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・競馬史上最も気位の高い三歳馬「ウィスキーボンボン」

 季節は冬真っ盛りの12月下旬。

 結果を出せない未勝利馬だったウィスキーボンボン号は、放牧をせずに厩舎でトレーニングを積む予定だった。


 だが馬主の意向により、急きょ産まれ故郷であるエナガファームに戻ってきて、そこで俺と出会うことになった。

 それはもうじき3歳になるとは思えないほどに大柄な馬体をした、黒光りする青鹿毛の馬だった。


「うむ。うぬが噂の余所者か……」

「おう。そんで俺がお前さんとコンビを組むジョッキーだ」


 シノさんから気位が高いとは聞いていたが、こうして喋ってみるとまったくその通りだった。


「調教師殿から話は聞いている。無名の未勝利馬を栄光に導きながらも、ダービーでの敗北を最期に霧のように姿を消した伝説の男、バーニィ・リトー。ただし、女性はお尻にご用心、とな……」

「んな余計なところまで教えんなよな、あの調教師(おやっさん)さん……」


「うむ……。これは確かに、盛りのついた牡馬のような顔をしている」

「ひでぇな、おい……」


 この平和なエナガファームで育ったというのに、どうしてこんな仰々しい性格に成長したもんかな。

 どう付き合ったものかと観察を続けると、会話が途絶えていた。


 ヤツは俺から目を離さない。ヤツもまた俺を見定めようとしているのだろうか。つくづく変な馬だった……。


「なあ、もしよかったらその背中に乗せちゃくれねぇか?」

「断る」


 それは迷いのゆらぎ一つないキッパリとした返答だった。


「いや、断られたら困るんだが。一応これで、お前さんの専属騎手なんだぞ?」

「我に乗る器かどうか、見抜く前は乗せる気になれぬ」


「じゃあ聞くがよ? 新馬戦でお前さんが背中に乗せたジョッキーたちは、その器だったのか?」

「笑止。あのような下郎、我の背にあたわず」


 コイツ、どんだけ気位が高いんだよ……。

 もし自分の前世は皇帝だとか言い出したら、俺はそれを信じるね。ウィスキーボンボン号は見た目こそ馬だが、知能は人間並みで、その魂は面倒な貴人そのものだ。


「……で、わざと負けたと?」

「いかにも」


「いかにもじゃねーよっ!? タマキさんも調教師さんもシノさんもタルトだってっ、お前さんの活躍をテレビの向こうで待ってるんだろがっ、何やってんだよ、お前っ!?」

「そ……そこを突かれると、さすがに弱いのである……」


 いや気位こそ高いが、コイツもやはりタルトとシノさんの愛情を受けて育った一頭だった。

 俺は見ただけでわかるぞ。この雄大な馬体、内に秘めた闘志は歴代の名馬たちが持つたたずまいだ。


「じゃあこうしよう。昔の相棒を借りてくるからよ、伏馬で勝負しようぜ。人間様を乗せた相棒が勝ったら、俺のことを認めてくれ」

「笑止。騎乗馬が裸馬に勝てるわけがなかろう」


「やってみなきゃわからねぇだろ。じゃ、シノさんに頼み込んでくるわ」


 俺はエナガファーム最大の収入源、種牡馬となったメイシュオニゴロシ号の騎乗を許してもらいに事務所を訪ねた。



 ・



 トラック一周の短い勝負が始まった。俺は種付け1回850万のドル箱となった相棒にまたがり、馬具を付けていないボンボン号と軽く併走した。


「んじゃ始めるぜ」

「うむ。いかに相手が歴戦の鬼であろうとも、年寄りには負けられぬ」

「ボクは鬼なんかじゃないよぉ……」


 併走状態から、ボンボン号が我先にと加速した。

 俺と相棒はそのすぐ後ろを追って最初のコーナーを回ってゆく。


「バーニィ、また一緒に乗れるなんて、夢みたい!」

「俺もだぜ、相棒! もうじき直線だ、若造に年度代表馬の貫禄を見せてやれ!」


「うんっ!」


 現役時代と比べればさすがに衰えていたが、その鋭い差し足はいまだ健在だった。

 コーナーを回り切ると俺たちは大柄なボンボン号と併走する。気迫の眼差しがこちらを睨むが、鬼っ子は年期が違う。ビビるわけが――


「ギロッッ!!」

「こ、怖ぃぃ……」


 いや、怖いなコイツ……。ボンボン号はすくみ上がってやや減速した。


「歳下にビビッてんじゃねーよ、お前っ!?」

「だ、だって……あの子、昔から凄く怖くて、ボクちょっと苦手で……」


「我と併走するとは、さすがよ。だが、老いぼれには負けられぬ、ギロッッ!!」

「あ、あう、あうぅぅ……」


 ヘタレなところはいまだに治ってねぇみてぇだな……。

 しょうがねぇんで気の早い差し切りを諦めて、俺たちは最後のコーナーまで脚を温存した。


 トラックコースは競馬場ほどでかくない。もう一度グルッと回れば最後の直線だ。ウィスキーボンボンの背中を追って加速した。


「ば、バカな?! そんなでかい男を背中に乗せて、なぜ……っ!?」

「これがG1の貫禄だぜ、ボンボン号!」


 直線で俺たちは若造を追い抜いた。

 ボンボン号は併走状態を保とうとしたが、鬼っ子の差し足は天下一だ。突風のようにぶっちぎってやった。


「追いつけぬ、なぜ追いつけぬ!? な……なんという、なんという恐るべきコンビ……!」


 勝負は俺と相棒の圧勝で片が付いた。

 久しぶりに一緒に走ったが、これが楽しくてしょうがねぇ。引退しちまったのがあまりに惜しいくらい、相棒の脚は今だって現役で通用するだけの勢いを持っていた。



 ・



 つい走り足りなくなってトラックをスローテンポでもう一周回ると、青鹿毛の馬体が俺たちを待っていた。

 俺は名残惜しみながらかつての相棒の背を降り、未来の相棒と同じ目線に立った。


「うぬを認めよう……」

「本当か?」


「あんな走りを見せつけられては、うぬを認める他になかろう。うぬが我の背に乗れば、我はもっと速く走れるのだな……?」

「そうだよっ、バーニィは凄いんだ! バーニィがいなかったら、ボクはG1どころか重賞にも勝てなかった! そう思ってるくらいだよ!」


「鬼殿がここまで絶賛するとはな……」

「バーニィをお願い。バーニィ、この子をお願い。ボクの代わりに、この子で今度こそダービーを勝って! ずっと心残りだったんだ、バーニィにダービーを勝たせてあげられなかったことが、ずっと……」


 今日はやけに喋りやがるな……。

 んなことは百もわかってると、俺は鬼っ子の白く美しい馬体を撫でた。あの頃は銀色だった毛色が、加齢によりめっきり白くなってしまっていた。


「うむ、確かに託されたぞ、鬼殿。必ずやこの男に栄光を与えて見せよう。ギロッ!」

「こ、怖いよぉ、バーニィ……」

「おおよしよし……。おい、大先輩を怖がらせんじゃねーよ。俺も38年生きてきたが、お前さんほど目つきの悪い馬は他に見たことがねーぞ……」


 こうして古い世代から新しい世代へとおっさん騎手は託された。

 ボンボン号の気迫も十分だ。放牧が終わるまでにガッツリとこいつを鍛え上げて、ダービーを狙える馬から、ぶっちぎりで勝てる馬へと育て上げるとしよう。


「バーニィ、何やってるの? あっ、その子ってシノさんたちが大事にしてる子じゃないかっ、勝手に乗ったら怒られるぞ!?」


 とまあここで話が締まればよかったのだが、そこにコートを着込んだツィーがやってきた。今日はオフだったはずなので、大方買い物にでも出ていたのだろう。


 こっちの世界はかわいい服が全部安い、最高だと、はしゃぎにはしゃぎまくっていたのがついこの前の話だ。


「許可は取ってあるぜ」

「でも、その子が牝馬とエッチ1回するだけで、850万になるんでしょ……? それって、そこそこいい洋服1700着分だよ? 無茶とかさせちゃダメだよ……」


 今、娘に高いドレスを買いまくってやるバカ親の気持ちが少しわかったわ。

 ツィーのオシャレを眺めるのは俺としても楽しい。今のかわいい姿を死んだバドに見せてやりたいくらいだ。


「レースに勝ったら、それよりもっとかわいいのを買ってやるよ」

「ホントッ?!」


「ま、あっちの世界に戻ったらその服、しばらくラトが着ることになるかもしれねーけどな」

「あははっ、言われてみればそうだね! でもそれはそれできっと楽しいからいいよっ! キャッッ?!」


 ところがそうしていると、何を考えたのやらボンボン号がツィーの背中側に回った。そして何をするかと思えば、その尻に馬の横顔をすり付けた。


「バーニィッ、うちのお尻まだ触ったでしょ!!」

「だとしたらどんだけ手長いんだよ、俺。犯人はソイツだ」


「へっ……!?」

「美しい……。こんなに美しい女は、生まれて初めてだ……。バーニィ、この女に我を紹介してくれ!」


「キャァァーッッ?!」


 一度ならず二度までも、ボンボン号は長い顔をツィーの尻に押し付けた。

 皇帝の風格を感じさせるあの気位は、どこにいってしまったんだ……。


「お前さん……なんか、どっかで見たような性格してんな……」

「羨ましかろう。これぞ、馬の特権よっ!!」


 あれだけ大仰だったボンボン号は、ツィーのまだ若すぎる美貌にデレデレだった。


「わっわっ、しつこいっ、なんかこの馬っ動きやらしいよっ!?」

「うーむ……。こうして端から眺めて見ると、俺のやってきたことって、なんか……。なんか最低だな……」


「えっ、今さら気づいたの? あっ、ちょ、ちょっとっ……も、もうっ、ダメだよっ、そこはお尻だってばぁっ!」

「せ、背中に乗るように言え……。早くしろ、バーニィ……!」

「アホ抜かせ、この色ボケが」


 俺とコイツは、タッグを組むべきして組む運命だったのかもしれない。ツィーの代わりにヤツの背にまたがると、今年のジャパンダービーが早くも見えてきた。


「ツィー、コイツの走りっぷりを見たくねぇか?」

「見たいに決まってるよっ、こんな立派な体格の馬初めて見たし!」


「よしきた、いくぜボンボン号! カッコイイところ見せてやれよっ!」

「御意……」


 馬具を付けない裸馬にしがみついて、俺は新たな相棒と共にトラックコースを1周した。

 好みの女が見守っていたのも相まってか、本気のウィスキーボンボン号はとんでもない速さとパワーを俺たちに魅せつけてくれた。


――――――――

【馬名】ウィスキーボンボン

【基礎】

 スピードB

 スタミナB

 パワー S

 根性  A+

 瞬発力 B

【特性】

 闘志(睨んだ相手を怯ませる)

 不屈(スタミナが切れても走り続ける)

【距離適正】

 1600~2400m

――――――――


 馬育成スキルで能力を確認してみると、これがかなり面白い特性を持っていた。距離適正の方も鬼っ子よりも2400mのジャパンダービーに向いている。

 コイツにまたがって中央競馬に殴り込む日が今から楽しみだった。


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