・リトー騎士領 - 蛮族国カウロスとハクゲキ砲 -
領境の切り立った高台までやってくると、ちょうどカウロス兵が国境の柵を乗り越えて、ロッコの領地に侵入しようとしていた。
やつらは何をするわけでもなく大盾を構えて前進し、ただ人の領地を踏み荒らす。
それに対してだいぶ遅れてこちらの警備隊が迎撃を試みた。だがその動きを見るなり敵はカウロス領に撤退してゆき、別の国境線へと移動する。
しばらくじっくりと相手のやり口を観察してみたが、やってることはその繰り返しだった。
「こりゃ、見ているだけでイラッとしてくんな……」
まるでモグラ叩きだ。こちらの世界の誰にも通じない言葉を、俺は心の中でつぶやいた。
あれ、楽しかったな……。ワニのやつも好きだった。
おっさんが夢中になってモグラやワニを叩く姿に、タルトのやつがおかしそうに笑っていたっけ……。
「だったらどうにかして下さいよ、騎士様」
分隊長を名乗るその男は、ヒゲナシと仲間に呼ばれている。その名の通り、ツルッとした羨ましい体質の持ち主だった。
「どうにかっつたってなぁ……。俺たちが追いかけると領地の外に逃げてくんだろ?」
「そうなんですよ。ですがロッコ様は、領地の外で戦うなと……」
「戦争の大義名分をくれてやるだけだからな。ここが主戦場になるのはお前さんたちだって困るだろ」
「そうですが、俺の従兄弟の畑があいつらに荒らされましてね……。ここだけの話、我慢の限界にきている連中は多いですよ」
季節の半分を兵士として、もう半分を農民として暮らす者も騎士団領では珍しくもない。ヒゲナシもきっとその口だろう。
さてどうするかと、俺は高台からカウロス兵の動きを眺めながらもうしばらくの思慮を続けた。
向こうはこっちがキレて領地の外で戦おうとするのを、辛抱強く待っている。
誰かがその誘いに乗っちまったら、こっちが停戦条約に違反したことになる。最初から最後まで挑発が前提の嫌らしいやり方だ。
「バーニィ、この前のアレでやっつけようよ!」
俺を背に乗せたまま、マルス号はまだあどけない声で若々しい横顔を向けた。
「アレ? ああ、あん時の石つぶてのことか?」
「うんっ! バーニィなら、ツィーの弓より、ずっとずっと遠くに投げれるよ!」
「俺ぁ、石よりジャベリンの方が得意なんだけどな」
「じゃべりん? じゃべりんって、なーにー?」
「あの時に騎士どもが使っただろ、投げ槍だよ。盾ごと敵を串刺しに出来るんだ」
「わぁ……。バーニィって……本当に騎士様だったんだね!」
「おい……。悪意ゼロでおっさんのハートにジャベリンぶち込むんじゃねぇよ……」
はしゃぐようにマルスは前足を弾ませた。まだコイツは2歳に入りかけの1歳馬だ。無邪気なのはしょうがない。
その一方で馬とお喋りをしている変なオヤジに、カオナシは若干の疑いの目を向けていたが、そんなものは無視だ。
俺はマルスの黄金色の首を撫でて、ついついかわいくてちょいと甘やかしていた。
「よし決めた、ソイツをやってみよう。……おいカオナシ、お前さんは下の警備隊を後退させてくれ」
「いいですけど、何をするつもりですか?」
「さあな、俺にもどうなるかはわからん」
マルスにまたがったまま前進し、俺たちは切り立った崖に立った。
そうするとスリル満点だ。誰かが後ろから俺たちを押すだけで、あの世へと真っ逆様の断崖絶壁が足下にある。
もしかしたら馬と俺の体重で足場が崩れるかもな。そう考えるとゾクゾクしてきやがる。
さて、領地に入り込んでいる敵はざっと50名だ。
大盾を装備した軽装歩兵たちには、正面からの弓など本来は効かない。
「誰かスリンガーとか持ってないか?」
「それならそこの小屋にあるはずです」
「貸してくれ。それとありったけの石ころを集めてくれ」
「ですが、どうするんです? ここから届くわけがない」
「まあ見てな」
マルスにまたがったまま、俺は腕を組んで絶景を楽しんだ。
穀倉地帯の向こうに広がる国境は、外敵に荒らされると決まっているのでもはや荒れ放題だ。目立つ人工物といえば木製の柵くらいで、それもカウロス兵にやられてボロボロだ。
「これでいいですか?」
「おう、石ころまで用意してくれて悪いな」
石が装填されたスリンガーを受け取って、俺は頭上でそれを振り回した。
あれは、なんて言ったかな……。確かハンバーグ屋みたいな名前の――ああそうだ、ドンキーホテイ様だ。
ラバにまたがった滑稽な騎士ドンキーホテイ様のように、今の俺は国境警備隊からすれば、バカを通り過ぎたとんだカブキ者に見えていることだろう。
だがその疑いは、俺がスリンガーをぶっ放すと、目玉飛び出すような驚愕へと豹変した。
なんの変哲もないただのスリンガーから放たれた石ころは、今まで誰も聞いたことがないような恐ろしい風切り音を放って、目視不能の速度で彼方に着弾した。
本物のハクゲキ砲さながらに、大地から大きな土煙が立ち上り、やや遅れてドンッと爆発音めいた物音がこの高台に届いた。
「ははは、こりゃすげぇな! ほらぶったまげてねーで見てみろよ、アイツら腰を抜かして逃げてくぜ!」
「な、な……っ、なん、な……っ」
「おい何ぼさっとしてんだ、どんどん石ころ持ってこい。うっとうしい羽虫をやっつけるチャンスだぜ」
ヒゲナシは驚愕にガクガクと震える手で、こちらにスリンガー用の丸い石をよこした。
俺はそれを装填して、頭上でブンブンと風を切って振り回す。
ここから兵士を狙撃するなど不可能だが、投擲スキルの超ブーストが加わったスリンガーは、あの赤毛のタルトの好きなゲームで言うところの『範囲攻撃』とやらになるようだ。
「次」
「お、お前たち、ありったけの石を用意しろっ! よくわからんが、これは凄いぞっ!!」
大地に着弾するたびに爆風がカウロス兵を吹き飛ばし、彼らは這々の体で逃げてゆく。
やつらが己の領境に逃げ切るまで、二度と国境侵犯など考えもしなくなるところまで、俺は石ころによる爆撃を繰り返してやった。
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「これでよしと。これでもう挑発をかけようだなんて思わねぇだろ。……ん、どうした?」
タルトの読む本やゲームだと、スゲェスゲェとここで大絶賛されるはずなんだが……。彼らは青い顔をして、彼方の惨状に絶句するばかりだった。
正真正銘のハクゲキ砲となった石ころは、大地を無数のクレーターでえぐり取って、砂塵が薄もやとなって国境を包んでいた。
「恐ろしい人です……。なぜ騎士団は、あなたほどの男を追い出したのでしょう……」
「貴族の血が流れてないからだそうだぜ」
「そんなバカな! 貴族どころか、神の血が流れててもおかしくないぞ! あ、これは失礼を……」
「神様か。神様なぁ……」
アイツ、案外いいやつだったな。
俺がしくじったのに、ちゃんとした成功報酬を支払ってくれた。
また会いたいな。美人は美人だし、あのプルンプルンのおっぱいが二度と拝めないというのも、スケベオヤジ的に非常に惜しいわ……。
ラトとツィーたちも気になるが、エナガファームだって気になる。あの牧場、俺がいなくて本当に大丈夫だろうか……。
「おっと、それより下の連中をそろそろ動かしてくれ。あの砂塵の中から捕虜を確保して、領地侵犯の証拠として突き出せば、それでロッコの顔も立つだろ」
「はっ、そのように! 伝令――」
……敵兵とはいえ、こんな小競り合いで死なれても後味悪いしな。
停戦とは名ばかりの大義名分の奪い合いが、別の国境に舞台を移してこれからも続いてゆくだろう。
「それと、俺は下民出身だ、敬語はいらねぇぜ」
「ロッコ様を差し置いてそんなこと出来ませんよ。あなたがロッコ様の従者になってくれたら、俺も考えますが」
「ははは、それも悪かねぇな」
こうして俺はロッコから託された任務を果たし、後始末を終わらせるとラトの待つ屋敷へと帰った。




