・騎士団最強のおっさん、闘技大会に姿を現す - 予期せぬ来訪者 -
かくして王都での短い滞在生活を過ごすと、予選が終わり本選が始まった。今グランプリの目玉は、4年間の沈黙の時を経て現れた第37回武術グランプリチャンプのバーニィ・リトーだ。
この格好の客寄せパンダを大会主催者が利用しないわけもなく、俺が予選パスのシード選手なのをいいことに、グランプリの第一試合へとねじ込んできた。
相手は憲兵隊最強と名高き男エリックとやらだ。ちなみに賭けのオッズは俺がぶっちぎりの1.1倍だった。
「はぁ……なんか競馬場が恋しくなってくんな。ああ、しゅわしゅわでキンキンの地ビールが飲みてぇ……」
控え室でぼやくと、わかる俺もビールが飲みたいと数人がうなづいてくれた。
闘技場の方で実況役が大声を張り上げているので、もうそろそろで出番だろう。
「チャンプ、御武運を」
「ありがとよ」
やがて係りの者が道を開けて、薄暗い控え室とは対照的に明るくまぶしい舞台へと腕を差し出した。
俺は確かめるように義父リトーのくれた剣にそっとふれてから、円形闘技場の花舞台へと歩き出した。
こんないい歳したおっさんだっていうのに、俺が現れると会場が大きく湧いて、言葉にならない女の金切り声まで行き交った。
ホッカイドーの競馬場はもっともっとお上品だったな。こっちは良くも悪くも野蛮で、人間の感情がむき出した。
「がんばれよーっ、バーニィ! 約束通りお前に賭けたからなー!!」
「バーニィッ、4年前のあの戦いっぷりを見せてくれ!!」
「負けたら今度こそ、刺身にしますからねっ!!」
大歓声の下、なんか怖いセリフが聞こえたような……ま、気のせいだろ。あの給仕ちゃんが俺に賭けるわけねぇしな。
そうそう、試合中はラトとツィーを守りようがないので、そこは状況を逆手に取ることにした。元チャンプの肩書きを使って、VIP席にラトとツィーをご招待してやったんだ。
もちろん、ツィーとラトの衣装はとっかえたままでな。
「バーニィ・リトー、ついに会えたな……」
「おう……?」
対戦相手のエリックは、なんかこう面白味のない相手だった。
どこにでもいる兵士の支給装備をまとっていて、盾を持たずに片手剣を腰に吊るしている。面識はないはずだった。
「バーニィ・リトー、不敗のチャンプ……」
「いんや、俺はんな大層なもんじゃねぇよ」
「しかしその本性は、都の治安を乱す過去最低のスケベオヤジッ!! チャンプの肩書きをお尻触り放題の恩赦だと勘違いしたアホを、ついに倒す日がきた!! 覚悟しろ、バーニィッ、公序良俗のために、貴様を倒す!!」
まだ試合開始には気が早いってのに、エリックは剣を横に構えて俺を睨んだ。
「僕、あの人を応援しようかな……」
「ダメだよっ、ちゃんとバーニィさんを応援しようよっ!?」
「でもさー、これってバーニィの方が悪者じゃん……」
「そ、そうだけど……あれは、挨拶みたいなものだって……」
「それセクハラ男の言い訳だから」
「ええっ、そうだったの……?」
VIP席の方からラトとツィーの声が聞こえたような気がする。
円形闘技場には女性からのブーイングや、それとは正反対の嬌声、男たちの笑い声や同意に応援が俺に向けられた。
「ぐうの音もでねぇ正論だが……勝ってから偉そうにしな、若いの」
「望むところだ、この性犯罪者!!」
「ただ尻触っただけだろ……」
「十分だ、このアホオヤジッ!!」
以上、偉そうなエリックだったが――
「はい、お疲れさん」
「バ……バカ、な……」
試合開始の合図とともに片手剣を受け流されて、鼻先に長剣を突きつけられていた。
なんで負けたのかわからない。そういう顔でこちらを見ている。
「どうする、まだ続けるか?」
「降参だ。だが覚えておけ、次はこうはいかないぞ!」
「ははは、俺ぁ男との約束は覚えておかない主義だ」
「くっ、なんて男だ……」
ジャッジが勝者の名を上げるのを待ってから、俺は控え室へと引き返した。あまりに味気ない勝負に、会場の盛り上がりの方はいまいちだった。
そんわけでそのすぐ後、もっと盛り上げろと闘技場の支配人に呼び出されて、長い小言をたれ流されたのはあえて語るまでもないことだろう。
・
こうして俺は4年前のチャンプにして女性の敵として、ほどほどに試合を盛り上げながら勝ち上がっていった。
この大会はバカでかいトーナメント表を3日がけで消化してゆく。なのでその仕組み上、後半になればなるほどに1日あたりの試合数が増える。
特に3日目は体力が必要とされる持久戦になる。運が悪ければ強敵ばかりに当たって激しく消耗することになるので、こちらの実力が一歩抜けていようとまだまだ油断は出来なかった。
・
ところが大会2日目の試合を勝ち抜いたその夕方、俺たちの前に招かれざる客が現れた。
明日こそ本番、明日こそが戦いに戦いが続く持久戦だ。だがソイツは、思えばあのときだって俺の都合を無視して現れやがった。
「ちょっと待ておい、まさかお前……」
それが今回に限って気を使ってくれるはずもなく、彼女はそのでっけぇ胸を誇らしげに張ってこう言った。
「迎えにきたぞ、バーニィ。さあ今度こそ、ジャパンダービーに勝ってもらおうかの」
そう、それはあのふわふわの巻き毛のエスリンちゃんだった。
「バーニィ、今度はこの人のお尻触ったのっ!?」
「んなわけねーだろっ!」
喋り疲れたのでそろそろ寝ようかと、宿の食堂から自分たちの部屋に戻ってきたら、そこにエスリンちゃんが立っていた。
「マグダ族の少女ツィーよ、12時間ほど彼を借りてゆくぞ」
「へ……っ?」
「あの、バーニィさん……この方はどなたですか……?」
その質問に素直に答えたところで信じてはもらえないだろうな。
俺はこんな夜中に現れやがった世間知らずの女神ちゃんに、渋い顔とため息をくれてやった。
「ラトや、立場上えこひいきは出来ないのじゃがのぅ、そなたのことは影ながら応援しておったぞ。これからもがんばるといい。では、バーニィ、行くとしようか」
「……試合の後じゃダメか?」
「うむ、知っておるぞ、明日勝ち上がれば優勝じゃな。しかし初戦はよかったが、以降のあの舐めたプレイはなんじゃ? あれでは相手に失礼じゃろう。ぁっ……、ぅっ……」
女神様は説教を始めたかと思えば、目が合うと急にそっぽを向いて何かをごまかした。
なんだ、この反応……? 今までこういうのはなかったよな……?
「と、とにかくじゃっ! こちらの世界の12時間で返すと約束する! さあバーニィ・リトーよ、喜べっ、そなたにもう一度、ジャパンダービーに挑むチャンスをくれてやろう!」
「よくわかんないけどっ、それじゃバーニィが寝る時間ないじゃんっ!」
いやそこは問題ねぇ。たっぷり寝た後にこちらへと戻ればいい。むしろ2日連続で戦ってきた疲労をリセット出来るので、俺に損は1つもない。
……本当にこちらの12時間で戻れないと、不戦敗になっちまうがな。
「いいぞ、その話乗った」
「えっーー!? で、でもバーニィ試合はっ!? まさか寝ないで戦うつもりっ!?」
「そこは問題ねぇんだ。それによ、あの虎クターを運んでくれたのもコイツなんだぜ。協力すればでかい見返りがある。そうだな?」
「もちろん。ダービーに勝てば前回の3倍の量を持ち帰ることを許そう」
おおっ、つまりハイパードゥライも3倍、6年分は確保出来るってことだな!
いや逆に考えろ、アレこそが富だ! アレさえあれば世界中の飲兵衛が俺にひれ伏すだろう!
何よりシノさんとタルトとも1度会える。ジャパンダービーに勝つチャンスももらえるときたら、この誘いを断る理由はねぇ!
「よし決まりだ、連れて行ってくれ。あのまま終わりなんて俺だって納得いかねぇ、今度こそ俺が勝ってやるよ!」
「そうかそうかっ、そう言うと思ったぞっ、ふふふっ♪ それでこそわらわのバーニィ・リトーじゃ! あ、いや、変な意味ではないのじゃぞ……!?」
「あ。ところでなんだが、こう……聞くのがなんか怖いんだけどよ……? なぁ、向こうでは、あれから何年が経った……?」
「10年以上じゃな。じゃが安心しろ、時を遡った4年後の世界にそなたを運んでやろう」
「4年後か……。となると、タルトはもうコーコーセーってやつか?」
「うむ、受験で最も大変な頃じゃな……」
ラトとツィーは話がよくわからないと、俺たちの様子を怪訝そうにうかがっていた。
俺も最初はそうだった。神様がここではない別の世界に人間を転移させるなど、誰に想像できる。
「そんな顔すんな、心配はいらねぇよ。説明しても理解が追い付かないだろうが、こちらは女神エスリン、見ての通りおっぱいのでっけぇふわふわ頭ちゃんだ」
「どういう説明の仕方じゃっ! そなたはもっとわらわを敬えっ!」
特徴は押さえていると思うぞ。
というより、具体的に説明してもこっちの世界の人間にはわからん。俺がそうだったからな。
「神様なんですか……?」
「うむ、そなたの秘密も知っておるぞ。そなたは男じゃ、男なのに女装にハマりつつあるようじゃなぁ……くふふ♪」
「止めてやれよ……」
尻を撫でたら止まるかなと手を伸ばすと、エスリンちゃんは柄にもなくビックリと跳ね上がって逃げた。
「仮に本当に神様だとしてさ……なんでバーニィは神様のお尻をさも当然と触ろうとするのっ!?」
「そこに良い尻があるからだろ」
「う、うむ……。わらわの美貌からすれば致し方あるまい……」
「えーー……この人、本当に神様なの……?」
そこはなんだっていい。ハイパードゥライとダービーとホッカイドーの飯は、この女神様の導きの彼方にある。
「とにかく行くなら1秒でも惜しい、行くならさっさと行くとしようぜ、エスリンちゃん」
「うむ、任せよ。必ずそなたをエナガファームに導こう」
かくして女神様との取引が成立した。
俺は彼女がもたらす眠気を誘う不思議な術により、ここではない別世界、ホッカイドーへと転移していた。