第10話 緊急クエスト
馬小屋生活から脱却するため、生活費を稼ぐために俺は冒険者ギルドにやってきていた。
受付カウンターにいるフィナさんに挨拶をして、クエスト受注の掲示板を覗く。
俺は出来るだけ討伐系のクエストを受けるようにしている。
採取系などのクエストに比べ、報酬が高いのが理由だが、魔物との戦闘で得られる経験値が欲しいからだ。
実戦の感覚というのは、実戦でしか得られない。徒手空拳を極めるためにも必要な事だ。
頭を悩ませながらどれにしようか迷っていると、ギルドの扉が勢いよく開けられた。
バタン、という音と共に一人の男が息を切らしながら入ってきた。
周囲がざわめき出し、何事だ……? と視線が一斉に注がれる。
男は息を整えると、手に持っていた紙を見せながら言った。
「た、大変だ……! 緊急クエストだ、緊急クエストが出た!」
その言葉を聞いて、職員の一人が慌てて駆け寄り詳しい説明を求める。
「迷宮都市から東に数キロ行った先にある、小さな村がオーガの群れに襲撃を受けたらしい……」
オーガの群れという、ワードが場を一気に緊張状態にする。男はさらに言葉を重ねる。
「推定される数は、30体以上……襲撃からすでに半日は経過してる」
また更に緊張感が増す。職員が紙を持って奥へ戻ると、フロストさんが出てきた。
フロストさんは、緊張クエストの受注者を募集するために声を張り上げる。
「聞いての通りだ! 誰か受注出来る者はいねえのか? 報酬はたんまり出すぞ!」
すぐに手は挙がらない。オーガ数体なら恐らく殺到しただろう。
だが、オーガの群れ―――それも30体以上となるとおいそれと受けることはできない。
そんな中で俺は手を挙げた。今の俺なら、倒せる自信がある。それに、試したいこともある。
すると、横目にもう1人手を挙げている男がいた。
髭を剃らずに生やしており、スキンヘッドといういかつい男だ。その男も俺に気が付いたようで、睨みを利かせてくる。
「おい、ガキ……調子に乗ってんじゃねえぞ。お前みたいな奴には務まらねえよ! 下りろや?」
「却下します。誰にでも受ける権利はあるはずですけど」
「あぁあ?!」
衝突寸前まで来たところで、フロストさんが仲裁に入りまとまった。
「それなら、早い者勝ちだ。30体以上いるんなら、指揮をしてる上位種がいるはずだ。それを討伐してきた者により多くの報酬をくれてやる。これでいいだろ? 悪いが、異論は認めん。時間がないんでな」
「チッ、分かったよ。行くぞ、お前ら!」
「おおう!」
俺も納得したので、ギルドを出て馬車乗り場に向かった。
◇
馬車を降り、目的地である小村に向かう。少し歩いた所で、視界に煙が見える。
間違いない、あそこだ。襲撃から半日が経っているとのことなので、村人はすでに避難しているだろう。
スキンヘッドの冒険者とその仲間たちと同時に村に入る。
見るも無惨な状態だった。家は燃え、壊され柵は全て倒されている。
村の中にオーガの姿は見当たらない。すでに村を出たか……。
村人の死体は見つからなかった。所々に血痕が見られるので、怪我をしているのだろうが、全員避難したのだろう。
一体どっちに向かったんだ……? 北に行けば山があり、南に行けば草原が広がっている。
レスティアとトルクがすぐに当たりをつける。
『北だね、絶対山だよ』
『じゃな、間違いなかろう』
『俺もそう思う、よし北へ行こう』
俺は狙いを北に定め、迷うことなく北を行く。少し遅れて、スキンヘッド冒険者達が追ってきている。
ハッキリ言うと、あいつらは邪魔だな。信頼、そして連携が出来ない者と共闘するのは無理だ。
距離を離すか……。俺は足に神気を纏い、脚力を強化して走る速度を上げていく。
目に見えて距離が離れていくのが分かる。豆粒程度の大きさに見えてきたところで、速度を弱め通常に戻す。
しばらく行くと、村人そしてオーガが通ったであろう足跡が発見された。
やはり、山方面であたりのようだ。出来れば、山に入る前に追いつきたい。
山に入られると、こちらが動きづらくなる。平面でなら、一気に数を減らすことができる。
◇
「……!! いた……」
俺は遂にオーガの最後尾を捉えた。オーガはゆっくりと列をなして進撃している。
見る限りでは、上位種はいないな……。最前線にいるのか? それとも……。
なるべく音をたてないように接近していると、レスティアが語りかけてきた。
『どうするの、ノルク? 回り込んで迎え撃つ?』
『いや、このまま最後尾に近づいて奇襲する。後方に異常かあれば、注目はこっち側に向くからな』
『ふーん、ノルクにしては色々と考えてるんだね』
『お前な、俺を何だと思ってんだ……』
レスティアの言葉に呆れていると、トルクも会話に入ってきた。声色からすでに、戦闘状態に入っていることが分かる。
『ノルク、試すには絶好の機会じゃな』
『ああ、実戦に勝る経験はないからな』
俺は一度立ち止まり、スキル【神降ろし】を発動する。何度もトルクを降ろしたことで、結構慣れた。
「神よ、我に宿れ。来い! 闘神トルク」
ズオオオオ、と俺の中に闘神が宿る。トルクのお陰で俺の体も進化した。
元々体は大きくないので、大男のような筋肉ではない。が、鍛え抜かれた筋肉は鋼の如く硬くなった。
胸板は程よく厚く、腹筋はもちろん割れている。夢のシックスパックだ。
トルクを降ろした後、俺は言葉を続ける。
「闘拳技法・神気開放」
己に眠る神気を開放し、体の内と外に神気を巡らせる。これにより、体はさらに硬く、防御力も上昇する。
神気の纏いを活用した闘神トルクの闘拳技法を使うことができる。ただ、神気を纏うわけではないので、神気を攻撃用として使用できる。
俺は一撃でオーガ達の注目を集めるため、広範囲に届く攻撃を放つ。
右手に神気を収束させ、必殺の拳を地面に向けて打つ。
ドンッ! と凄まじい衝撃の後、亀裂が複数走る。後追いの形で亀裂に神気が迸っていく。
直後、轟音と共に亀裂の走った地面が割れ、陥没した。
突如、足場が不安定になり体勢を崩すオーガ達。さらにその後地面が割れたことで、落ちていくオーガ達。
俺はすぐさま移動を開始した。側面を通り、回り込んで一気に最前列まで躍り出た。
そこには急用で作ったと思われる木の槍だったり、包丁と木を繋ぎ合わせた武器を持つ男達が複数人いた。
村人と男達だろうか? 少しでもオーガの足を遅めるため、前に出て戦っていたのだろう。
俺は男達に近づき、手短に説明する。
「遅くなりました。緊急クエストを受けて来たノルクです」
俺の言葉を聞くや否や、男達は持っている武器を落とし、へたり込む。
相当疲弊しているようだ。助けが来たことで、力が抜けたのだろう。
「た、助かったぞ! みんなにも報告するんだ」
「すいません、他の人達はさらに後ろですか?」
「あ、ああそうだ。俺たちが最後尾だ」
「分かりました、皆さんはこのまま追ってください。ここは俺が食い止めます」
俺がそう言うと、男達はすぐに納得した様子だったが俺の姿を見て考えを改めたのだろう。
心配する声をかけてくる。
「本当に大丈夫なのか? 見た限りだと、武器も何も持ってないじゃないか……」
「大丈夫ですよ、今の俺の武器は拳なんで。それよりも早くしないとオーガが来ます、急いでください」
男達は互いに顔を見合わせ、そして頷いた。俺に対して頭を下げると、武器を持ち山の方へ逃げていった。
よし、これで思う存分やれる。数は推定以上で40体程だ。すでに半分は戦闘不能なので、残り半分だ。
『やるぞ、トルク』
『うむ。我が拳を存分に振るうてみい』
トルクに声をかけ、俺は両手に神気をみなぎらせると、オーガの集団に飛びかかった。




