・騎士団最強のおっさん、闘技大会に姿を現す - 王都バルドル -
王都行きのルートは大きく分けて2本ある。
1つは南部の平野を経由した回り道、そしてもう1つが今回採用した北部の峠を越える山道だ。
どちらも一長一短だが、急ぐならば断然北回りだ。
勾配の険しいルートだけ馬を下り、それ以外を彼らの恵まれた脚力に頼れば、出立してたった3日で王都の外壁まで到達していた。
「わぁぁぁ……っ。近くで見るともっと凄い……」
「ええっ、いくらなんでも大きすぎない……? こんなのが都をグルッて囲んでるの!?」
外の世界を知らなかった双子は、彼方にそびえる巨大な外壁にすっかり心を奪われてしまっていた。
それは辺境で見られるような粗末な土壁ではなく、切り出された石材を使った緻密で堅固な防壁だ。
近付くにつれそれは視界にすら収まらなくなり、双子は圧するように天高くそびえる姿を見上げてろくすっぽ前を見なくなっていた。
「気持ちはわかるぜ、俺も若い頃はぶったまげた。ほら、よそ見してっと危ねぇぞ」
「あっ、う、うん……」
「ヤバい、わがまま言って付いてきてよかったかも……」
この防壁は今も増改築が続けられている。本来ならばカウロスとの国境にこういうのを築きたいところだが、これはこれで都に必要なものだ。
戦乱の世ではいつ誰が国を裏切り、この王都バルドルを包囲するかわかったものではないからだ。
この巨大な外壁は建前はどうあれ実際のところでは、国外勢力に対抗するために作られたのではなく、謀反の抑止力として、どうしてもこの国になくてはならないものだった。
「わっわっ……!?」
「凄っ、何ここ……」
馬を引いて立派な外壁を抜けると、その先にはひしめくようにたたずむ市街が広がっている。
都市を十字に刻む大通りは広く道幅がとられ、辺りには見渡す限りの人々や馬車が行き交っている。
そんな光景にあっけに取られて立ち止まりかけた双子を引っ張って、俺は往来の少ない外壁沿いへと誘導した。
このまま進んでも、おのぼりさん丸出しで危なっかしいからな……。
「わぁぁ、おっきいお城……。王様って、あんなところで暮らしてるんですね……」
「こんなに人がいっぱいのところで暮らして、ここ人たち息苦しくならないのかな……?」
連れてきてよかったと、俺はここまでがんばってくれたマルスとラーナを労いながら双子を盗み見た。
上手くは言えないが、自分たちの暮らしている世界を何も知らずに辺境で一生を終えるよりも、一度くらいは外の世界を知って欲しいと思う。
「なあ兵隊さん、暇ならちょっといいか?」
「……ん、その姿、騎士か?」
外壁の上に暇そうにしている見張りがいた。
声をかけると身を乗り出してこちらを見下ろして、隣のやつまでそれに加わった。
「おう、一応な。で、今年のグランプリはまだ参加者募集してるかね?」
「闘技大会の参加希望者か? ん……その顔、どこかで見たような……」
「へぇ、どっかのお尋ね者にでも似てたか?」
「バーニィ……わざわざそんな疑われる言い方しなくてもいいでしょ……」
「ど、どうも、ボク――あ、いや、わ、私はララです……」
ここではいちいち人に名を名乗らなくてもいいぞと、後で教えてやらないとな……。
ところがマジでお尋ね者にでもなっていたのか、片方の驚いた様子で俺を指さした。
「あっ、お前っ、まさかバーニィ・リトーかっ!? お前だいぶ前のチャンプじゃねーかよっ!?」
「何っ、チャンプだってっ!?」
「バーニィって言ったら騎士団最強と名高いアレだろ!」
もう4年も昔のことを覚えているやつがいるとはな……。
仕事があるだろうに外壁の兵士たちが次々と集まって、それが往来の連中の好奇心に変わった。
「おいおい、お前のせいでバレちまったじゃねーか、ラト」
「ぇ……ぁ……」
自分が呼ばれたと勘違いして、ララお嬢様がごまかすようにうつむいた。
「ご、ごめん……つい……。でもっ、こんなくたびれたおじさんが有名人だなんてっ、普通思わないし!」
「俺も忘れられてると思ってたんだけどな……。それとくたびれたは一言余計だ」
王都の娯楽と言ったら闘技大会だ。安全な都で暮らす彼らはスリルを求めて闘技場に集まり、そこで大半が金を賭ける。
そんなわけでグランプリの勝者ともなれば、その名声は貴族すらも凌駕するとも言われている。
俺にはあまりアイドル性がなかったんで、人気は今一つだったけどな。
「俺、お前のファンだったんだよ。期待してるぜ、バーニィ!」
「おいおい、顔忘れてたくせによく言うぜ! ま、盛り上げてやるから見にきてくれよ!」
「おうっ、がんばれよバーニィ! 今回はお前に一点張りだ!」
「俺もお前に賭けるよ、ここで会ったのも神様の縁だ! 負けんじゃねーぞ、元チャンプ!」
「ははは、こりゃ損させねぇようにがんばらねぇとな。……んじゃ、俺たちはそろそろ行くぜ」
もう少し休みたいところだが、これ以上は兵隊さんに迷惑だ。
ベタベタと元チャンプに触れようとする連中をかき分けて、俺たちは往来の激しいその辺りから離れた。
王都バルドルの出入り口は東西南北に1つずつだけだ。そこを離れれば往来の人口密度が大きく減ってゆく。
やげてようやく休めそうな寂れた街角を見つけると、俺たちは石造りの地面に腰を下ろした。
厩舎付きの宿となると、昔世話になったところがいいだろう。とはいえ王都は競争が激しいので、行ったはいいが潰れていなければいいんだがな……。
「まずは宿屋だな。馬の面倒見がいいところがあるからそこに行こう」
「えー、まだ歩くの? 馬に乗っちゃダメ……?」
「ダメってわけじゃねーが、街角から子供やジジババが飛び出してきて、馬で足蹴り入れてたとかよく聞くぞ」
「ええっ、それはヤダだけど……。ぅ、ぅぅー……王都って狭苦しいなぁ……」
「すぐに慣れるって。落ち着いたらあちこち連れ回してやるよ」
俺たちはもう少しだけ足を休ませてから裏路地へと抜けて、主に交易商人たちが集まる宿屋街へと進んだ。