第4話 帰還した無能
1週間の神気習得訓練を終えた俺は、これから懐かしの冒険者ギルドへと行こうと思っている。
この1週間の間で、神気の纏いはかなり上達した。
全身に纏うと、制御が甘くなることがあるが、レスティアはそれで充分だと言うので、いいんだろう。
俺自身も確かに強くなったことを実感していた。岩や木なんかも簡単に吹き飛ばすことができるようになった。
準備を整えた俺はボロ屋を出て、ギルドへ向かう。
数日で決着をつける。
あの憎きギルド職員、ガルムを辞めさせる。これが1番の結果となる。
ガルムとあの冒険者パーティーが口封じのために、刺客を放ってきてくれたら御の字だ。
『遂に行くんだね……』
『ああ、これはケリをつけなければいけない問題だ。俺の人生はこれから始まるからな』
◇
「ふぅーー。よし、行くか」
俺は勢いよくギルドの扉を引いた。チリン、チリンと取り付けられたベルが鳴る。
中にいる冒険者や職員の視線が一斉に俺に向く。
俺は気にすることなく、真っ直ぐカウンターを目指す。
周囲からヒソヒソと何か話している声が耳に届く。
「お、おいあれって……」
「ああ、死んだんじゃなかったのか……」
「まさか、幽霊だったりして」
「ギャハハ、霊降ろしだから幽霊ってか。笑わせんなよ」
バカにする声も聞こえるが、今の俺には届かない。以前の俺なら少なからずダメージを受けていただろう。
そして、横目でチラリとあの冒険者パーティーが見えた。まさか、いたとは……。ガルムだけいてくれれば、良かったんだけど。
俺を囮にした冒険者パーティーメンバーは目を見開き、口をパクパクさせている。
驚きで言葉も出ないのだろう。どうせ、お前たちも罰を受けることになる。
パーティーメンバーではないにしろ、同行者の殺害未遂なのた。殺人ほどではないにしろ、犯罪ではある。
俺は一瞬だけ修羅の形相で睨みつけ、足を進める。
カウンターまで行くと、俺のよく見知った顔の女職員が抱えていた資料らしきものをバタンと落とす。
「……え? の、ノルクくんな、の……」
「はい、フィナさん。お騒がせしてすいませんでした。俺は無事で生きてますよ」
フィナさんはギルド職員で俺を唯一心配してくれる人だ。誰も頼んでないのに、ガルムに何度もやめるように進言してくれた人だ。
ガルム……フィナさんを心配させた罪は重いぞ。
「え、でも……」
「そうですね、死にかけましたけど……」
フィナさんと話していると、この騒ぎを聞きつけたのかガルムがカウンター奥から姿を現した。
「なんの騒ぎだ……って、え……ノルク。なんで生きてるんだ?!」
あ、こいつ。墓穴掘ったな。俺は死んでるの確定かよ、生きてる可能性はゼロではないだろ。
「お久しぶりですね、ガルムさん……。これからもお世話になります」
「お、おお……。そうだな、世話してやるよ」
そう言ってガルムは少しだけ口を歪めた。
一瞬、その醜い顔を殴りそうになるがやめる。ここでやれば台無しになる。
今日はガルム達に俺の生存を見せつけるため。そして、ある人に会うために来た。
フィナさんのように味方とは言えないが、話し次第では協力してくれるかもしれない。
俺はガルムから視線を外し、フィナさんの方を向く。
「フィナさん、フロストさんはいますかね?」
「フロストさん? いると思うけど……ちょっと待ってね」
フィナさんは床に落ちた資料類を拾い上げ、奥へ行こうとするが、カウンターの右手から低い声が聞こえてきた。
「俺になんか用か? 霊降ろしの少年くん……」
「今いいですかね? 少しお話したいことがありまして」
「ほお……それは、面白い話しなんだろうな?」
フロストさんはその鋭い眼力で俺を見るが、動じない。死地を彷徨ったこともあり、大抵のことでは動じなくなった。
俺は堂々と自信を持って答える。
「はい、フロストさん好みの話しだと思います」
◇
フロストさんを引っ張り出すことに成功した俺は、ギルドから離れた路地で向かい合っていた。
フロストさんは一息吐くと、口を開いた。
「で、俺に話ってのは?」
「はい―――」
俺はガルムのことや、迷宮での出来事を余すことなく全て話した。
「へーー、大変だったな。まあ、あの古臭いタヌキがやりそうなことばかりだな」
古臭いタヌキとは、ガルムのことだろう。ガルムはギルド職員歴が長い。
ギルドは実力制ではなく、年功制だ。歳を取った老人共が権力を握っている。
ガルムもギルドマスターに次ぐ年長者だ。
「俺に何をして欲しいんだ?」
「これは俺の勝手な推測ですが、恐らくガルムと冒険者パーティーは俺を口封じにくるはずです」
「……確実とは言えんが、まあそうだろうな」
「俺を殺しに来た刺客達を捉えて、証言させればガルムは終わりです」
「そういうことか……」
フロストさんは俺の話しを聞き、少し黙り込む。やがて、俺に鋭い目付きで問うてくる。
「それが俺に何のメリットがあるんだ?」
「メリットなんてないですよ。ただ、フロストさんはこういうの好きですよね。人が絶望の中、全てを失う瞬間……」
「………お前、面白いな。俺のこと良く分かってるじゃないか。いいぜ、力を貸してやる。ま、かくいう俺もあのタヌキにはさっさと退場して欲しかったんだ。今の時代に、老人共はいらない。必要なのは、お前みたいな未来がある若いやつだ」
フロストさんの言葉を聞き、俺はフロストさんに対する印象が変わった。
自分なりにしっかりとこれからの冒険者ギルドの未来を見据えている。その老人の中に自分も入っているだろうに。
フロスト・フルバーン。元Sランク冒険者で、王族にも顔が利く実力者だ。
ガルムとは違った形の男だ。
フロストさんは、突然ニヤリと笑うと俺に相談を持ちかけてきた。
「どうせやるなら徹底的にやろうぜ。そっちの方がおもしれぇ……」
フロストの話しを聞き、納得した俺は早速準備に取り掛かった。
◇
ある日の朝方、裏路地にて俺は複数の冒険者に囲まれていた。
思った通り、刺客を放ってきたのだ。数はざっと見積もっても10人以上。
随分、多く集めたものだ。素直にそこは感激する。
こんな男に、従う者がいるのだから。
「へっへっへっ、悪いが死んでもらうぜ」
「いくら積まれたんですか?」
「はっ、うるせえ! これから死にゆく奴に話すことなんかねえよ! お前らやっちまえ」
剣を持ったチンピラ共が全方位から俺に迫ってくる。炎を纏った剣を持っている奴もいる。
スキルだな。ほんと、無能スキルの持ち主に容赦ないな。
俺は全身に神気を纏い、ひざをバネのように曲げ大きく跳躍する。
そのまま自由落下で神気を纏った拳を地面にぶつける。
「ぐわああ……」
足場に亀裂が走り、バランスが崩れる。俺はそこを狙い、一人一人の腹に拳を打ち込んでいく。
1週間で神気の纏いだけでなく、簡単な体術も学んだ。レスティアが意外と物知りで、教えてくれたのだ。なんでも、
『闘神とかの戦いを何度も見てるからね。最低限の戦い方は覚えてるよ。まあ、本人には及ばないけど』
白目をむき、地に伏す刺客達を尻目に俺はその場を去った。
俺の出番は終わりだ。後は全て任せる。
「勝負は明日だな」