隣村
『ほんと酷い。酷いと思わない?』
あの狼の一件からシフィはプンプン怒りながら私たちの周りを行ったり来たりしている。
「だって、シフィには当たらないでしょ?」
『そうだけど。そうだけど!! でも、やっていいことと悪いことがあるの!』
シフィは妖精。その特性として触れられないものが多い。そもそも、見える人が稀なのだ。村でも私たちにしか見えなかった。見えない人には触れられることはない。魔物に襲われないのも同じで、魔物にはその姿が映らないので触れられることはない。荷台に狼を投げた時だってすり抜けていた。機械兵には見えるらしく。妖精を捕獲する姿を魔女様が目撃したと聞いたことがある。
目が覚めて目の前に狼の死体が置いてあったのがよっぽど怖かったように思える。
ポカポカと私の胸を叩きながら抗議するシフィの頭を撫でてみる。
パンッと弾かれた。お気に召さないようだ。
『レディの寝ている横に変なのを乗せたことに対する謝罪を求めます!』
「シフィって女の子なの?」
『······ん〜さぁ?』
「服脱げないからどっちか分からないわよね。その服みたいなの皮なのかしら。前にしようとした実験してもいいかしら?」
『ミィ。助けて!!』
「嫌がることはダメ〜シフィはこんな可愛いんだから女の子でいいんじゃない? お風呂も一緒に入るのに」
「お風呂。もう入れないのが残念ね」
「仕方ないよ」
ガックリと肩を落として来た方向を見つめる。
温泉があったから一日の疲れを落としていたけれど、他の村に求めるべきことではない。魔女様がお風呂好きだから他の村にもあればいいなとは思うけど。
「あっ見えたよ〜」
「あそこなの?」
「距離的にはそうかな」
地図と太陽の位置でなんとなくの時間を考えると、目の前に見える建物群が目的地に思える。
はるか昔に作られた高い建物が今でも使えることに驚きはある。補正されていない道に立派な建物があると異質に見えて仕方ない。
遠くでは魔物がのんびり歩いているのが見え、離れた位置に畑らしきものも確認できた。
六棟からなる高層の建物を起点にしながら小さい村を作っているようだ。通り道に魔女様の設置したと思われるものもあり、ここに手を入れたのだと分かる。
「魔術陣。これは、魔物避けね。これがあるのに、魔物がいる。なんかあべこべね」
「う〜ん。そうだね」
この魔術陣を見ていると何か引っかかるところはある。それを考えるために魔術陣というものを思い出す。
「魔術陣か〜ミィにはなんの事か全く分からないけど、お姉ちゃんたちは使えるんだよね?」
「あたしは無理よ。同じような陣は描けても起動しなかったもの」
「それは私も同じ。そのうち使い方が分かる。なんて言われたけど未だにね。動いてるのを直すことはできるけどゼロからは無理」
魔女様は素養のありそうな人に魔術陣という魔法を簡単にしたものを教えてくれた。術として体系化することで誰にでも使えるようにしたかったようだが、その結果は伴っていない。
村でも素養があったのは私とルナ姉だけだったのでめちゃくちゃ勉強したけど期待には添えなかった。
「紗雪は何か気になった?」
「ううん。今はいいと思う。下手に触らないほうが良さそうだし」
魔術陣から背を向ける。
チラリと荷台に目を動かせば剥き出しのままの魔物の死体。
このままにしてたら萎縮されるかもしれないと布を被せて隠す。臭いでバレるかもしれないけど見せびらかすよりはいいだろう。
よしっと頬を叩く。
目的の隣村へと着いたのだ。話せる相手かをまずは確かめなければ。