・エピローグ2/2 草原に帰った少年
夢を見た。それは少年時代の夢だ。
マグダ族に預けられた俺は、いつだってバドとあの子と一緒だった。
「バニーさん……」
「なんだ、アクィラ? そろそろキャンプに戻るか?」
確かあの日は――そうだ、バドが族長の補佐の仕事で遊べなくて、ラトとツィーの母アクィラと俺は、2人だけで寂しく草原馬を駆けさせた。
そしてそう、花園を見つけたので馬を止めて、俺たちは緩やかな斜面に腰を下ろしたんだったか……。
「こんなこと、バドの前で言うと怒られるから、1度しか言わないわ。ねぇ、バニー……遊牧民にならない……?」
「はははっ、それも悪くねぇな! 遊牧民、遊牧民か!」
「私たちみたいな生活は、嫌……?」
「そんなわけねぇよ、ここでの生活はリトーと一緒の生活よりずっと楽しい……。だが、ここに残りたいなんて言ったら、リトーは失望するだろう。立派な彼の期待を、俺は裏切りたくない」
「そう……そうよね、ごめん……」
なぜあの時、彼女は遊牧民にならないかと、俺を誘ったのだろう。なぜあんなに悲しそうに落胆したのだろう。
「バドとも、何度も同じことを話すの。バニーくんがここを去るたびに、バニーが遊牧民だったら、私たちの仲間だったらどんなによかっただろう……って」
「リトーに見捨てられたらここに帰ってくるよ。俺は庶民だからな、もしリトーに子が産まれたらお役ごめんだ」
それっきり会話が途絶えた。俺たちは言葉を忘れて、彼方に豆粒のように小さく見えるキャンプを見つめた。
ところがしばらくすると、俺たちの前に別の草原馬にまたがったバドがやってきた。
「バニーッ、アクィラッ、探したぞ! さあ一緒に競争しよう!」
「いやバド、親の手伝いはどうしたよ?」
「ほどほどで片付けた! それにお前に言いたいことがあったからな!」
「ぁ……。そう、そうだったわね、バド……。私たちは、もう……」
あれ、なんか変だな……。バドはこのとき、さあキャンプまで競争しようと誘ってきて、俺たちはそれにまんまと乗せられたはずだ。
だというのにアクィラまで亜麻色の美しい髪をなびかせて、自分の馬へとまたがって、バドと並んで俺を見た。
「バニー、また会えてよかった」
「何言ってんだよ、バド? 俺たちは明日からもずっと――」
「お前がきてくれてよかった。どうか、息子たちを頼む……」
「頼りない子たちだけど、今のあの子たちは、バニーさんを父親同然に慕っているわ。貴方がここに帰ってきてくれて、本当によかった……。本当に……嬉しい……」
バドの顔が見覚えのある厳めしいおっさんに変わった。
だがアクィラは俺が憧れ続けたあの可憐な美貌そのままだ。
「先に行く……」
「おい、バドッ、待て! 夢なら夢でもうちょい愛想良くしろよっ! やっと会えたのに、なんですぐ行っちまうんだよっ!?」
振り返らずに馬を駆けさせて、バドは草原の彼方へと消えた。
「待て、アクィラ! お前は待ってくれっ、久しぶりに会えたっていうのに酷ぇじゃねぇか! お前まで俺を置いていくのかよっ! 俺だけっ、俺だけを草原に残して消えちまうなんてっ、そんなの酷いだろっ!! やっとここに帰ってこれたのに!!」
目が熱くなって、俺は目元を二の腕で擦った。
するとそこにあったのはおっさんの腕だ。俺はもうあの頃には戻れないと悟った。
「バニーくん……」
「待ってくれ、頼む……。俺は、俺は……バドに遠慮して、ずっと言えずじまいだったがっ、俺は、アクィラッ、俺はお前のことが……っ!」
「貴方が遊牧民だったらよかった。同じ遊牧民なら私たちは……ううん」
アクィラ。俺の思い出に根付く幻影は、俺に背中を向けて馬を走らせた。
「子供たちをお願い……」
幻のように彼女は消えて、俺だけが草原に残された。
遊牧民にならない? 彼女は俺にそう言った。
その言葉の真意を確かめるすべはもうどこにもない。
憧れ続けてきた初恋の人は、俺が騎士の家を捨てて遊牧民になることを願った。
・
酷い夢を見たもんだ。こんな夢を見ちまったら、寂しくて寂しくてラト、ツィー、タルトの尻を撫でたって許されるはずだ。
ところが許されなかったようで、おっさんは相棒にまたがって草原に飛び出すとそれが追いかけっこに発展していた。
「ツィーッ、そっち行ったよっ!」
「わかってるっ、このまま挟み撃ちだ!」
「なんで逃げるんですかバーニィさんっ!」
大追走劇の果てに、俺は騎馬3人に取り囲まれた。敗因は――
「楽しい追いかけっこだった。だがこれ以上は付き合いかねる、ツィーちゃんの尻を撫でた報いを受けるがよい」
相棒の裏切りだった……。
「なんでそんなに怒ってるんだよ……?」
「だってっ、今日のは特別にやらしかったもんっ! 手付きが今までと全然違ったっ!」
「確かにツィーの言うとおりかも……なんか、上手かったっていうか、あっ、ちが……」
寂しさゆえだ、許せ。お前らのカーチャンの夢が悪い。俺はあの青春の世界に帰れないんだから、もっとやさしくするべきだろう……。
ところがそこに、ピコーンッと場違いなデンシ音ってやつが響いた。
「あ、エスリン様からメッセージきた」
タルトはスマフォンを操作して、馬を下りると俺の前に画面を突き出した。
そこにはこう記されていた。
――――――――
エスリン様:バーニィよ、次の舞台はイギリス、ブリタニアダービーじゃ。ホッカイドーへと転移せよ。
エスリン様:追記。彼の地にはそなたと同じ騎士もおるぞ。美人もいっぱいじゃ。
――――――――
「おおっ、やったぜっ!! またホッカイドーの飯が食えるってことじゃねぇか!」
しかしイギリスって、ジャパンどのへんの州なんだ?
騎士がいるって部分には親近感を覚えるな。それとエスリンちゃんめ、美人をちらつかせれば俺が釣れると勘違いしてるな。
「ラトとツィーも、きたいなら付いてきていいって」
「神様も通信アプリとか使うんだ……。軽く衝撃……」
よくわからんが、女神様の権威が爆下がり中ってところだな。
「で、バーニィ兄ぃ、なんて返事返す?」
「もちろん行くと伝えてくれ。ホッカイドーの超技術力で、鉱山開発を加速させたいってな」
「じゃあ、ボクたちも手伝います。バーニィさんもタルトさんもいないなんて、寂しいですから……」
「ラトに同じ。いこっ、ホッカイドー!」
タルトが俺たちの返答をスマフォンに打ち込むと、光が飽和して、耐え難い眠気が俺たちを包み込んだ。
さあ、もう1度ホッカイドーへ。どこの地方競馬か知らないが、イギリス州とやらのダービーも俺たちが快勝してやる。
「我は帰りたくない……。ブスと強制エッチさせられる世界には、もう帰りたくないっ!! おおっ、神よっ、なぜっ、なぜ我までっ、ヌワァァァーーッッ?!!」
へへへ、悪ぃな相棒。今日は冷蔵庫で冷やしたキンキンのハイパードゥライとホッケで晩酌だ。広大で、全てが美味い酷寒の大地、ホッカイドーが俺たちを待っている。
バド、アクィラ、ちょいと行ってくるぜ。お前らとの青春はもう2度と取り戻せないが、共に過ごした思い出が消えるわけじゃねぇ。
俺は騎士であり、マグダ族に属する遊牧民だ。少し遅くなっちまったが、これからはずっと一緒だ。俺はお前らが生きたこの草原を守って生きよう。
俺はバーニィ。ただの遊牧民のバーニィだ。
―――― 開発コード:おっさんスタリオン 完 ――――
本更新にて完結です。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
趣味で始めた本作ですが、5万字完結の軽い話のつもりがついついギッチリと書いていました。
本作のバーニィは、過去作の「魔界を追放された猫」のメインキャラの性格をそのまま流用したものです。
もし物足りない、もっと読みたいと思われましたら、どうかこの過去作を読みにきて下さい。
本作以上に、どうしょもないスケベオヤジをしています。
で、明日より新作『ガテン系令嬢 ~サブキャラの私が親友の悪役令嬢を救って、海に王都まで続く大橋を架けるまで~』を始めます。
題材は女性向けですが、男性でも楽しめます。明るくバイタリティあふれる元気な女の子が、親友の女の子を助けたり、ツルハシ担いで道路やトンネル、橋を作る話です。
どうか次回作もよろしくお願いします。
ここまで読んで下さりありがとう。これからもすきあらば、ダメなおっさんを書いていきます!




