・王国最強を決める日 - 毒針 -
「俺の負けだ」
「なんだ、もういいのか?」
「勝てん……」
膝を突いた傭兵は剣を腰に戻し、立ち上がりざまに手を差し出してきた。俺は消化不良を覚えながらもそれを握り返し、助け起こそうとした。
「うっ……?!」
「剣ではな」
刺すような痛みに手を振りほどくと、手のひらに小さな鋲が刺さっていた。
やべぇな、こりゃ十中八九で毒針じゃねーか……。
「悪く思うなよ、バーニィ・リトー。一応、俺もお前に賭けてたんだぜ」
「エルスタンか……?」
「さあな。だがそこまで強い毒じゃない。今すぐ医者にかかれば助かるぜ」
勝者バーニィ・リトー。熱い試合と、一見は友情に見える握手に闘技場が興奮に沸いた。
寒気がする。刺された患部がズキズキと痛む。
俺は足下をふらつかせながら立ち上がると、控え室に戻るなり係員に事情を伝えて、緊急の治療を求めた。
観客と王のお膝元でヤツを制圧するわけにもいかない。こうするしかなかった。
・
医者の診察を受けると、大きな薬箱の中から黒い丸薬が現れた。見るからに苦そうで、おまけにでかくて喉に引っかかりそうなやつだ。
「どうぞ、解毒剤です」
「な、なんだとぉ……っ?!」
「早くお飲み下さい、バーニィ選手」
「あ、ああ……」
苦い丸薬を噛み砕いて、俺は水筒の水でそれを飲み干した。ちなみにこれは魔法瓶、あのホッカイドーが生み出した奇跡の水筒だ。
容量に対してやや重いのだ難だが、魔法の力で液体を保温し、黄金のように錆びることのない銀の輝きを守ってくれる。
「公式には発表されませんが、とにかく多いのです。何せ大金が絡みますから」
「ふぅ、まっず……。まるでタルトの焦げたシチューみたいな味だぜ……」
「バーニィ選手、試合を辞退して下さい。今の貴方は既に消耗状態で、とても戦える体調ではありません。無理をすれば身体に残った毒が全身に回って、最悪は死にます」
それはダメだ。ここで諦めたらマグダ族は守れない。エルスタンとその兄は俺たちの行動から、いずれはダイヤモンド鉱山の存在を俺たちが知ったと踏むだろう。
幸いなことにエルスタンはまだこちらの魂胆に気づいていない。根拠はこの弱い毒だ。もしも口封じに俺を殺すつもりならば、もっと始末の悪い毒を使っていたはずだ。
つまりヤツはまだ、ダイヤモンド鉱山のことを国王に直訴されるとは思ってもいない。
「悪ぃがそうもいかねぇんでな……。その薬、もう1つくれよ」
「大会参加者はみんな同じようなことを言います……。どうぞ」
タルトの焦げシチューよりまずい解毒剤をもう1つ飲み干して、俺は医務室で少し寝ると、辞退はせずに次の試合に参加した。
そして試合が終わるとまた医務室を頼り、そのまた次の試合も、その次の試合も同じ事を繰り返した。
「医者の立場からすると、この言葉は言うべきではありません。ですが、貴方の不屈の精神に敬意を表して、あえて言います。……決勝戦、どうか負けないで下さい。こんな汚い手を使う連中に、どうか勝ってきて下さい」
「おう、エルスタンのお坊ちゃんにはちょうどいいハンデだ。ありがとよ、アンタの解毒薬不味かったぜ」
身体が熱を持って頭がクラクラするが、勝負を汚したあのバカに格の違いを教えてやろう。医者の励ましは俺にガッツをくれた。
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決勝戦は国王自らが会場を煽り、試合開始のおふれを下すと決まっている。
一心不乱だったんで途中から記憶がないんだが、意地と根性と経験で俺は連戦を勝ち抜き、こうして決勝戦の舞台に立っていた。
「我が愛する民よ、あの準騎士リトーを見よ!! 騎士リトーは今、悪しき者の手によって毒を盛られ、憔悴し切っている!! しかしそれでもなおこうして立ち、勝利をもぎ取らんとしているのだ!!」
毒の件は国王の耳にも届いていたようだ。だが演説なんてどうでもいいから、さっさと試合を始めてくれというのが俺の本心だ。
観客たちは神聖なる戦いが何者かによって冒涜されたと知ると、怒りと動揺に言葉を興奮させて、その矛先を最も疑わしい男エルスタンに向けた。
「汚ねぇぞ、エルスタン!!」
「予選にも参加しなかったあなたが、なんでそこにいるのよっ!!」
「どうせバーニィを弱らせて優勝しようって腹だろっ!!」
国王はそれを止めない。彼はこのグランプリの主催者であり、内心ではエルスタンのわがままにムカついていたのだろう。
王からすれば己の人気集めもかねた重大な行事だ。そこに厚かましくもルールを破って乱入してきたボンボンが、好意的に扱われるはずもなかった。