・王国最強を決める日 - 騎士と騎士、平民と貴族 -
円形闘技場前の広場は、まだ試合開始前だというのにお祭り騒ぎさながらの王都市民でごった返していた。
国内最強を決めるこのグランプリの最終日を見るために、数多くの市民がここで夜を明かす。つまり今入場出来ていないということは、もはや望み薄ということだった。
「応援してるぜ、バーニィ! 今年はすっちまったが、来年はお前に賭けるからなっ!」
「バーカ、素直に俺の話を聞いきゃよかったんだよ。今日は頼むぜ、元チャンプ!」
だがそこは上手く仕組みが出来ている。闘技場の外でも賭けには加われるし、あぶれた連中のために試合結果を演劇風に実況する役人もいる。
義父リトーが言うには、古くはこれがギャングのしのぎだったらしい。
しかし裏の商売が大きくなり過ぎて、今の役職と引き替えに国へと服従する道を選んだのだと、そう言っていた。
「やーだぁ~っ! 遠くから見たらカッコイイかなぁって思ってたのにぃ……。よく見たら、ただのくたびれたおっさんじゃなーいっ!」
「あらっ、あたしは好きだよっ! あたしがあと40歳若かったら、透け透けらんじぇりぃで夜ばいをかけていたところさ!」
「おいそこのババァッ、お前のせいでバーニィ選手がゲッソリしてんだろがっ! 勘弁しやがれ!」
そいつらに手を振ったり、軽く挨拶しながら円形闘技場に入ると、ツィーとラトの俺を見る目が少し変わっていた。
「さすが元チャンプ、ああいうの慣れてるよね」
「あれが大人の余裕……。見習わなきゃ……」
「ははは、俺なんて見習っても、ふてぶてしいスケベオヤジが1人増えるだけだぜ。ん……?」
選手受付は後回しにして、いつも通りに双子をVIP席へと護衛するつもりだったんだが、聞き覚えのある声と後ろ姿に俺は思わず足を止めた。
「そんなメチャクチャ通るわけがありませんよっ!! 他の大会ならともかく、これは国王陛下主催のグランプリなんですよ!? 飛び入り参加なんて認めらられるわけがありません!!」
「バカめ、それを決めるのは貴様ではない。いいか、小娘、ここで首をはねられたくなかったら……今すぐ!! 俺の前に責任者を連れてこいっ!!」
騎士団長のエルスタンだった。
「うわぁ……人間ああなったら終わりだね」
「あの人がどうかしたんですか、バーニ――」
ここでその名前はまずい。俺は抱き込むようにラトお嬢様の口をふさぎ、そのままひょいと抱っこして距離を取った。
「ぷはっ、びっくりしたぁ……。な、なんなんですか、急に……?」
「ありゃエルスタンだ……」
「えっ、マジッ、えっえええーっっ?!」
「だからでけぇ声出すなって……っ」
今度はツィーお坊ちゃんの口をふさいで、俺たちは柱の裏に身を隠した。
どうやらあのボンクラは試合に参加するつもりのようだ。
「アイツが、父さんの仇……」
「バカなことは考えんなよ、ラト。アイツを刺したら仲間に報復がくるぞ」
「わかってます……。あと、こっちの姿のときはツィーでしょ、バーニィさん」
自分は平静だというアピールなのか、ラトはお嬢様のようにスカートを摘まんで典雅なお辞儀をした。
だが目が笑っちゃいない。ラトは女性に見紛うほどの愛らしさを持っていたが、やはり男の子だった。
「わはははっ、ツィーにはしてはお上品過ぎねぇか、それ?」
「うわっ、メチャクチャ失礼なんですけどっ、このオヤジッ!!」
「さて、悪ぃがVIP席には付き合えねぇ。今日は2人だけで行ってくれるな?」
「あ、そっか。うちらが一緒に行動してるの見られたら、関係とか疑われそうだもんね」
「あるいはもう感づいていて、ボクたちの邪魔をしにきたとか……」
「さてどうだろうな。……何かあったら大きな声を上げろよ、どこにいてもお前らのところにすっ飛んで行くからよ」
俺と決着を付けるためだけに、ヤツがグランプリに乱入しにきたとは思えない。
となるとどこかで俺たちの計画を見抜いたのか、あるいは俺が国王に告げ口をするとでも思って、接触を妨害しにきたのか。どちらにしろ大会からすれば迷惑な話だ。
「がんばってね、お父さん。あんなやつやっつけちゃってよ」
「おい、いくらなんでもお父さんはねぇだろ、お父さんは……」
「え、でもラトとか素でこの前間違えてたけど?」
「うわああああっっ、なんでそういうこのバラすのっ!? 酷いよ!!」
「おい娘よ、そりゃさすがに酷過ぎるだろ……。というより、見つかる前にさっさと行け……」
ラトとツィーを先に行かせて、俺はエルスタンが支配人と一緒に姿を消すのを待ってから受付の前に立った。
「酷いですよっ、あそこの柱に隠れてずっとこっち見てましたよねっ!? なんで助けてくれないですか! お尻は触るくせにっっ!!」
「昨日は触ってねーだろ」
「初日は触ったじゃないですかーっ!」
「……そうだったけか?」
「なんでいつもいつも忘れてるんですかーっっ!!」
「すまん。こっちはなんか、半年ぶりに会ったような気分だわ」
「は? バカなこと言ってないでさっさと控え室に入って下さい! キャッ?!!」
「ははーっ、受付ちゃんも仕事がんばれよーっ!」
「2度とくるなぁぁーっっ!!」
半年ぶりの尻を触って、俺はスカートめくり小僧の童心を思い出しながら控え室へと駆けだした。
まあ……別にいいだろ? どうせ今日限りの縁なんだからよ。
・
今日は大会3日目、グランプリ最終日だ。今日までの2日間をかけて、全ての選手が平等に3試合を勝ち抜いてきた。
残るは5連戦。この5連戦を征すれば、そいつが今年のチャンプだ。
この最終日は延期が許されず、もし試合が長引いたときは深夜にまでもつれ込む。選手も観客も王すらも、決着が付くまで闘技場を出ることはない。
そこにまさかのシード選手エルスタン騎士団長が加われば、試合数が1回増える上に不公平が発生する。円形闘技場の支配人はさぞ頭を抱えたことだろう。
しかし相手は東の国防を担う辺境伯の弟にして、騎士団長様だ。主催者の国王も事を荒立てたくないのか、特例として乱入を認められることになった。
「バーニィ、今日こそ俺と貴様の雌雄を決するとしよう。決勝戦で待っているぞ」
今日の第1試合も俺からだ。ホッカイドーの慣用句で言うところの、俺は客寄せパンダだった。
ああそれと、反対側の控え室からエルスタンが訪ねてきたかもしれん。
「おう、決勝まで上がってこれたら相手してやるぜ。お坊ちゃん」
「はっ、その余裕も今日までだ……」
「これでもお前さんには手加減してやってたんだぜ? 今日は軽く揉んでやるよ」
「さあどうなるだろうな、ククク……」
控え室を抜けて、白い朝日の照らす舞台へと進み出ながら俺は思った。こりゃ何か裏がある。
実力の差はヤツ自身がよくわかっていることなのに、ああして勝ち誇るからには何かを仕込んでいる。
『第1試合、元チャンプ、バーニィ・リトー選手 VS 傭兵団ファルコンクロウのアゼル選手!』
今回の相手はなかなかやりそうだ。技も武具もよく使い込まれた傭兵に、俺は剣を構えて試合の開始を待った。