・王と自由騎士とダイヤモンド鉱山
その昔は観覧席から勝者を祝福していたそうだ。それが時代の流れと共にチャンプが王の観覧席に招かれるようになり、さらにそれがまた変わって、今では王自らが戦士と同じ舞台へと降りてくるようになった。
俺たちは王の御前にひざまずき、彼の言葉を待った。
興奮に熱く燃え上がっていた観客席が徐々に徐々にと静まり返ってゆく。そんな中、青鹿毛のボンボン号は頭すら下げずに、気位の高いいななきを上げた。
「見事であったぞ。さすがは先代のリトーが見い出した男。騎士団最強の名は伊達ではないということか」
「いえ、それがつい先日、シバルリー騎士団を追い出されちまいまして。今は自由騎士と名乗っていたりもします」
「ふむ……そこの子たちも含めて色々と疑問が絶えぬが、まずは祝福しよう。バーニィ・リトーよ、見事な戦いだった。毒に冒されてもなお、勝利を求めるその姿は、我々を見守る神々すら賞賛していることだろう」
王が降りてくる前に、ラトとツィーをここに合流させた。
もう変装の必要はないが、着替えさせる暇などないので服装はそのままだ。
「はは、また貴方に祝福していただけるなんて、光栄ですよ陛下」
「さて、では慣習に従ってそなたの願いを聞こう。バーニィ・リトーよ、何か我に願いがあるならば言うがよい。どんな願いも叶えよう。……ただし、4年前のような下らない願い事は困るぞ」
懐かしいな。4年前は王都の女の子のお尻を1日だけ触り放題にさせてくれと、そう願った。なんであんな願い事をしたのやら、今となってはわからない。
結局あの日は警戒されてしまって、自分の尻しか触れなかった。思い返すだけでも辛い思い出だ……。
「あーー……それなんですが陛下、今回はちょいと厄介な政治の話でして」
「かまわん、聞くだけ聞こう」
「では遠慮なく。この王都より馬で4日ほどの場所に、定住を強いられた遊牧民、マグダ族の土地がある。そこの前族長のバドは濡れ衣を着せられ、騎士団により反逆者として処刑された」
簡潔に客観的事実だけを伝えるために大仰な言葉を止めた。
王は俺の話を聞くなり想像力を働かせて、豊かな口ひげを撫でるとラトとツィーの双方を注視した。
「ふむ、そうなるとそこの2人はマグダ族か……?」
「ええそうです。事が事なので命を狙われる可能性がありましたんで、服を入れ替えてありますが、こっちが新族長のラト、反対側が姉のツィーです。父親のバドと俺は幼なじみでして、友に代わってこいつらの面倒を見ることになりました」
「ほう、今回の願いはまともそうであるな」
「いいや飛び切りヤバいですぜ、陛下」
「我はどんな願いも叶えよう。さあ言ってみよ」
「先日、騎士団がマグダ族に従属を強いてきました。ええ、妙な話です。そこで内偵を仕込んでみたところ、こいつらの定住地に、とんでもない物が眠っていることが判明しました」
「面白い。何が眠っていたというのだ?」
「ダイヤモンド鉱山」
「えっ、ええええええーーっっ?!!」
すぐ後ろのタルトが大声を上げて、ボンボン号まで前足を上げて興奮した。
観客たちには俺たちの言葉は届いていないが、俺が何かとんでもない願い事をしたのだろうとどよめいた。
王の近衛兵もさすがに動揺しているな。
「これは驚いた……。だが納得もいく。そなたはこうして我への謁見を果たすために、このグランプリに参加したのだな? これならば一見は、騎士団を首になった男が再起を求めて動いたように見える」
「ご名答です、陛下」
「フッ、面白い男だ。毒に冒されてもなお闘志を失わないあの奮闘は、誰にも省みられない弱き民のためのものであったか。……して、そなたは鉱山をどうしたい?」
「鉱山利益の半分を支払うのと引き替えに、どうか俺たちを、マグダ族より託されたリトー騎士領を庇護して欲しい。あとついでに、俺に毒を仕込みやがったバカ野郎どもにお仕置きをお願いしたいな」
国王の反応は喜び半分の難しい顔付きだった。カウロスとの休戦でせっかく国内が落ち着いてきていたのに、新たな火種が吹き出したようなものだ。
「ならば王家が6割、リトー騎士領が4割だ。それと引き替えに王国軍をそちらに派遣しよう」
「それ、ずっと駐留してくれるってことだよな?」
「うむ、鉱山の利益が出たらその金で砦も立てよう。それで6割だ」
「悪くないか……よし乗った!」
話が付いた。王家は未来の鉱山収入を、俺たちは兵力を含む庇護を受け取った。
「ありがとうございます、国王陛下! これで、これで父さんもきっと浮かばれます……ありがとうございます!」
「よかった……これでうちら、もう大丈夫なんだよね……。はぁ、長かった……」
「フッ、感謝ならばバーニィ・リトーにするがよい。これからも期待しているぞ、騎士リトーよ」
一介の準騎士に過ぎない男は、一国の王と握手を交わした。
本音を言っちまうと、4割も取り分が残るとは思っていなかった。俺たちの未来は超リッチで確定だ。
こうして俺たちは王都での活動に終止符を打ち、マグダ族の定住地を目指して、タルトを加えた愉快な帰路に付くのだった。
・
「えっ、タロウッ?! この子ってうちのタロウだよねっ、なんでこっちの世界にいるのっ!?」
宿屋に預けた馬を引き取ると、ちょっとした騒動もあった。
タルトからすればもう6、7年前に面倒を見た馬だ。1人と1頭は思わぬ再会を喜んだ。
さあ草原に帰ろう。天高くそびえるハイパードゥライが俺を待っている。
ああ、ついにやったぜ、バド。