第7話 やっぱ女神はすごい
『ねえ、ノルク。けいばって何? それをやれば、お金が手に入るの?』
『絶対じゃないけどな。完全な運だよ。1番から9番までの馬が競走するんだ。それで、ゴールする順番の1着と2着を予想するんだよ。それが当たれば、一発逆転。賭けたお金が何倍にもなって返ってくるんだ』
『へー、なんか面白そうだね。私にやらせてよ』
『それはダメだ。これからの人生を左右するんだ、簡単には決められない』
『でも結局は運なんでしょ? なら誰がやったって一緒じゃんか!』
『いや、そうだけど……。なんかこう、色々とあるんだよ』
実際のところ、色々もくそもない。本当にただ自らの運が試されるのが競馬だ。
前情報は一切ない、情報が欲しければ自分でかき集めるしかないのだ。
しかし、俺の知り合いに競馬の常連なんていやしない。冒険者で競馬をするのは、よっぽど懐に余裕がある者だ。
俺の言い分に腹を立てたレスティアは、暴挙に出た。
『それなら、もうノルクには協力しないから。神器探しは自分でやってね』
『お前……そんなに競馬がやりたいのか』
『うん、やらせてくれたらいつも通りだよ』
競馬をレスティアに任せなければ、俺の神器探しは滞る。今の俺では出来ないと言っていたので、いつかは出来るようになるのだろうが……。
そもそもやり方すら知らないので、どうしようもない。
まあ、ここは女神様を信じてみるか。俺はレスティアに全財産を預けることにした。
『分かったよ、レスティア。競馬の予想はお前に任せる。ただし……絶対に外すなよ』
俺は語尾を強めてそう言った。ことの重大さを分かっているのか、いないのか。
『この私にまっかせなさい!』
レスティアは笑顔でそう言ったのだろう。
◇
翌日、俺は全財産を持って競馬場へやって来た。人はそこまで多くはない。
迷宮都市は、迷宮というもので経済を回している。
王都まで行くと、競馬は人気だ。金持ちの貴族なんかの娯楽になるからだ。
というわけで、受付にて賭け金額4万エルを払い。用紙を受け取る。この用紙に予想する順番を記入する。
レスティアに選ばせる約束なので、どの番号にするのか尋ねる。
『おーい、レスティア。何番にするんだ?』
『うーん、そうだね……。さっき馬小屋で見た時に、気に入った子が一頭いるんだよね。ずばり、1着は8番です!』
『はいはい、8番だな。見た時って……見ただけじゃ分からんだろ?』
『ノルク、私を誰だと思ってるのさ。女神ですよ、調子の善し悪しを測るなんて朝飯前だよ』
『………』
俺には分からない。レスティアの言っている事がどこまで本当で、どこまでが嘘なのか。
女神だからと言われると、納得しかけるがそんなのが分かるのなら俺はすぐに億万長者になれる。
そんなうまい話しがあるわけない。
疑問を抱きつつも、俺は用紙に8番と記入する。
『次は? 2着の予想』
『あ、それは2番で』
『それも調子が良い馬だったのか?』
『ううん、違うよ。2着の2から取って2番』
『………』
前言撤回、レスティアは何も考えてない。女神だから、というのはハッタリだ。
そんな力なんてない事が分かった。
まあ、どちらかでも当たってくれれば上々だな。
せめて、4万エル以上になって返ってきて欲しいものだ。
第2レース終了。換金所にて――――チャリーン。
弾むようや声で、レスティアが喋る。
『やったね、ノルク! これで神器ゲットだね』
『………』
なぜだ、なぜこうなった……。俺は第2レース終盤を思い出す。
速いのは、8番。レスティアの予想通り、1着は当たりそうだ。
だが、一つ当たっただけでは4万エルが60万エルにはならない。2着が当たらなければ……!
そして2番は後方にいたが、最後の直線で物凄い追い上げを見せる。ぐんぐんと他の馬を追い越していき、8番に続き2位でゴールした。
もう何も言えないな。見事予想が当たったので、16倍の64万エルを獲得した。
運が良すぎる。レスティアは一生分の運を使い果たしたかもしれない。
『……? ノルク、どうかしたの。嬉しくないの?』
『あ、ああいや。嬉しいよ、早速あの婆さんのとこに行こう』
競馬場を後にして、武器屋に向かう中で俺は小さく呟いた。
「……やっぱ女神様はすごいな」
◇
キイイィィ、と何度聞いても慣れない扉の音を背後に俺は婆さんのとこへ行く。
婆さん、また寝てんじゃん。この前みたいに起こしたら、カウンターを喰らう。
だから、今度は。
「婆さん……起きて下さ――い。もう朝ですよ――」
なるべく小さく囁くように言ったのだが、これまた俺の想像を超えてきた。
「分かっとるわい! こそばゆいから、やめんか!!」
違う角度から怒られた。また、耳がキーンってなってる。
婆さんはため息を吐くと、俺に目線で問うてきた。
――――金はあるのか? と。
俺は無言で頷き、懐にしまっていた60万エルを差し出した。
10万硬貨が6枚、カウンターに並べられる。
婆さんは何も言わず、驚きの表情を見せこう言った。
「ついに犯罪に手を染めたか……残念じゃ」
「ちげーよ! 競馬で勝ったんですよ、ほんとに運が良くて助かりました」
まあ、このお金は俺じゃなくレスティアが稼ぎ出したものだけど……。
目を細め、疑いの目を向けていた婆さんもやっと信じたのか、カウンター下の棚から神器である籠手を取り出した。
「約束のものじゃ、受け取るがよい。それと……少し待っておれ」
そう言って婆さんは、震える足で奥へと消えていった。
その間、俺は籠手を手に取り観察していた。
レスティアの言う通り、本当に神器とは思えない程安っぽい。
所々に黒い汚れも見られるし、知らない人が見つけたら売らずに捨ててしまう程かもしれない。
試しに腕に装着してみようと思ったら、婆さんが戻ってきた。
両手で一振りの剣を持っている。
ロッキングチェアに座り、カウンターにその剣を置く。
「これは、一体……」
「お主にやろう、久しぶりに良い面構えの者に会ったからな」
「見てもいいですか?」
婆さんが頷いたので俺は剣を手に取り、抜く。現れたのは、とても美しい刀身だった。
汚れひとつなく、純度の高い金属で作られたのだろう。
「それはの、爺さんが迷宮から最後に持って帰ってきた物での……。ミスリルの宝剣じゃと言うとった」
俺はミスリルという言葉を聞き、息を詰まらせる。ここまで純度の高いミスリルの剣は滅多にお目にかかれない。
魔法との順応が高いミスリルはとても人気がある。魔法のスキルを得た者は大抵が持っている。
「あの、そんな大切なもの頂けませんよ。お金も払ってないですし」
「そんなものはいらん。爺さんは冒険者が好きでの、良く自分のものをあげたりしとった。それと一緒じゃよ、老い先短い婆の頼みじゃ。貰ってくれ」
真っ直ぐにその瞳で見つめられた俺は、断れなかった。本来なら、もっと相応しい人がいると思う。
けれど、この婆さんは俺にくれると言ってくれた。
だがら、俺はその覚悟を受け止めなければならないと思った。
「分かりました、有難く頂きます。必ず、この剣で成り上がってみせます」
「うむ、頑張るのじゃぞ」
神器の籠手とミスリルの剣を持って、俺は店を出た。少し駆け足で馬小屋まで戻る。
そして、
『いよいよだね、初の神とのコンタクト』
『ああ、どんな人なのか楽しみだ』
俺は、闘神の神器である籠手を腕に装着した。すると、
光の柱が俺に立ち昇り、猛烈な神気が俺の中に流れ込んできた。