・リトー騎士領 - 人を狂わせる魔性の輝き - 1/2
ロッコの屋敷に一泊して、昼過ぎになるとその主が戻ってきた。
応接間ではなく書斎に俺たちを呼んで使用人に人払いを命じたのは、何かでかいものを掴んできたからだろう。
「キャッッ?!」
そんな中、ラトが緊張した面持ちですっかり硬くなってしまっていたので、冗談で尻を撫でたら悲鳴が上がっていた。
「すまん、ツィーと間違えた」
「や、止めて下さい……。こ、この格好でそういうことされると、沼にはまっちゃいそうに……っっ。な、なんでもないです……」
ロッコは俺を慕ってくれるが、下品なのは好まない。厳しい目でこちらを睨んでいた。
「バーニィ先輩、止めて下さい。ラトくんがあまりに可哀想です」
「お、おう……。見た目がこれだから、つい普段の癖でな……」
「そういうところだけは尊敬できません……」
「ボ、ボクは気にしてませんから……。そんなに、嫌じゃないですし……」
内偵の報告を聞くはずが妙な雲行きになってきた。
ロッコは見るからに不機嫌だ。今も疑うような目で俺を見ている。
「あの、報告の前にどうでもいいことを聞きますが……。まさかうちの妹たちのお尻、触らなかったでしょうね……?」
なんだそんなことか。
「さあな」
「なんで否定してくれないんですかっ! 一言いいえと答えるだけのことでしょうっ!?」
何かを知っているのか、ラトのやつがあたふたとしている。その肩を軽く叩いて落ち着かせた。
「すまん。それで何を掴んできた?」
「先輩……。私は先輩を信じていますからね……?」
「仕事の話をしてくれ。結局どうだったんだよ?」
「なんではぐらかすんですか……」
そりゃ、正直に答えたらお前怒るだろ。嘘ついたら嘘ついたで怒るだろ。
そうさ、触ったさ。姉の方なんて面白半分で誘ってくるくらいだ。なら尻くらい触ったってバチは当たらねぇ。
「で?」
「……ご存じですか? バーニィ先輩の追放以降、騎士団ではエルスタン団長への不信感が広がっていることに」
「そういうのは草原には届いてこないな」
「父系や母系に平民の血を引く騎士は多いですから、明日は我が身と、不安に思うものは少なくありません」
「ふーん……。ってことは、そいつらが今回協力してくれたってことか?」
「ご名答です。たまたまエルスタンに近い者の中に、そういった境遇の方がいましたので探ってもらったところ――非常にまずいことが判明しました」
「ぇ……。まずいって、どういうことですか……?」
ロッコの顔付きからして、よっぽどヤバいネタを掘り当てちまったらしい。
俺は不安にうつむくラトを勇気づけて、前を向けと胸を張らせる。なぜかラトは胸を触れてビクンと震えていたが、今はふざけている場合ではない。
「コイツは小心者なんだ、あんまり脅かさないでやってくれ。で、何が出た?」
「ダイヤモンドです」
「えっ、ダイヤモンドって……あの宝石の、ダイヤモンドのことですか……?」
俺は自分の頬から、余裕の微笑みが消えてゆくのを感じた。
最も硬く、最もまばゆく輝くその石ころは、黄金を超える莫大な価値を持つ。
「マグダ族を押し込めたあの土地の山間には、ダイヤモンドが眠っているそうです」
「だからボクたちから、土地を奪い取ろうとしたんですか……?」
「そんなところでしょう。ラト族長、心中お察しいたします」
確かにこれはまずい。そうなると騎士団どころか、ありとあらゆる勢力にマグダ族はつけ狙われることになる。
「ロッコ、この話――」
「わかっています。誰かに言えるわけがないでしょう。埋蔵量にもよりますが、領有権の奪い合いで、内紛や戦争になるのは見えています……」
領地を守るには兵隊が必要だ。兵隊を維持するには金が必要だ。つまりダイヤモンド鉱山が手に入れば、埋蔵量によっては下克上すら叶う。
戦乱の時代において、金になる資源には常に死臭がつきまとっている。
「だったらボク、騎士団長の方と取引をします……。戦争になったらボクたち食べていけません……」
「まあ待て、それは早計だ。騎士団に従属したところで、奪い合いはいずれ起きる」
「ええ、残念ですが……ダイヤモンドが市場に流通すれば出所を探られるでしょう」
「そんな……。だったら、ボクたちはどうしたら……」
それをお前さんが考えるにはまだ早い。こういう時だからこそ、族長代理である俺を頼るべきだ。
俺はソファーの隣で落ち込むラトの肩に手を置いて、注目を集めるのもかねて冷めかけの紅茶を一気飲みした。