・リトー騎士領 - 人を狂わせる魔性の輝き - 2/2
「だったらもっと強ぇやつを頼ればいい」
「え、それって……。バーニィさんのこと……?」
「バカ言え、俺個人が騎士団より強ええわけねーだろ。騎士団を束ねる辺境伯の、そのまた上の存在に庇護してもらえばいい」
「えっと……辺境伯様より偉い人って――えっ、それって、まさか国王陛下のことですかっ!?」
ロッコも既に同じプランを考えついていたようだ。というよりも他にない。王以外の勢力を頼れば、野心家どもによる奪い合いが始まってしまう。
「ええ、それならばエルスタン団長や辺境伯も文句を言えないでしょう。ただどうやって陛下へと渡りを付けるかが、難題になります」
「俺らの身分じゃ、国王への謁見は難しいな」
「かといって、国内の有力貴族を頼るのも不安です。誰だってダイヤモンド鉱山の利権が欲しいでしょう。エルスタンがそうであるように、位が高ければ高いほどに野心をむき出しにするはずです」
平和な時代ならまだしも、今は誰が裏切るもかかわからない乱世だ。そこにダイヤモンドの魔性が加われば、誰かに話を漏らすこと自体が巨大なリスクだ。
「だったらどうするよ?」
「こういった事件は先輩の得意分野でしょう」
「そう言われたってな……。こっちが大きく動けば、エルスタンだって動くぞ? 後ろで糸引いてるのは、もっとヤバい兄貴の辺境伯かもしれん。エルスタンはアホだが、あっちは油断ならん」
「あの方は野心家ですからね」
そういえばあの辺境伯、俺がマグダ族の里に行くと行ったら引っかかる態度を見せていたな……。
「あの……だったら……」
「お、何か思い付いたか?」
俺たちが両手を組んで面白くもなんともない顔をしていると、小さく控えめにラトが手を上げた。ラトには悪いが、挙動がいちいちかわいらしかった。
「あの……ボクから言うのはちょっと、他力本願なのですけど……」
「ガキがんなこと気にすんな、言ってみろ」
「はい……。ボク、たまたま思い出したんですけど……今ちょうど、王都の武術大会が――」
「それだ!!」
年に1度、王都では武術大会のグランプリが行われる。
これは国王主催のもので、優勝者には賞金のみならず、国王との謁見が許される。その際に王が優勝者の願いを叶えるというのが、あの大会の慣例だった。
「いい考えです。何せバーニィ先輩は4年前の大会の覇者。これならばエルスタンの息のかかった連中も、先輩を国王陛下から遠ざけることは出来ないでしょう。一見は騎士団を首になった騎士が、再起を求めて大会に参加したように見えるのもいいですね」
今日までは騎士団からの命令で参加を見合わせていたが、今はもう義理を果たす理由もない。
やることはホッカイドーでやってきたことと同じだ。己の全てを出し尽くして、ただ勝負に勝てばいい。
「そうと決まれば帰るぞ、ラト」
「待って下さい、先輩」
「悪いが急いでる。日時が例年通りならば、ゆっくりしてたら間に合わねぇ」
「いえ、私も行きます。先輩が王都に行っている間、私が先輩の領地を守りましょう」
俺が知る限り最も高潔な騎士ロッコは、それがさも当然のことだと胸を張り、揺るがない真っ直ぐなまなざしをこちらに向けた。
「そりゃ助かるが……。てか、俺のじゃなくてあそこはラトの土地だ」
「いえ、国王陛下にも大義名分が必要です。先輩が治めるリトー騎士領という建前が必要でしょう」
「その建前ならついこの前使ったばかりだな。……ラト、国王にこの話を直訴するってことはよ、あの草原を――」
「ボクたちはそれでかまいません。どうせバーニィさんが助けてくれなかったら、いずれ町への定住を強いられていたはずですから……。ボクたちは、リトー騎士領の民になりたいです」
シノさんとタルトに、ダイヤモンドを土産を持って行ったら喜ぶだろうな。
女はああいうのに目がねぇからな、いっそ指輪にして持って行くのもいいかもしれん。
「おう、だったらドーンッと俺に任せとけ! ありがとよ、ロッコ。将来ダイヤモンド鉱山が軌道に乗ったら、たんまりお礼するぜ」
「いらないと言いたいですが私も領主。期待していますよ、バーニィ先輩」
こうして俺たちは進路を反転させて、マグダ族の定住地を中継地点にした王都への旅に出た。
気が早いとロッコには笑われてしまったが、無性にワクワクしてきやがる。
グランプリといえば王都を挙げてのお祭りだ。競馬場とはまた違ったあの興奮の舞台に立つ日が、俺は今から楽しみで楽しみでならなかった。
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「だったらうちも一緒に行く! ラトはそのままの格好でいいよ、影武者はうちがやるからっ!」
「え……。え、えっ、えええええーーーーっっ?! ボクッ、ずっとこのままの格好なのっ!? 困るよそんなのっ!!」
「ラトくん……心中お察しします……」
マグダ族の定住地に寄り、口が堅い連中に事情を伝えると、ロッコと入れ替えでツィーが旅に加わることになった。影武者をやってくれるそうだ。
いざとなればツィーの方が立ち回れるので、賢明な配役ではあるが、まあ8割方は王都について行きたいだけだろう。
とはいえラトが暗殺されることになれば、俺たちの計画に大きな狂いが生じる。
現族長であるラトがいなければこの計画は成り立たない。
双子の姉による影武者は、スカートがスースーして気が気じゃないラトには悪いが、必要不可欠だった。
ってことで俺たちは一路西へ向かった。
王都行きの街道は進めば進むほどに賑わいが増してゆく。
だが急ぎの旅だ。観光を楽しむゆとりはあまりない。俺たちはそれぞれの馬を急かしながら街道を進んでいった。
「お尻触ったら殺すから!」
「触るわけねーだろ、そんな青くて硬い尻。せめてもう4、5年――」
「触ったじゃないか!!」
「だからラトと間違えただけだって言っただろ。んなに言うと、本気で触っちまうぞ……?」
「変態!! ドスケベッ、エロ親父!!」
「ラトはそんな言葉使いしねーよ。影武者に志願したなら少しはおとなしくしてろ」
普段、馬を巧みに乗りこなす方がツィーで、大人しい方がラトだ。よってその配役を交換するとなると、草原馬のラーナの背にまたがるのはラトお嬢様の方になった。
ツィーは男に胸をくっつくのがよっぽど嫌なのか、横乗りになって俺の腰に片腕を回している。
ラトを背中に載せて走るのは弟の面倒を見ているかのように楽しいものだが、ツィーはツィーでこういうのに慣れていないのか、いちいちウブな反応がかわいいもんだった。
「はぁ、おじさん臭い……」
「おい、そういうのはマジで傷つくから止めろ……。若いやつに臭いって言われると、こっちはジワジワくんだからな……」
俺たちは街道を進みながら、街を目指す農民を見つけては食べ物を買い取って、日が落ちるまで進み続けた。
王都まで行けば港がある。海魚の料理が食べられる。
ホッカイドーほどでかくはないが、あの塩辛いホッケの干物を炭酸不足のビールで流し込める。
「ねぇバーニィッ、なんか退屈だし王都の話もっとしてよ!」
「あ、ボクも聞きたいです……」
王都が楽しみだ。今日までろくすっぽ外の世界を知らなかった姉弟に、俺はたくさんの話をしてやった。




