・いざトーキョ! - スマホ炙り -
騎士リトーは所領を持たない土地無し騎士だった。彼は簡素な小屋を国内外に持っており、まるで流浪の民のようにどこにも定住することなく各地を巡っていた。
そんなリトーを人々は『巡回騎士』と親しみを込めて呼び、彼の献身的な働きを称えた。
リトーに従う少年バーニィもまた、騎士学校に入れる歳になるまでこの巡回に加わって各地を巡り、その中で騎士のあるべき姿を教わっていった。
リトーは特にマグダ族との親交が深かった。主に戦争を理由にリトーが巡回生活を中断するたびに、俺はマグダ族の族長一家へと預けられた。
戦に向かう義父リトーの背を不安を抱えて見送りながらも、またバドとあの子に会えるのだと、少年は胸を高鳴らせた。
そして夢のような遊牧の日々が過ぎ去り、戦いを終えたリトーが俺を迎えにくるたびに、この親友たちとは住む世界が異なるのだと、決して覆すことの出来ない現実を突きつけられた。
それから時は巡り、騎士学校に入って、卒業して、騎士団の仕事を手伝う形で独立するようになると、俺は他界した義父より位を引き継いで、騎士リトーとなっていた。
とまあ、やたら長い前置きとなったが、今のラトとツィーは、遊牧民に預けられた少年バーニィとだいたい同じってことだ。
やがて訪れる別れを知りながらも、どうにも出来ずにただ日々を平凡に過ごす。
1日、また1日と共に生きられる時間が過ぎ去ってゆくのを不承不承に受け入れて、思い出を胸に刻むばかりの毎日を彼らは生きている。
そんなラトとツィーを見ていると、俺はどうしてもそれが他人事とは思えなかった。
タルトとの間に良い思い出を残して欲しいと、そう願わずにはいられない。今のラトとツィーの姿そのものが、俺にとっては過ぎ去った青春の幻影だった。
・
さて、暗い話はここまでだ。俺たちは去年産まれた1歳馬に気の早い馴致をしながら、少しでもエナガファームの未来が広がるように、トレーニングを含む子馬の育成に尽力した。
だがそれは4年前とはまるで違う。そこにラトとツィーのサポートが加わると、子馬たちが飛躍的な成長を遂げていった。
そこはマグダ族の小柄さと、馬の扱いの巧みさによるところが大きい。
1歳馬たちは人間との信頼関係を早期に獲得し、騎乗を覚え、賢く健康に育っていった。
またその一方で、双子はスマフォンの扱いをすっかり覚えてしまったようだ。今ではタルトと一緒に同じゲームをして遊んでいる。
もうじき別れがくることを彼らはよくわかっていたので、タルトも受験勉強の量を減らして、一緒に過ごす時間の方を増やしてくれていた。
よくわからんが、スマフォンに『炙り』を入れておけば、『ねっとう』のない元の世界に帰っても機能は制限されるが、そのまま使えるらしい。
……すまん。おっさんにはてんでわからんが、とにかくそういうことらしかった。
つまりエッチな動画も引き続き見放題ってことで安心だな。定住地に戻ったらゆっくりとラトを口説き落とすことにしよう。
・
こうしてあっという間の1ヶ月が過ぎ去り、ついにジャパンダービーを翌週にひかえることになった。
「バーニィ兄ぃっ、がんばってね! アタシもがんばるから、絶対負けちゃダメだよっ!!」
「おう、軽く勝ってくるわ。お前さんも受験勉強がんばりな」
もちろんだと、タルトは旅立つ俺に張り合いをくれた。
・
「こんなこと言うのは無責任かもしれないですけど……バーニィさんっ、マグダ族の未来のためにどうかお願いします! どうか勝ってきて下さい!」
「バーニィなら絶対勝てるよ。だってバーニィより馬が上手い人なんて、この世にいるわけないもん。だから、その、あのさ……絶対、負けたりなんかしないでよね……?」
「おう、頼まれなくともそのつもりだぜ。マグダ族仕込みの馬術をトーキョ中に見せつけてきてやるよ」
ガキが一族を背負って立とうとするな、厄介事は大人に任せておけばいい。
「えっ、バーニィさんの馬術ってボクたちがルーツだったんですか……!?」
「なんだ、バドから聞いてないのか? 俺はお前らのトーチャンとカーチャンに馬を教わったんだぜ」
ラトとツィーは俺に勝たなければならない理由をくれた。
・
「それはバニーさん、だだっ子のボンボンちゃんをどうかお願いしますねー♪ この牧場からダービー馬が出てくれたらー、経営者としてもー、とーっても助かりますー♪」
「任せとけ。アイツはダービーごときに止まる器じゃねぇよ。あの気迫と闘志で、これからもとんでもねぇ成績を叩き出してくれるはずだぜ」
シノさんの尻に顔を埋める気にはなれないと、だだっ子ちゃんことボンボン号はそう言っていた。未亡人相手にセクハラは冗談になっていないと。
ますます自分を見ているような気分になった……。
「ところでなのですがー……どうしてバニーさんはー、私のお尻だけ、触ってくれないのでしょうかー?」
「いや、それは……」
「やっぱりー、もう若くないからですかー?」
「いやそうじゃねぇよ。いやその……シノさんのやさしさと母性を前にすると、どうしてもそういう気にならねぇだけでな……。俺個人の感想になるが、シノさんはかなり良い尻してると思うぜ?」
俺の世界では未亡人は社会から大切に扱われる。もし弄ぶような行為をすれば、袋叩きにされたって文句は言えない。
それが戦乱の世界特有の価値観だと気づいたのは、ホッカイドーへと転移した俺が最初のはずだ。
「ふふふー、わかりました♪ そういうことにー、しておいてあげますねー♪」
「信じてくれよ、シノさん……」
「ダメです♪ 私にもイタズラしてくれるまでー、信じてあげませんからねー♪」
「ムチャクチャ言わないでくれよっ?!」
魅力的な提案を拒むと、シノさんはおかしそうに俺を笑った。
シノさんはどこまでが冗談なのか、ときどきわからなくなってくる……。
「では、そろそろ行きましょうかー?」
「うっ、アレに乗ると思うだけで、途端に憂鬱になってきたわ……。いつも連れてってくれてありがとよ、シノさん……」
「いえいえ、滅多に落ちませんからー、安心して下さいねー♪」
「逆に言えばそれ、常に墜落する可能性があるってことだろ……」
「ふふふっ、裸馬に乗る方が、よっぽど危ないと思いますよー?」
「俺には裸馬の方がマシだわ……」
こうして俺はシノさんの軽虎に乗せられてセンサイ空港へと運ばれると、墜落の可能性ありのトーキョの空へと旅立ってゆくのだった。