老が此方に向かっている合流しろ!!」
と、声を掛けたが、僅かに遅かった。
隊長であろう“彼女”は、ドラゴンの背を蹴って既に魔獣の顔を目掛けて上昇を始めていたのだ。
オレは慌てて、“彼女”を捕まえると脇に抱えて、そのまま鬱陶しい魔獣の腕を斬り飛ばした。
「長老が向かって来ている。合流しろ」
もう一度そう言ったが、状況が分からず混乱している“彼女”は、オレの顔と落下して行く魔獣の腕を交互に見て、「え?え?……」と、繰り返すだけだった。
「ゔるぉ〜〜〜〜〜〜!!」
やっと、腕を斬られた事に気付いたのか、魔獣が衝撃波の様な叫びを上げる。
「…………仕方ない、このまま殺るか。大人しくしてろよ」
「え?いったい……きゃ〜〜……!!」
オレは“彼女”を脇に抱えたまま、魔獣アムトムトの四肢を斬り飛ばし、首を斬り飛ばし、バラバラに解体して行った…………
「クルス殿…………いや〜……その〜……何と御礼を言えば良いか…………」
「いえいえ、オレとしても何だか嫌な感じがする魔獣だったので、始末しておくに越した事はありませんから」
ウチの諜報守護部の面々が魔獣死骸の回収をするのを遠目に、急遽集まった5人の長老達からお礼を言われた。
魔獣アムトムトはこの星の全ての人にとって脅威だった様で、長老達は全員が自分の目で確かめたかった様だ。
「其れでですな、一体どの様な方法でアムトムトを斬られたのですかな?」
「?どの様な方法?」
「いえ、その…………
例えば、我らの知らぬ大魔法や、オリハルコンを遥かに凌ぐ金属で出来た巨大な剣とか…………」
「ああ、斬ったのは闘気の剣ですよ。
恐らくですが、このアムトムトは、仮死状態で休眠していたのでしょう。
仮死状態だから、死んだのと同じ様に鑑定が出来、仮死状態だから、生きているのと同じ様に皆さんのレベルでは攻撃が効かなかったのではないかと思いますよ」
「なるほど…………
しかし、アムトムトのレベルは100億以上、クルス殿は其れ以上だと云う事ですか?」
「ええ、ですがレベル100億を超える者は大勢いるので、この魔獣くらいなら大した事はありませんよ」
「!!他の星には、このアムトムトよりも強い者が大勢いるのですか?」
「ええ。彼処で肉の回収をしている者達は全員、この魔獣よりも強いですよ。
あなた方も、キチンと訓練すれば同じくらい強くなれますよ」
「!!そんな、まさか!!」
「長老方、私は皆さんと同じハイエルフで皆さんよりも若輩者ですが、主人と出会う前は皆さんと余り変わらないレベル700万位でしたが、今はレベル100億を優に超えています。
皆さんも必死に努力して、効率的にレベルを上げれば可能だと思います」
クリシュナがフォローをしてくれたが、長老達の目は未だ信じる事が出来ない様だ。
其れはそうだろう、10万年も怯えていた厄災を簡単に殺した相手は、それ以上の脅威だ。
しかし、其処に助け船を出したのは、ドラゴンライダー部隊隊長の“彼女”だった。
「お話中申し訳ありません。
私はアムトムト警戒部隊隊長のイーリスト フォルト レイ シュナーと申します。
先程は危ない所を助けて頂きありがとうございます。
ところで、貴方はクリシュナではありませんか?」
「ええ、そうです」
「やはり、そうですか…………
私は前世の記憶が有ります。
私の前世は、ヴァルナ。
“原初のモノ”の1人、大魔王ヴァルナです」
「え?ヴァルナなの?ウソ?!
ヴァルナがこんなに可愛いらしく?!
其れに、こんなにも丁寧に喋れるなんて!!」
「いえ、その、記憶が有るだけです。
今の私が私ですので」
「…………キミは元大魔王なのか?
じゃあ、キスラエラやブランドの事は?」
「ええ、覚えています。
キスラエラは妻、ブランドは眷属、2人とも十大将ですね。
ところで、クスル殿は前世の私と何か接点が有りますか?
出立の時に目が合いましたよね?
何だか、その時から他人の様な気がしないのですが、思い出せなくて…………」
「いや、オレはキミが前世で死んでから2,000年後にこの世界に異世界転移して来たんだ。
だから、会った事は無い。
でも、オレもキミが何故か他人の様な気がしないんだ」
「そ、そうでしたか。だったら、この気持ちは一体…………」
「其れは“一目惚れ”ね!!」
「一目惚れ?!」
「ええ、ヴァルナ…………じゃなくて、イーリストさん。
あなた、ずっと“恋”をした事が無いんじゃない?
私も同じだったから分かるわ!!」
「恋?!これが?!」
「ええ、レンジさんの目を見て…………。ほら!!
思わず恥ずかしくて、逸らしちゃったでしょ?
其れが恋よ!!」
イーリストは、クリシュナの言葉通り、目を逸らしモジモジし始めた…………
そんな感じの一悶着が有ったのだが、イーリストが自分が居た頃のアルファの状況と実際に見たオレの戦闘の話しを長老達にしてくれ、長老達も一応納得してくれたので、そのまま、長老全員との会合と云う運びになった。
長老達が若干ビクビクしていたモノの基本的には話し合いはスムーズに進んで会食となったのだが、其処に思わぬ乱入者が現れた。
「クルスと言うのは貴様かぁ〜〜!!」
「ギブン!!お前、どうして此処に!!」
「長老、いや、曾祖父様。
この男は、私からイーリストを奪おうとしているのです!!
断じて許す訳には行きません!!」
「止めよ、ギブン!!
イーリストの事は諦めるのじゃ!!」
「!!曾祖父様、どう言う事ですか?!
曾祖父様もこの男の味方なのですか?」
「クルス殿はあの魔獣アムトムトを屠った程の方なのだ。
お前如きでは手も足も出ん!!」
「!!何ですと!!
今、騒ぎになっているアムトムト討伐者がこの男だと?!」
「そうじゃ!!お前は引っ込んでおれ!!」
「あの…………トートス長老…………」
「クルス殿!!申し訳無い。曾孫が大変失礼な事を!!」
「いえ、最初に言った様に、オレは武力を翳しての交渉をするつもりは無いので、ギブンさんの言い分もお聞きしますよ。
ギブンさん、オレがイーリストさんをあなたから奪ったと仰っていた様ですが、どう言う事ですか?」
「どう言う事も何も、私は来月イーリストと結婚する予定だったのだ!!
其れなのに、突然、別れて欲しいと、婚約も破棄して欲しいと言われたのだ!!
私は意味が分からず、理由を聞いた。
すると、おまえと結婚するからだと言う!!
おまえが私から婚約者を奪った!!
其れ以外に何が有ると言うのだ!!」
「…………トートス長老、先程、『イーリストの事は諦めろ』と仰っていましたが、何かご存知ですか?」
「う、うむ…………
イーリストがクルス殿に付いて行きたいと言い出したので、其れならば、惑星アルファとの友好の為にも、クルス殿に嫁ぐ様にと…………」
「!!曾祖父様!!では、曾祖父様が婚約の破棄をさせたという事ですか?!」
「いや、確かにワシが言ったのは事実じゃが、イーリスト本人もノリノリで…………」
「ギブンさん。
どうやら、ご家族の問題の様ですから、もう一度、ご本人と話し合われるのが良いのではないでしょうか?
トートス長老。
オレは政略結婚はしませんから、本人の気持ちを尊重して上げて下さい」
と、云う様な事があった…………
そして翌日、朝から廊下で食パンを咥えたイーリストと出会い頭にぶつかりそうになる。
もちろん、オレのステータスでぶつかる事は無い。
キッチリ避けて、イーリストはそのまま走り去って行った…………。
昼過ぎに、中庭でお茶にしようとすると、上空の枝からイーリストがパンツ丸出しで降って来た。
もちろん、此れも普通に避けると、イーリストは綺麗に着地して走り去って行った…………。
夕方には、前が見えない程、書類を積み上げて歩いて来た…………
もちろん、ぶつかったりはしない…………
オレはイーリストがワザとやっているのかと思って、イーリストの今日の動きについて探らせた。
…………全て偶然だった…………
「ねえ、レンジさん。やっぱり運命なんじゃない?
レンジさんが悉く避けちゃったけど、本当なら、朝食パン咥えた女の子にぶつかって、昼にその女の子が落ちて来て顔にラッキースケベを貰って、夕方にぶつかって散らばった本を一緒に集めてて手が触れちゃう流れだったんじゃない?」
「…………そんな偶然は起こらない、現にオレは全部躱した…………」
「…………ねえ、ダルグニヤンさん。
イーリストさんの部屋って、レンジさんの寝室の真上じゃない?」
「はい、クリシュナ奥様。仰る通りですが…………」
「やっぱり!!レンジさん、今夜、天井が抜けて、イーリストさんが降って来るわよ!!」
「…………まさか…………」
…………もちろん避けたが、彼女は降って来た…………
次の日の朝も食パンを咥えた彼女を躱し、昼食後に降って来た彼女を躱し、そして、ギブンさんから決闘を申し込まれて其れに勝利し、結局彼女と婚約する事になった…………
何故そうなったのかは分からない…………
運命だった?としか思えない…………
結婚した今でもイーリストは度々、オレの上に降って来る…………
今では、お姫様抱っこでキャッチしているが、其れにしても非常に頻度が高い…………
そんな、イーリストだが、オレと結婚してからはしっかりと鍛え直し、今では魔獣アムトムトも片手で倒せるくらいにはなっている。
そして、イーリストの前に居る“不確定要素”、その姿は正に魔獣アムトムトだった…………
「…………この忌わしい魔獣を蘇らせる者が居たなんて…………許せません!!」
イーリストは今でもドラゴンライダーだ。
長めのランスを構え、惑星リンネから一緒にやって来た相棒ドラゴンのシュナイダーと共に、アムトムトコピーに向かって突っ込む。
アムトムトコピーはその巨体でイーリストどころか周囲一帯を薙ぎ払おうとするが、シュナイダーのブレスで腕が一気に燃え上がる。
ウチに来たのだ、シュナイダーももちろん強くなっている。
イーリストは出会った時にやろうとしていた様に顔の前まで上昇すると、ランスを巨大化させて投擲した。
巨大なアムトムトコピーからすれば幾ら大きくしても、針の様なサイズだが、イーリストのランスはキッチリ眉間を貫いていた。
しかし、この体格差だ、イーリストは念を入れ、何度も何度もランスを投擲し、シュナイダーも完全に灰になるまで焼き続けていた…………
アムトムトコピーは恐らく、クスレンの奥さんの魂を呼び寄せる為に手に入れたのだろう。
そして、もう不要だった為に戦場に投入して来た。
味方が死んで行っても強化されて行くアムトムトコピーは大規模戦闘の隠し球としては効果的だが、残念ながら、既知の存在だ。
イーリストの素早い判断で、大して強化される前に退場となった…………