・再びホッカイドーへ
神の寝言を大まかに言うとこうだった。
あちらの世界の正史で、バカ勇者が破産して首を吊った。このままでは異世界召喚どころではないので、彼が賭けた超大穴ウィスキーボンボン号を勝たせてくれ。
騎士団のアホどもの尻拭いからやっと解放されたかと思ったのによ、今度は別のアホが尻を向けて俺を待っているだなんて、俺は一生誰かの尻を拭って生きなければならない十字架でも背負っているのだろうか。
エスリンちゃんの言うとおり、ホッカイドーではあれから4年が経っていた。
俺と一緒にクラシックを駆け抜けたメイシュオニゴロシ号はその後、3歳牡馬クラシック路線を離れて古馬と張り合う道を選び、見事G1を2連勝して年度代表馬として表彰された。
その後も華々しい競争成績を残し、今では種牡馬としてエナガファームに繋養されている。
そう、シノさんとタルトのエナガファームは4年経っても、潰れてなどいなかった。
・
ホッカイドーに帰ったあの日、俺はこちらの世界では4年ぶりに自宅のチャイムを鳴らした。
「はーいっ、どなたですかー!?」
「俺だよ、俺」
「えっ……そ、その、声……っ」
「ずいぶんと待たせちまったな。おっ、おおっ……!」
玄関が開かれると、そこに赤毛の見目麗しい女性が立っていた。
タルトだ。コーコーセーになったタルトはブレザーを身にまとい、背もぐんと伸びてすっかり女らしくなっちまっていた。
「やっぱりバーニィだっ!! お帰りっ、バーニィ兄ぃっ、お帰りっお帰りっ!!」
「おう、帰ったぜ。でよ、また世話になってもいいかね……?」
「うんっ、当たり前だよっ! アタシたちずっとっ、ずっとバーニィ兄ぃが帰ってくるの待ってたんだからっ!!」
「悪ぃな、あのエスリンちゃんがなかなか声かけてくれなくてよ」
足音に背中を振り返ると、そこにつなぎを身に着けたシノさんが立っていた。何も変わってなかった。シノさんは4年たってもなんでもない様子で、穏やかに笑ってくれた。
「おかえりなさい、バニーさん。夕飯はアスパラのシチューがいいですか?」
「おお、そりゃいいな! シノさんの飯がずっと食いたかったんだよ、俺!」
世の中にはまったく老けない人種がいたりするが、シノさんはそれだな。4年経っても変わらない美貌が嬉しかった。
「バーニィ兄ぃっ、お帰りっ!!」
「お前さんそれ、何回言うんだよ。ただいま」
それとでっかくなったジョシコーセー・タルトが俺に飛びついてくるものだから、危うくシノさんの前で尻を触るところだった。
それはオシリサワリだとまた言われちまうどころか、妹に手を出すなという無言の重圧を受けることになる。
シノさんはやさしい人だが、タルトのことになると人が変わる愛情深い人だ。
「立ち話もなんですから、どうぞ中へー」
「すまん、それなんだが……シノさんたちに紹介したい連中がいるんだ」
「え、1人じゃないの……?」
「それがなんか、巻き込まれちまったみたいでよ? 行くところがねーんだよ、こいつら。……ってことでよ、ラト、ツィー、そろそろ出てこい」
エスリンちゃんめ、アイツわざとやりやがったな……。
いやだが、たとえこれが女神の悪ふざけだとしても、俺たちからしても悪くない。
俺がいないとこの2人を守るやつがいなくなるからな。
だったら一緒にこっちの世界に飛んだ方が俺も心配せずに済んで都合がいい。
どうやらこっちの世界では、俺たちは老けたりしないみたいだしな。
「ど、どうも……ラトとと言います……。ご迷惑でなければ、ボクたちに馬小屋を貸してもらえると……」
「姉のツィーです。こっちは弟!」
ツィーとラトが木陰から姿を現して自己紹介をした。ただな。ラトとしては最後のは困るだろう。
「あら、あらら……あららららー?」
「わっわっ、女装っ子だっ!? ヤバいっ、凄い綺麗っ!!」
両者の服装は入れ替えたまま元に戻してなどいない。
ツィーはすっかりラトの礼服が気に入ってしまったみたいだからな。返してとラトが泣いても、意地悪なお姉ちゃんは弟の服を返さなかった。
「ち、違いますっ! これは、正体を隠すためにしょうがなく……っ、違うんですっ、誤解しないで下さいっ、違うんですよぉぉーっ!!」
「まあ込み入った話はおおいおいな。シノさん、悪いけど前みたいに住み込みで働かせてくれねぇか……?」
「はい、よろこんで♪ 何度も言っちゃいますが、ずっとずっと、バーニィさんを待っていましたよー♪ こうして帰ってきてくれて私も嬉しいです♪」
「お帰りっ、バーニィ兄ぃっ!! あっ、初めまして、あたしはタルト! こっちはお姉ちゃんのシノ。バーニィ兄ぃの家族だよ!!」
ま、そんなわけだ。俺たちは遊牧民の姉妹という予定外の追加戦力を加えて、もう一度、いや今度こそ、ダービー制覇を目指すことになった。
アホ勇者の尻拭いはおまけた。俺たちの目標はただ1つ、今度こそ俺たちはダービーを勝つ!