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・騎士団最強のおっさん、闘技大会に姿を現す - 大いなるツケ -

 よかった、目当ての宿屋はまだ潰れていなかった。

 軒先までやってくると、従業員が入り口で呼び込みをしていたのでしばらくここに泊まりたいと話を付けた。


 馬たちを宿の厩舎に送り、あてがわれた客室に荷物を置くと、双子を連れて1階の食堂へと下りた。


「お前ら先に夕飯食ってろ。俺は闘技場までひとっ走りしてくる」

「じゃあ、うちらも食べないで待ってるよ」


「いや先に食え。これでも一応チャンプだからな、お偉いさんに掴まったら飲みに誘われるかもわからん」

「ふーん……」

「外壁では凄い人気でしたよね、バーニィさん」


「俺はただグランプリで勝っただけだ。本当に凄いのは、闘技大会って娯楽を作り出した先人の方だと思うぜ」

「じゃ先食べてるね。いってらっしゃい」

「気を付けてね、バーニィさん……」


 ドレスの美しいご令嬢と、いかにもモテそうな貴公子様の頭をわざと乱暴に撫でて、突っぱねられて、俺は昔の記憶を頼りに闘技場へと駆けていった。



 ・



 最初はちょいと迷ったが、何せでかいので建物を見つけてしまえば後は迷いようがない。

 円形闘技場と呼ばれるその古風な建物は、ここ一帯が古の大帝国の一部だった頃に築かれたものだそうだ。


 その昔は猛獣と奴隷兵が戦う競技もあったと、まことしやかに言われている。なぜそれが廃れたかといえば、今の時代は捕虜を味方に引き入れて軍を増強した方が好都合だからだろう。


 俺は闘技場の内部に入ると、そこにある天井の高い荘厳なエントランスを進み、受付と記されたブースの前に立った。


「よう、まだやってるかい? 今年の闘技大会に参加したいんだが」

「はい、それなら明日まで――はっ、そ、その顔は……っ!?」


 受付のお姉ちゃんは鮮やかな緑の髪が綺麗なべっぴんさんだった。

 それが城壁の兵士たちみたいに俺を指さし、4年ぶりに現れたチャンプにぶったまげていた。


「へへへ、あれからだいぶ経っちまったっていうのに、まだ俺を覚えていてくれるなんて嬉しいぜ。それもこんな美人が――」

「その顔は4年前に私のお尻を触ったスケベオヤジッ!! ここで会ったが百年目っ、今こそ憲兵隊に突き出してあげます!!」


 はて……。もう4年も前のことを言われても、こっちは何も覚えちゃいないぞ……。


「んなこと、あったっけか……?」

「はぁっ、なんで忘れてるのっ!?」


 受付のべっぴんさんはどえらい剣幕で怒り散らしている。だが覚えがない。


「なんでって言われてもな……」


 なんでと言われても、お前は4年前に尻を触った相手の顔を覚えているか?


 むしろ触れずじまいで別れた女神エスリンちゃんの尻の方が、俺はハッキリクッキリと覚えている。なぜ俺はあの尻を触らずに、神々の園を去ってしまったのだ……。


「自分のお尻触ったセクハラオヤジがグランプリの優勝者になるだなんてっ、こっちは一生忘れられないどうでもいい思い出を抱えて生きてきたのにっ!! 酷いっ、酷すぎるっ!!」

「あー、4年前の俺がすまんな……」


「キィィーッッ、他人事みたいな言い方するなぁぁーっっ!!」

「しかし覚えてねぇのに謝っても誠意がねぇだろ。ん、んん……? そのでけぇ尻……そういえば、触ったような気がが――ウガハァッッ?!!」


 スケベオヤジは分厚いバインダーで本気の殴打をぶち込まれた。

 自業自得だって? 俺もわかっちゃいるよ。だが止められねえ、止める気もねぇ。俺は一生オシリサワリとして生きる所存だ。


「ぜぇっ、ぜぇっ……こんなに怒りが収まらないのは4年ぶりですよっ! よくもおめおめと私の前に顔を出せたものですねっっ!!」

「抗議はわかったから先に仕事してくれねーか?」


「ふんっ! チャンプなら予選はパスです。はい、よかったですねー、女性の敵のくせにぃー……」

「おい、いくらなんでも尻触っただけで酷ぇぞ……」


「酷いのはバーニィ・リトーッ、あなたの頭ですっ!! さっさとこれにサインして出てって!!」

「お、おう……。そういや昔も、分厚いそれでぶん殴られた気がしてきたわ」


 こうして俺は闘技大会の参加申請を済ませると、4年前にデケェケツを触ったツケを物理的に支払わされた。

 それから暗くなった街に少し迷いながら、どうにか元の宿屋に戻ってきた頃には夜だった。



 ・



「あれ、思ったより早いね? チャンプになったのもしかして忘れられてた?」

「いや、覚えてはいてくれたんだが、ちょいと色々な……」


 二人がかけるテーブル席を見れば、空っぽの皿が並んでいる。お行儀よくもシチューまで綺麗にペロリだ。

 ……これ、パンを使ったんだよな? まさか舌でペロペロ舐めちゃいねぇよな、お前ら?


「ごめん、バーニィさん。ボクたちもう先に食べちゃった……」

「だったらデザートおごってやるよ。食い終わるまでおっさんに付き合ってくれ」

「しょうがないなぁ。で、何があったの? なんかちょっと顔赤いよ?」


「うーん……それがよ、4年前の俺が闘技場の受付嬢によ、おいたしていたみてぇでよ……?」

「それ、バーニィの自業自得だよっ!」

「そ、そうですよ……。人のお尻、勝手に触るの、よくないと思います……」


 正論だな。これにわざわざ反論する気はない。

 良い尻が目の前にあったら隙あらば触る。それが俺の生き方だ。……ロッコの妹みたいに喜ぶ子もいるしな、へへへ……。


「おーい、そこの姉さん! ホッケの干物と白パンにビール、あとは適当に見繕ってくれや! ん……?」


 ところがこれはどうしたことか、給仕のお姉さんが険しい顔して俺の前に仁王立ちした。

 俺、店を怒らせるような注文でもしたか?


「よくも顔を出せたものよねっ、バーニィ・リトー! 4年前に私のお尻を触りまくった変態男!! アンタなんて泥水とニシンのはらわた十分よっ!!」

「すまん、覚えてねぇわ……。けど、尻だけならセーフだろ?」


 そう答えると、給仕ちゃんの背中からぬらりと刺身包丁が現れた。

 気弱なラトは小さな悲鳴を上げて、イスから転げ落ち掛けるのを支えてやった。


「フ、フフフ……素直にごめんなさいって言ってくれたら……カルパッチョになんてされなかったのに……」

「や、止めろよ……? さすがに刺身包丁はまずいだろ、お、おい……っ!? う、うおおおおおーっっ?!!」


 おっさんは包丁の乱舞を剣で受け止めた。

 宿は商人が主と思いきや、闘技大会出場者もちらほらといたようで、もっとやれ嬢ちゃんと盛り上がっていった。


「最低……」

「バーニィさん、どれだけ行く先々で人のお尻触ってるんだろ……」


 それは俺にもわからん。いちいち覚えていないからだ。半ば無意識でやっているときさえある。


「悪かったっ、悪かったからもう勘弁してくれよっ!?」

「懺悔は地獄でなさいっ、この変態オヤジッッ!!」


 いくら謝罪しても給仕ちゃんの怒りは燃え上がるばかりだった。

 そういえば4年目――気弱で尻を触りやすい子がここで働いていたので、つい反応がかわいくてその、日常的にがんばっちまったような気もしてきたな……。


「突き! 突き突き突き突きィィッッ!」

「捨て身で殺しにくんのは反則だろっ、うおぁぁっっ?!!」


 俺の飯と双子のデザートにするつもりだったリンゴとオレンジの盛り合わせは、さらに色々とあってこの30分後に届くことになったのだった。


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