犬の獣人
ルナ姉に視線が集まる。
友好的にするのか、敵対するのか、見極めるような視線。面倒が勝るはずのその視線を受けてなお、表情に変化はない。
肩を竦め、大きく息を吐く。
「はぁ予想よりバカで困るわね」
明らかに喧嘩を売る物言いに怒りを感じられた。声は聞こえないけど、強く握られる服がそれを表している。
「唯人が許せない? それは大いに結構。機械兵に奪われたのならその解釈に行き着くのはよく分かるわ。だけど、それと紗雪は何ら関係ないわよ。なに? この子が機械兵をけしかけて村を襲わせたとでも思ってるの?」
周りの状況などお構い無しに言葉は紡がれる。
唯人という人種と私を分けて考えているルナ姉。直前に喧嘩を売る必要はなかった気がするけれど、私では言えないことを言い切るのは度胸のあるルナ姉だからだろう。
「それに、唯人の血ならわたしにも、ミィにも流れてる。この血を憎んだことも恨んだこともあるけど、今ではわたしだと誇れるわ。紗雪がそれを教えてくれたの。だからーーそれをバカにするなら誰であろうと許さないわ。ミィをけしかけるわよ」
「そこはミィなんだ」
「ミィなの?」
笑ってはいけない場面のはずなのに笑ってしまう。自分の力も私たちの力も分かった上での判断になるほどと思ってしまう。
「どうするの? やるなら、早くしてちょうだい。力を見せた方が早そうだし」
「後悔するでないぞ」
杖が地面を大きく叩く。
その音に反応して数人に獣人が飛び出してきた。
顔をフードで隠しているが体格の小柄さを隠せてはいない。ミィよりも少し大きい程度の人たちが私たち全員に向けて石で作ったのであろうナイフや斧を振りかざす。
「おっそいなぁ」
ピョンと軽く跳ねたミィが分身したように襲いかかってきた全員の前に立って武器を蹴り飛ばし、地面に叩きつけた。
ほんの一瞬の出来事に目を見開いて瞠目する村長にルナ姉は勝ち誇ったように胸を張った。
「あらあら。この程度なの? こんなんじゃあ子守りもできないわよ」
「くっくるな!!」
くすくすとバカにするような笑いをしながら村長に近づけば、腰を抜かして倒れる村長が逃げようと地面を這う。
そろそろ止めないと危ないかなと前に足を出した時、物陰から誰かが飛び出してきた。
「止めて。これ以上おじいちゃんをいじめないで!!」
両手を広げ、壁になるように立ち塞がったその子の勢いからか、被っていたフードがズレて顔があらわになる。
小柄な顔立ちの犬である。垂れた耳や大きな瞳が可愛らしいその子は、高い声で吠えた。
「アイサ。出てくるでない」
「だって、だってこのままじゃーー」
涙を瞳いっぱいに溜めてルナ姉を睨んでいる。
灰色の毛を風に揺らしながらプルプルと体を震わせていた。怖い感情が強くありながらも立ち塞がっている。
守りたいと願う気持ちがよく分かるその行動に、
「はぁあ。白けたわ」
ルナ姉は背を向けた。
言葉とは裏腹に私たちへと向ける表情は面白いものを見つけたように笑顔である。
ここで手打ちかなとパンパン手を叩いた。
私たちのことは無視できない存在になったことだろう。