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・さらばホッカイドー! ビール6年分よ永遠なれ!

「よう、そんな暗い顔してなんかあったのかよ、兄ちゃん」

「飲み屋の勧誘か? 金ならないよ、ほっといてくれ……」


 競馬場を少し離れた路地裏にて、黒髪の青年が腐っていた。

 腕も脚も細くてとても勇者様には見えねぇが、そんなに悪いやつにも見えなかった。


「そう言わずこっち見ろよ、きっとたまげるぜ」


 勇者様が顔を上げると、そこにはダービージョッキーのバーニィ・リトーが札束を広げる姿があった。当然ながら競馬ファンだった彼は驚いて、腰を抜かしていた。


「なっ、貴方はっ、バーニィ・リトー騎手……っ!?」

「これやるよ」


「えっ……な、なぜ!?」

「これだけありゃ、借金返せるだろ? やるって」


「……え、えっ? しかし、な、なんで……?」


 こうして話した限りではバクチ狂いとはとても思えない。金を押し付けても彼は拒むばかりだ。


「どうせあっちの世界には持っていけねぇ金だ、遠慮すんなって。おおそうだ、借金取りが怖いなら一緒に会ってやるよ」

「えっ……。それ、ほ……本当ですか……?」


「おう。だからよ、代わりにその命、俺に預けちゃくれねぇか?」

「バーニィ騎手……。本当に、見ず知らずの俺なんかを助けてくれるんですか……?」


「だからそう言ってるだろ。借金はいくらだよ?」

「1100万です……」


 それを聞いて危うく札束で紙吹雪をやるところだった。さすがの俺も固まった……。

 後に女神エスリンはこう言った。あやつはアホを通り越した世界のバグそのものであると。


「俺も長いこと生きたけどよ、お前さんクラスのアホは初めてだわ……。すげぇな、お前……いや、すげぇわ、お前……」


 確かにこりゃある面で言えば超大物だ……。

 俺は約束通りに借金返済に付き合うと、+-0の無一文となったソイツを合流ついでにタマキさんに引き合わせて、楽しいお祝いをしてから一緒にホッカイドーへと連れて帰った。



 ・



「いいか? 俺は元の世界に帰らなきゃいけねぇ。だからお前さんが代わりにシノさんとタルトを守るんだ。これで1100万の借金が帳消しに出来るんなら、ずいぶんと安いもんだろ?」


 エナガファームに帰ると、まず事務所のシノさんに引き合わせた。話を通してあったのもあって、彼女は快くもダメ男を受け入れてくれた。


「初めましてー、勇者さん♪ 今日からここが貴方の職場ですよー♪」

「馬が好きなんだろ? ってことで任せたからな、若造」


 ちょいと強引な手になったが、これにて女神様に託されたミッション達成だ。

 さあ終わった終わったと、昔の相棒へと報告に行こうとすると、放牧地にエスリンちゃんが現れた。どこからともなく、ってやつだった。


「なんだよ、文句あるか?」

「いや……根本的な解決にはなっていないが、驚いたことに死の未来が消えた……。結果論でしかないが、目的は果たされようじゃ……」


 釈然としない顔だった。

 これは俺の勝手な思い込みなんだが、ダービーで俺を負けさせる方法なんて他にいくらだってあったはずだ。だが彼女は最後の最後でイカサマを止めた。……俺を勝たせてくれたんだ。


「そりゃよかった。知り合った以上は死なれたらいい気持ちしねぇしな。……で、こんなことになっちまったが、ギャラは貰えたりするのかね?」


 エスリンちゃんは黙りこくった。俺のことをずっと見つめていた。ずっとずっとだ。長い凝視が俺を見つめて離さなかった。


「わらわだって……そなたを応援しておったのじゃ……。あんなこと、好んでしたいわけがなかろう……」

「それはわかってるよ。恨んでねぇし、嫌いにもならねぇよ」


「それは本当かっ!? わらわを嫌いになってないのかっ!?」

「当たり前だろ」


 意外と俺、エスリンちゃんに好かれているのかな。

 そう言ってやると、エスリンちゃんが小娘みたいに無垢な笑顔を返すので驚いた。いや最初に思っていたよりもずっと、かわいいな、この子……。


「わらわが提示した条件はダービーの勝利。それを果たした以上は満額を支払おう。だが王都で渡されても困ろう、ここはマグダ族の里に直接送ってやるぞ」

「エスリンちゃん話わかるぜ、ありがとよっ!」


「して、何を送るのじゃ?」

「この前と基本は同じだ。だが、領地を持つとなると資金が欲しい。ちょいと俺にはよくわからない物も多いが……」


「そなたにわかる物の方が、こちらの世界では少なかろう」

「ははは、わからないことがわかってるからいいんだよ」


「なんじゃその屁理屈は……」


 前回持ち帰った品々に加えて、アルミと鋼鉄、太陽光発電器に、ビニールやプラスチックを買い込むことにしていた。


「ならばガラスと砂糖を買っておけ。特に色付きのガラスはわらわたちの世界では価値が高かろう」

「おお、そりゃいいな。けど、神様がそんな助言してもいいのか?」


「核爆弾や銃火器を持ち帰ろうとしない分、まだマシじゃ」

「んなもんホッカイドーじゃ買い付けようがねーだろ……」


 エスリンちゃんとの話がまとまると、俺は相棒メイシュオニゴロシ号にジャパンダービー制覇の報告をした。

 ちょいと悔しそうにしていたが、相棒はまるで自分のことのように喜んでくれた。



 ・



 その後も色々とあったが、残りの物資の転送はエスリンちゃんたちに任せることになって、俺たちはダービー制覇の5日後に元の世界へと帰還した。


 別れ際、タルトは俺たちの世界に行きたいとだだをこねていたが、もちろん連れて行けるわけがない。だから口約束で、いつかまたここに帰ると誓った。


 2度あることは3度ある。いつか必ず、またホッカイドーに帰れるはずだ。

 それまで俺たちはマグダ族の一員として、ホッカイドーから持ち込んだ膨大な物資を使って草原を少しずつ取り返していこう。


 現在の時刻は朝、ホッカイドーへと転移したあの夜から12時間弱が経過して、今日が武術大会の最終日だ。

 たっぷりとホッカイドーで休養をした俺は、最高のコンディションで双子と共に円形闘技場へと進んでいった。


 ホッカイドーと比べれば何もかもが未熟な世界だが、帰ってくるとなんだかホッとした。


「バーニィ……あのさ」

「ん、腹でも減ったか?」


「もう食べたよっ! あのさっ、あの……バーニィさ……」

「急にどうしたよ?」


「あっちに残ってもよかったのに……。タルトとシノと一緒に暮らすことだって、出来たのに……。なのにうちらを取ってくれて、ありがと……。あと、ごめんなさい……」

「ボクもそのことが気になっていました……。本当にこれでよかったんですか……? あっちに残れば、バーニィさんは英雄なのに……」


 そう聞かれるとちょいと心が揺らぐ。シノさんとタルトと一緒に、ホッカイドーで静かに暮らしていたかったと聞かれたら、もちろんそうだ。


「ガキがんな辛気臭ぇこと言うんじゃねぇよ。俺はこっちの世界も好きだぜ。戦争ばっかでクソみたいな世界だが……大事な忘れ形見がいるからな」


 そういう話はもうよせと、母親似の少女の尻を撫でた。

 ツィーが勘違いするだろうから口にはしないが、俺はこいつらがかわいくてしょうがない。


 手に入らなかった初恋の相手にそっくりそのまんまの姿に、俺は青春時代が蘇るかのような錯覚を覚えている。


「ヒャッッ?!」

「ありゃ、こっちはラトか。素で間違えたわ……、ああややっこしいな……」

「あ、危なかった……」


 さてここから先はダービー制覇の後の蛇足みたいなもんだ。武術大会グランプリに優勝して、王へと直訴して元の生活へと帰るとしよう。


 ダイヤモンド鉱山と、山となったハイパードゥライが定住地で俺を待っている。クソみたいな戦乱の世界だろうとも、ここが俺たちの産まれた大地だった。

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