・エピローグ1/2 遊牧民になった騎士
あれから2ヶ月が経った。草原に帰った俺たちは少しずつホッカイドーより持ち込んだ金属やガラス、砂糖を換金している。
その資金は主に鉱山開発へと回されて、労働者の賃金となって消えていっている。
余剰の資金を使って、奪われた草原を買い戻したいところなのだが、近隣の町や領主には、なかなか条件に首を縦に振ってはもらえていない。元々はマグダ族のものだったというのに、理不尽な話だ。
「草原は素晴らしいな! 種馬生活をなげうってきたかいがあったというものだ! バーニィよ、次はあの丘を目指そうぞ!」
「お前さんよ、落ち着いたら元の世界に帰れよ……。売れっ子種牡馬が消えたら馬主も牧場も大損じゃねーかよ……」
「笑止。我は愛したい牝馬だけを愛する。跳ねっ返りの相手はお断りだ!」
「お前さんがその跳ねっ返りだろが……」
ボンボン号は休暇を満喫している。俺を背に乗せて草原を駆け回り、もう引退したくせに狂ったように本物の大自然の中を飛び回っていた。
定住地の方角に反転すれば、そこには黄金色にそよぐ小麦畑がある。
それはメイド・イン・ホッカイドーの虎クターと、女神様の祝福あっての絶景だ。さらにその奥にそびえる丘では、資材や道具が運び込まれて坑道作りが始まっていた。
最初に見つかった数塊のダイヤモンド原石は、俺自らが相棒にまたがって国王に届けた。
その輝きを見るや否や、王は近隣の街道沿いに砦を作るとはしゃぎだした。
王の庇護を受けるこの土地を、国内勢力が襲撃する可能性は今のところ乏しい。エルスタンとその兄貴は、してやられたと苦虫を噛み潰したような顔をしていたけどな。
「バーニィ先輩っ、お手伝いに参りました!」
「お、ロッコとエビフリャー号じゃねぇか。まさかまた労働者を連れてきてくれたのか……?」
そこにロッコが栗毛の美しいエビフリャー号にまたがって駆けてきた。
騎士団から逃げ出した馬たちは、ついに俺たちの草原までたどり着き仲間へと加わった。その際にエビフリャー号は、あるべき主の下へと帰った。
「農耕期には戻しますが、少しでもお力になれたら嬉しいです。というのは建前でして、出稼ぎ先としてここは最高ですから、少しでも彼らに稼がせてやって下さい。民が豊かになれば、消費が増えて領地も豊かになります」
「ありがとよ。お前さんが探りを入れてくれなかったら、たどり着けなかった結果だ」
「そんなことはありません。そんなことよりも私は、バーニィ先輩の今の活躍がとても嬉しいのです! では、労働者と合流しますのでまた後ほど!」
「おう、今夜はさしで飲もうぜ」
ロッコは慌ただしく馬を引き返して、彼方に見える出稼ぎ労働者の一団へと駆けていった。
・
「あっ、お帰りバーニィ兄っ! ボンボンちゃんはあまり無理しちゃダメだよ、種付けのシーズンだけは返す約束なんだから!」
「嫌だ!! ブスとまぐわされるのはまっぴらゴメンだと言え、バーニィ……!!」
言えるわけねーだろ、アホ。
気持ちはわからんでもないが、お前さんががんばればタマキさんとシノさんがそれだけ幸せになるんだ。
血統表にウィスキーボンボンの名が刻まれるたびに、あいつらはお前さんの子や孫たちの活躍を夢見るんだ。老いたタマキさんかすれば、それは生きた証みたいなもんだ。
だから、どんなブス馬だろうと必ずまぐわってもらう。
「てか、お前さんもそろそろ帰らなくていいのか……? シノさん心配してんぞ」
「大丈夫、エスリン様と契約したって言ったでしょ」
「契約だぁ?」
「だから言ったじゃん。こっちの1日があっちの1日になるように調整したって! むしろなんで忘れてるのっ!?」
「そりゃ、ずいぶんと都合のいい話だな……」
「バーニィが勝手なことしたせいだって、エスリン様は口膨らませてプリプリしてたけど? あと、今は家を出て獣医学校に通ってるし、だから心配しなくても大丈夫! お迎えがくるまで草原を満喫するっ!」
結局、最後に出てくるのは道楽か。
俺は綺麗になっても昔のままのタルトの尻を撫でて、その背筋がピンと伸びて跳ね上がるのを笑いながら楽しんだ。
「何すんだよーっ、このオシリサワリーッ!!」
「わはははっ、しっかり成長しやがってこの野郎!」
タルトのくせにいい尻してやがった。
・
「なぁ、1つ質問いいか……?」
夜がくると俺はいつもの場所で寝る。
ホッカイドーから持ち込んだアウトドアチェアで、星空を見上げながらハイパードゥライで一杯やってから、族長一族の天幕で寝る。
「なんですか?」
「も~っ、もうちょっとで寝れるとこだったのに……何さ?」
「なんでお前ら、そんなにくっつくんだ……?」
「寒いから」
「う、うん……寒いから、だよ……?」
いや今夜はそんなに寒くない。
だというのに双子は左右からピッタリとおっさんに張り付いて、挟まれた側は非常に寝苦しい……。
「そんなに寒いならタルトの家に行ったらどうだ?」
タルトはホッカイドーから持ち込んだログハウスキットとやらを組んで、1人だけ木造家屋で生活を楽しんでいる。一緒に寝かせてくれと誘ったら、スケベと言われた……。
「ボ、ボクはいいよ……っ。女の子の家で一緒に寝るなんて、出来るわけないし……」
「それは前からタルトに誘われてるんだけど……。けどバーニィとラトを一緒にさせたら、寝ぼけて間違いを冒すかもしれないし……」
「……つまり、その気はないってことだな」
「う、うん……ごめんね、バーニィさん……」
「早く寝ようよ。明日は町に鋼を売りに行くんだし」
そう言って、双子はまたぴったりとおっさんに張り付いていた。
この前、ツィーまで俺のことを間違えてお父さんと呼んだ。本人は相当に狼狽えていて、ありゃなかなかの見物だった。
しょうがねぇんで目を閉じて、俺も寝た。
「おとうさん……」
どっちの寝言かはわからん。どっちだってかまわないだろう。
俺は亡き友の忘れ形見をこれからも守ってゆこう。おとうさん。言われてみると、そんなに悪い気はしなかった。




