アイサの過去 上
アイサ視点の過去話になります。上中下で三分割されています
わたしが初めて魔物の声を聞いたのは五歳の頃。お父さんが牛の魔物を持って帰ってきた時だった。
村で一番の戦士だったお父さんが家の近くにいたらしい牛の魔物を仕留めようとした時に耳に言葉が飛び込んできた。
『たすけて。しにたくない』
そう叫ぶ牛の魔物の声がだんだんと小さくなっていくのを震えながら聞いた。
怖かった。苦しかった。悲しかった。
溢れる感情が制御できずに泣いたわたしを抱きしめてくれたのはおじいちゃんだった。おじいちゃんにしがみついて泣き続けた。
理由を話しても理解されないだろうと思ったわたしはこのことを隠すことにした。隠しながら生きることを涙を流しながら決めた。魔物と戦わず、関わらないで生きる道を模索しようと翌日から動き出した。
小さな村だ。五年しか生きたわたしでも当然のように役割があった。
おじいちゃんが村長で、両親が戦士であったため、わたしにも戦いの資質が問われた。
獣化して魔物と戦う術を叩き込まれる日々はわたしにとっては苦痛であった。
聞こえない声が聞こえるので索敵には役立つ。何も反応がない場所に隠れていても声がわたしに居場所を教えてしまうのだ。
命を刈り取る。それは、わたしたちにとって日常的な行動であった。相手は魔物。放っておいたらどんどん強くなり、多くなり、わたしたちの生活を脅かす。
だから殺さなければならない。
それが分かっているのに、死にたくないと叫ぶ声がわたしを躊躇わせる。見つけても狩れない戦士として村の中での評判が酷いものになった頃に、魔女様はやってきた。
定期的に色々な村を巡っているらしい魔女様の恩恵は多く。食糧以外にも知識や技術が流れてくる。魔女様のもたらしたものは村を大きく変化させる。
戦士が少なく。魔物から怯える日々を安らぎに変えてくれたのも魔女様であった。
魔術陣を施してくれてからは魔物に家を襲われる被害がなくなり、近くまで来ることが少なくなった。ゼロではない。それでも、対応できるくらいにまで減ったのは大きく。唯人でありながら歓迎された。
話によれば、おじいちゃんが小さい頃から全く姿が変わっていないらしい。ふろうふしと言うらしいがわたしにはよく分からなかった。
そんな魔女様の目にわたしが止まった理由は、今でも理解できていない。
魔物を狩れない戦士であるわたしを見つめ、二人きりになりたいと人払いしたその瞳は、好奇に満ち溢れていた。
不安しかないわたしだけど、村人みんなから背中を押されて二人きりで小屋へと入る。
何も変なことが起きませんように。そう、願いながら――