第16話 ノルク、因縁の迷宮へ
目覚めはとても気持ちが良かった。ふかふかのベッドで迎える朝は最高の言葉に尽きる。
目を擦りながら、俺はカーテンを開ける。差し込む陽光すらも心地よく感じる。
その後、ルウと合流し簡単に朝食を済ませ、迷宮探索のための準備をしていると、ルウが俺の格好について指摘してきた。
「あれ、ノルクさんって防具付けないんですか?」
「え? 防具……?」
「はい。冒険者のほとんどの方が、チェストアーマーかショルダーアーマーをしているので……。私もチェストアーマーは装備しますし」
ルウに言われ、俺は途端に恥ずかしくなった。
防具については、全身ではないにしろ、胸や肩など部分的に装備するのは常識だ。
お金が無かったというのも理由だが、クエストや迷宮に行くことがないから、防具が必要なかったのだ。
ちゃんとした冒険者として、活動するようになってからもその存在をすっかり忘れていた。
俺は忘れていたふりをして、笑って流した。心の中で、迷宮から帰ってきたら防具を買おうと誓った。
◇
「それじゃ、準備はいいか?」
「はい! 行きましょう」
やる気充分なルウの顔を見て、空回りしないかな……と少し心配になる。
かくいう俺も、心臓がドクン、ドクンと早鐘を打っている。
この感じは、期待ではない。恐れているのかもしれない。この下位迷宮は、俺が死にかけた因縁の地だ。
俺は今日、それを超えなければならない。
目一杯空気を吸い込み、大きく息を吐く。拳を握り、胸をドンと叩く。
よし、行ける。今の俺なら超えられる。
こうして、俺とルウは迷宮へ足を踏み入れた。
迷宮では、天然の灯りが全体を照らしている。と言っても、視界がぼやけない程度だ。
奥まで見通せるほどの光量ではない。
人が6.7人横に並んで通れる回廊を慎重に進んでいく。複雑に入り組んでいるだけでなく、魔物も蔓延っている。
両壁から湧き出て来る魔物もいるので、気が抜けないのが難点だ。
なので、通常は迷宮をソロで攻略する者はいない。最低でも二人以上で攻略するのが定石だ。
兎人族のルウがいるので、事前に魔物の発見は可能だ。
―――第5層にて。
「ノルクさん、魔物の臭いです。曲がり角のすぐそこです」
「分かった。俺が先に出る」
ガシャ、ガシャと防具の金属音と共に、俺は曲がり角を曲がり前方を捉えた。
「「「ガルルル……」」」
と赤く血走った目で俺を睨みつけて来る、狼だ。
「ガウッ」
と俺を獲物と認識するや否や、鋭い牙を覗かせ迫って来る。
慌てる事なく、神気を纏って拳を構える。
飛び上がってきた狼を俺は、正拳突きで迎え撃つ。命中したのを確認し、残りの狼まで一歩で詰め寄り右蹴りで一掃した。
俺は短く息を吐き安堵していると、ルウが何とも言えない表情で俺を見上げてくる。
「どうしたんだ、ルウ?」
「どうしたじゃありません! 私の実力を測ると言っていたのに、全部倒したダメじゃないですか」
「あ……ごめん、ごめん。次からは全部任せるからさ」
迷宮へ潜る名目をすっかり忘れていた。時間を空けすぎると戦いの感覚というのが、薄れていきそうで咄嗟に攻撃してしまった。
両頬を膨らませるルウをなだめ、俺たちは先の回廊を進んだ。
魔物が出現することを望んでいたルウだったが、魔物は出現せず第10層まで進むことができた。
俺たちは今、回廊を塞ぐ巨大な門の前にいる。第10層を守護する門番のいる部屋だ。
ここは、俺も一度来たことがある。ルウの実力なら、難なく突破できるだろう。
いきなりの門番戦となってしまったが、意気込んでいるルウを見て俺は安心した。
「では、行きましょう」
門に手を添え、開こうとするルウ。俺は無意識にルウの手首を掴んでいた。
「ノルクさん……どうかしましたか?」
「ああ……ルウのスキルについて知らないなと思って」
俺がそう言うと、ルウは納得の表情を見せ言った。
「私のスキルは、【獣戦士化】です。腕力、脚力、瞬発力や俊敏性が大幅にパワーアップするんです。兎人族とは相性のいいスキルなので、見ていて下さい」
「獣戦士化か……、何か凄そうだな。ルウがそこまで言うなら、俺は黙って見てるよ」
「はい、必ず役に立つと証明して見せます」
フフン、と鼻息を荒くしながらルウは門を押した。
ギィ……ギギギ……と軋む音が緊張感をより一層増させる。
中に素早く侵入すると、中央付近に門番はいた。あれは――
「……ゴブリンナイト」
俺はそう呟いた。
通常のゴブリンと違い、鎧を纏い剣で戦うゴブリンだ。体長は、ルウのほぼ倍だな。
周囲には、ゴブリンナイトを守るように通常のゴブリンが4体、棍棒を携えて構えている。
対するルウは一歩も退く様子を見せず、スキルを発動した。
「獣戦士化!!」
ルウがそう叫ぶが、当のルウには何ら変化は見られない。外観の変化はなく、あくまでも純粋な力が強化されるようだ。
グググ、と膝を曲げ一気に溜め込んだ力を開放するルウ。地面を蹴り、およそ人とは思えない速度でゴブリンナイトに迫る。
あれが、兎人族の脚力か……。兎人族の武器はその強靭な脚だ。蹴りを武器とした近接戦闘を得意としている。
ルウの言う通り、獣戦士化は相性がいいようだ。
とてつもない速度で繰り出された蹴りがゴブリンナイトを襲う。剣で蹴りを受け止めるゴブリンナイトだったが、その勢いは止められずに後退させられる。
蹴りの風圧によってゴブリンは簡単に吹き飛ばされた。先にゴブリンナイトを倒すつもりのルウは、追撃を仕掛ける。
ゴブリンナイトも体勢を立て直し、剣を振るう。剣の扱いは俺よりも上手い。
魔物に負けるというのは、意外と精神に来るな……。
ルウは上段、下段、中段と次々と振るわれる剣を全て避け切った。次はどう出るのか、と考えていたらルウは驚きの攻撃に出た。
「やああっ」
いつもはピコピコと動く長耳を操り、剣を弾いた。そして、剣を持つ腕にも当て剣を落とした。
その耳って武器になるの……? と驚きに包まれていた俺であったが、ルウは隙が出来たゴブリンナイトにとどめの一撃を放つ。
「これで、終わりです。やああああ―――!!」
その強靭な足で、ゴブリンナイトの鎧ごと蹴り飛ばした。壁に激突したゴブリンナイトは、ぐったりと倒れた。
主がやられたゴブリンに為す術などない。ルウに蹴られて簡単にやられてしまった。
「おおおお……」
俺は素直に感激していた。ルウの一挙手一投足から目が離せず、瞬きすらも忘れていたと思う。
俺の力任せの戦い方とは違う。どうしても、力で押し切る形になってしまうのが最近の悩みでもあった。
戦闘を終えたルウは、満面の笑みで近付いて来た。どうでしたかっ? と言わんばかりの表情だ。
「凄いじゃないか、ルウ。正直想像以上だよ……俺と同じEランクって本当なのか?」
「ありがとうございます! Eランクなのは本当ですけど、今回は後ろにノルクさんがいたから思い切り出来たんです」
「そう言われると嬉しいけど……ゴブリン程度じゃ相手にならないな」
興奮状態が冷めやらない俺たちだったが、ここに留まり続けるのも良くないので、さっさとゴブリン共の魔石を回収して11層へと向かった。
◇
さらに、層を進み俺たちは第15層までやってきた。そして、俺はここで因縁の相手と再度遭遇することになる。
少し広めに取られた回廊の先に、圧倒的パワーとタフさを誇る魔物―――ミノタウロスが進路を塞いだ。
まるで、俺がここに来るのをずっと待っているかのように。
いつかの狩り損ねた獲物を見つけたミノタウロスは、狂気にも似た執念の雄叫びを上げた。
「ブモオオオオオオ!!」
こうして、俺はかつて死にかけた因縁の場所にて、再びミノタウロスと相対することになったのだった。




