第15話 ノルク、念願の宿屋ゲット
ルウを仲間に加えた翌日、俺は村を出て迷宮都市へ帰還しようと思っていた。
だが、帰る前に確かめておきたいことがあった。
それは、人攫いの集団のことだ。
当初、俺はどこかの組織に属する集団と考えていてさらに上に大物がいると睨んでいた。
しかし、話を聞いてみるとそんなことはなく、単なる独立した人攫いだと判明した。
この事実は、俺の想定している形ではなかったので良かったのだが、こうなると新たな問題は出てくるのだ。
村で待ち伏せしていた5人の死体についてだ。独立ならば、口封じが理由で殺されたという線は消える。
なら、誰がやったのか? 激しく戦闘した形跡も見られなかったので、抵抗されることなく殺したことになる。
それなら、なんで……あの頭の男は殺される、殺されると言っていたのか。どうにも胸のモヤモヤ感が消えない。
一応、兎人族の人達にも充分注意するよう告げておいた。まあ、アシュラのような化け物が出てこない限り、大抵の敵なら兎人族の戦闘力で倒せるはずだ。
今回は相手が悪すぎたのだ。
俺は岩に腰掛け、ルウを待っていた。村の兎人達と別れの挨拶をしているのだ。
捕まえた人攫いについては、兎人族が責任を以て、処理すると言っていた。
処理と言っても殺すわけじゃない。犯罪奴隷の身分になるのだろう。
「ふわああ……」
欠伸をして、ウトウトしていると荷物を持ったルウが来た。どうやら、挨拶は終えたようだ。
「それじゃあ、行こうか」
「はい!」
俺とルウは、兎人族の皆さんを背に歩き出した。
◇
数日かけて、迷宮都市まで帰還できた。すぐさま、冒険者ギルドに向かいパーティー申請を行った。
「はい、それじゃあパーティー申請は終わりました。おめでとうございます」
いつものように、フィナさんが手続きを行なってくれた。
「ありがとうございます。それじゃ、俺たちは――」
「あ、ちょっと待ってノルク君。やっと見つかったわよ。条件に合う宿屋が」
「本当ですか!? 何処でしょうか」
俺は身を乗り出し、フィナさんに詰め寄り尋ねる。フィナさんは身を仰け反らせながら、一枚の紙を取り出した。
「これが地図だから、行ってみてね」
「はい、今から行ってきます」
俺はもう一度お礼を言うと、駆け足でギルドを飛び出した。
待ってください〜〜と、声を上げるルウの手を引き、急いで向かった。
フィナさんが見つけてくれた宿屋は、迷宮都市の中心街からだいぶ離れた場所にあった。
立地に関しては、条件に含めていなかったので問題はない。
条件は、1泊食事付きで値段が1万エル以内。
プライバシーがしっかりと確保できていること。
この二つを条件にした。
宿屋が決まっただけなのにこの騒ぎ様だ。ルウが疑問を持つのも不思議ではない。
「ノルクさん、どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」
「俺さ、今まで馬小屋で生活してきたんだよね。だから、嬉しいんだ、雨風をちゃんと防げる家ができて」
「そうだったんですか……。てっきり大きなお屋敷に住んでいるのかと……」
ルウは俺の強さから屋敷住まいだと判断したらしい。まあ、冒険者で実力のある者は、賃貸ではなくちゃんとした拠点を持つ。
「けど、俺もいずれは屋敷を持つつもりだよ」
「いいですね……頑張りましょう!」
時には歩きながら、走り続けて30分かけてやっと目標の宿屋に辿り着いた。
外観は他の宿屋と変わらず、年季があるように感じられる。
入口の上部の看板には、狐休亭と書かれている。
「ここだ」
俺は勢いよく扉を開けた。チリン、チリンと鈴の音が響き渡る。
この音を聴くと何故か落ち着くのだ。
フロントであるカウンターへ行くと、奥から「ちょいと待っておくれよ」と声がかかる。
待っていると、やや小太りのエプロンを着けた女性が出てきた。
「おや、早いね。あんた達がフィナの言っていた子達かい?」
「はい、俺はノルクと言います」
「え、と……私はルウです」
「ノルクにルウちゃんね。いらっしゃい、話は聞いてるよ。宿泊って事でいいんだよね?」
俺はコクリと頷いた。それを見た女将さんは、はいよと短く答えると、カウンター下の棚から用紙を取り出した。
「とりあえず、何泊するんだい? うちは1泊食事付きで7000エルだよ」
7000エルと聞き、俺は頭を悩ませる。ルウと二人だと1万4000エルか……。
現在の手持ちは結構余裕がある。だからといって、安易に決められるものではない。
……よし、決めた。
「一週間お願いできますか? ルウもそれでいいか?」
俺はチラッとルウの方を向き、確認を取る。
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、お願いします」
「はいよ、じゃあ98000エルだね」
俺は98000エルきっちりと揃えて差し出した。女将さんは受け取ると、後ろへ振り向き名を呼ぶ。
「マロン! お客様だよ、案内しなさい」
誰だろう? と思って待っていると、やがてトテトテと可愛らしい足音をたてながら、狐耳の幼女が駆けてきた。
女将さんがしゃがみ、マロンの肩を持ち優しく声をかける。
「マロン、挨拶しな」
「は、はいなのでしゅ。マロン、5歳なのでしゅ。ここで、働かせてもらっておりましゅ」
マロンちゃんは、やや顔を俯かせ挨拶してくれた。
何この子、めちゃくちゃ可愛い……!
そういえば……狐休亭の狐ってマロンちゃんの事なのかな。
ルウも目を輝かせながら、可愛い……と声を漏らしている。
その後、マロンちゃんの案内のもと俺とルウは部屋に通された。一応、2部屋とっておいてもらい就寝の時だけ分かれる。
203と書かれた部屋の前まで来たマロンちゃんは、うんしょ、うんしょと持ってきた台に乗り、部屋を開ける。
「ここがお部屋なのでしゅ。ごゆっくりどうぞでしゅ」
「ありがとう、マロンちゃん」
「ありがとうございます」
気恥ずかしいのか、マロンちゃんは両頬を赤らめながらトテトテと去って行った。
ずっと夢であったベッドにダイブした俺は、ゴロゴロ転がりその感触を確かめる。
ああ……最高。まともな寝具で寝た事がない俺にとっては至福の時だ。
ルウは荷物を整理している模様。
その後、各自思い思いの時間を過ごした。太陽が沈み始め、夕焼けが窓を通して中を照らしている。
すると、ルウがこれからの予定について尋ねてきた。
「ノルクさん、これからどうするおつもりですか? やっぱりクエストを受けるんですか?」
「うーん、それもいいけど……一度迷宮に潜ろうかと思ってるんだけど。どうだ?」
「迷宮ですか?」
「ああ、ルウの実力をまだちゃんと把握できてないし……連携についても確認しておきたいからな」
兎人族という時点でルウの実力については何となくだが、予想がつく。
だが、スキルによって戦い方などか大きく変わる世界なので、是非とも知っておきたい。
後は、俺の個人的な事情もある。超えていかなければならない存在がまだいる。
俺の考えにルウも納得してくれたようで、とりあえず迷宮へ赴くことが決定した。
時刻も18時を回り、お腹が減ってきた。そんな時に、ドアがノックされる。
俺はベッドから下り、ドアを開けるが……誰もいない。
あれ? 間違えたのかな、と思っていたら足元から「あ、あの……!」と上擦り声が。
「マロンなのでしゅ。女将さんが夕食の準備が出来たと……」
「あ、ああごめん。ありがとう。ルウ、ご飯出来たって」
「はい、今行きます」
◇
女将さんの料理は、家庭的な味がして非常に俺好みだった。俺は野獣のように飯を食らい、疲れが溜まっていたせいか、部屋に帰ってきて早々に寝たのだった。




