先客
さっきまでなかった気配。
警戒のために短剣に手をかける。
片手で戦うのは厳しいけれど、ランタンから手を放せば光源を失ってしまう。周囲が分からない場所で視界を失うのは危険すぎる。
視界の中には誰もいない。ランタンの光量では光が届かないのだ。
『紗雪、ダメ!』
「なに。敵じゃないの?」
「敵対するのであれば、相手をしよう」
パチンと音が鳴る。
突然天井から光が発せられ、突発的に目を閉じた。
強力な光で目を封じるつもりなのかもしれない。視界がなくとも気配でどこにいるかは把握できる。目を閉じても戦えるはずだ。
だからこそ、突然現れたことに驚きを隠せなかった。
まるで、魔女様のようだ。
そんな感想を抱きながらも、声音から別人であることは感じ取れてしまう。だからこそ恐れた。
魔女様と同じことができる敵対人物など死への片道切符と変わらない。魔女様の実力を知っているからこそ、体が震えだす。
「そろそろ、大丈夫じゃないかな?」
「んっ」
薄く目を開く。
ぼんやりとする視界。白が埋め尽くすそれが次第に絞られ、外と同じように辺りを見回すことができた。
男性と思われる痩躯の人はピンと伸びた耳を隠すことなく整った顔立ちで笑みを浮かべる。
森人。だけど、敵意がなさそうだ。フードで顔を覆ってないから私が森人とは違うことくらい分かっているはずだ。唯人に対する嫌悪感を抱いている様子もない笑みが逆に警戒心を刺激する。
なんなんだ。この人は?
「突然のことで驚いたろう。すまないな。オレはルーシャン。見ての通り森人だ。危害を加えるつもりはない」
「なら、いきなり現れた手品のタネを教えてくださると助かります」
「妖精の道を借りただけだ。ここに降りたのは偶然に近いな」
「妖精の道。なんで、あなたが通れるんですか」
それは妖精だけが見える。通れる場所のはずだ。何度かシフィに行けないのかお願いしてみたが、首を縦に振ることはなかった。
「色々とあってね。魔女に近しいことができるようになった。まぁあの領域には届かないがね」
肩を竦めて見せるが、脅威度は変わらない。
むしろ、魔女様と同じようなことができることは大問題である。この部屋を照らした光が攻撃であったならと考えるだけでゾッとする。
下手をすれば、私の命なんて葉っぱよりも簡単に散ってしまう。
警戒をしながらも武器から手を離して構えを解いた。
「キミたちの名前を聞いてもいいかな」
「紗雪、です。こっちはシフィ」
「答えてくれてありがとう。それじゃあもう一つ質問だけど、ここがどこか分かるかな? 遺跡であることは確かだけど」
「地図は、ありますか?」
「あるとも」
「シフィ。お願いできる?」
『しっかたないわね。ここよ』
懐から取り出した地図。
シフィに頼むとスーッと移動して、現在位置を指し示した。
なるほどと頷いてから地図を懐にしまって笑みを向けてくる。
「では、お礼に質問があれば答えよう。オレで分かる範囲。だけだけどな」
聞きたいことが山ほどあると思われたのか、イタズラな笑みを浮かべる。
間違いでないから小さく息を吐いて胸に溜まったものを落としていく。
さて、何から聞くべきか。




