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・リトー騎士領 - 正騎士ロッコ -

 2日の旅を終えて、ついに知り合いの領地に着いた。

 急いだのもあって時刻は夕方前だ。騎士団を敵に回した俺が、堂々と領主の館を訪ねるわけにもいかなかったので、まずは宿を取り、そこの従業員に使いを頼んだ。


 翌日になるか、あるいは不在で何日か待つ可能性も想定していたが、日没に入るなりすぐに領主は使者をこちらに送ってくれた。


 日没の闇の中、馬車に隠されて俺たちは館に運ばれ、そこでこの地を統べる領主――有力騎士のロッコと面会した。


「お待たせしました、バーニィ先輩」

「そんなに待っちゃいねぇぜ。……しばらくだな、ロッコ。お前ちょっと痩せたか?」


 エルスタンが人格のねじくれた貴公子様なら、ロッコは正統派の真っ直ぐな貴公子様だ。

 ラトはもっと厳めしいおっさんを予想していたのか、拍子抜けした様子で彼を見つめていた。


「またお会い出来てよかったです……。貴方を騎士団から追い出すなんて、エルスタン団長はもはや正気とは思えません」

「こいつはロッコ。正騎士の身分にありながら、準騎士の俺を先輩先輩としたってくれるいいやつだ。俺と仲が良いせいで、エルスタン団長から煙たがられていたりするな」


 ラトにロッコを紹介すると、見るからに緊張した様子で身を硬くした。


「どうもお嬢様、素敵なドレスですね。よろしければお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「ほら、モジモジしてねーで自己紹介しろ」


 さらには俺が見立てた白のドレズを貴公子様に褒められて、ラトの動揺は最高潮だ。


「あ、あわ、わ……。で、でで、でもぉ……」

「ロッコは見ての通りのいいやつだ。裏なんてねーやつだから安心して頼れ」


「そうじゃないんです……。こ、こんな格好で、自分の名前を名乗るなんて……っ、ぅ、ぅぅぅぅ……ボクにはとても、出来ません……」


 するとロッコは可憐なお嬢様の前にひざまづいて、やさしい笑顔と一緒にその手を取った。

 女性を丁重に扱う方法としては間違っちゃいねぇんだが、女性じゃねぇのが大問題なんだよな。


「何かお困りのようですね。ですがご安心下さい、バーニィ先輩はいつだってこうなんです。困っている女性を見かけると手を差し伸べずにいられない方です。私ももう慣れていますから、事情をお聞かせ願えますか、レディ」


 レディ扱いにトドメを刺されたのか、ラトは顔を覆ってうつむいてしまった。

 本物の正騎士にこうして扱われるのは、女ならば喜ばずにはいられないシチュエーションだ。だが男がこれをやられたら、まあ絶望だろうな。


「しょうがねぇ族長様だな」

「それはバーニィさんです……」


「俺はお前さんが成長するまでの代理だ、代理」

「どういうことですか、先輩?」


「おう、マクダ族のバドを覚えてるか? 全然似ちゃいないが、コイツはその息子だ」


 事実を伝えると両者に若干の間が生まれた。

 そんな穴が空くほど見つめても、ラトが男の子である証拠は服を脱がさない限り見つからないと思うぜ。


「こ、こんな格好で、ごめんなさい……。ラトと申します、ロッコ様……」

「んな……っ」

「ははは、驚いただろ!」


「……何やってるんですか、先輩っ!? 男の子に女の子の格好をさせるなんて、こんなのかわいそうではないですかっっ!」

「俺の判断じゃねーよ。つーか、そもそもの原因はエルスタンのアホのせいだ」

「こ、これは……身分を隠すための変装なんです……。そういう趣味はないですから、誤解しないで下さい……」


 真面目な性質のロッコは片手で頭を抱えて、少年に少女の扱いしてしまった己の不覚を恥じた。


 こういう真っ直ぐなところがコイツの魅力だが、そんなやつがどうして俺に懐いてくれたのやら、そこには今でもあまり納得がいっていない。


「すまない、言い訳がましいかもしれないが、私には君が女性にしか見えなかった……。非礼をおわびさせてくれ、なんと失礼なことを言ってしまったんだ、私は……」

「い、いえ……わかって下さるなら、いいんです……。ありがとうございます、ロッコさん……」


 ありゃ? もしかしてこの場で不真面目なのは俺だけなのか……?

 誠実なロッコに少年は心を許し、やわらかな微笑みを浮かべていた。


「ま、お前さんも忙しいだろ。ざっくり話すからよく聞けよ、実はな――」


 ざっくりとこれまでの経緯をロッコに伝えた。

 それは騎士団に所属するロッコにとってもはや他人事ではなく、極めて誠実に俺たちの話を聞いてくれたのだった。



 ・



「それは妙ですね」

「だろ?」


「ラトくんには失礼な言い方になりますが、今のマグダ族から得られる税収などたかが知れています。騎士団領からも、その盟主である辺境伯領からもだいぶ離れているので、庇護化に置いたところで上手く守れるとも思えません」


 政治の話は俺よりもロッコの方が断然得意だ。彼が言うと、なおさらに今回の異常性が際立っていた。


「だったらなんで……」

「ちょいと調べてみてくれねぇか? いくらなんでも一族の長に冤罪をなすり付けて殺すなんて、そりゃおかしいだろ」


「でしたら先輩、私が帰るまで代わりに兵の指揮を頼めますか?」

「指揮だぁ? おいおい、俺はもう騎士団を首になったんだぜ。それに俺にお前の代わりなんて務まるかよ」


「ご謙遜を。実はしばらく前から、隣国のカウロスの兵が領境をウロウロとしていまして、これにだいぶ手を焼いています」

「何やってるんだよ、そいつら……。騎士団とカウロスとは停戦中だろ……」


 少し前に騎士団とカウロス国は1年間の停戦を結んだ。まだその条約の失効まで半年以上あるはずだ。


「お願いできますか? うちの領地の中なら倒してしまってかまいません。むしろ捕縛してくれると、外交のカードになって私も都合がいいのですが」

「難しいことはよくわからんが、いいぜ。その間、ラトをここで預かってくれよな」


 可憐なお嬢様の尻を叩くと、甲高い悲鳴が上がった。

 そしたらロッコのやつ、セクハラは止めろと俺のことを睨みやがった。


「待って下さい、それならボクも一緒に……」

「お前さんに擦り傷1つでも負わせたら、マグダ族の連中が黙ってねーよ。お前さんはここに残って、お偉いさんとの付き合い方を学ぶといい」

「ラトくんより少し年上だと思いますが、妹たちは貴方に近い年頃です。面倒を見るよう頼んでおきますので、どうかご安心を」


 かえってそっちの方がラトとしては困るんじゃねぇか?


 そう突っ込もうかと思ったが、それはさすがに甘やかし過ぎだ。せっかくここまできたのだから、ラトにも学べるものを学ばせてから帰りたい。


「んじゃ決まりだな」

「そ、そんなぁ……」


 一緒に行きたがるラトを置いて、俺はロッコ騎士領の兵たちと領境にて合流した。

 対するはカウロス兵。蛮族にまだ片足突っ込んだままの始末に負えない連中だ。



 ・



一方その頃、エナガファームでは――


 ホッカイドーではあれから1年と半年が過ぎていた。

 季節は12月、クリスマスムードに包まれた街を、あたしはシノお姉ちゃんと一緒に歩いていた。


「今年もバーニィ兄ぃ、帰ってこなかったね……」

「そうねー」


「バーニィ兄ぃって、本当にゲームの世界の人だったのかな……。本人は違うって言ってたけど」

「不思議なおじさんだったわね。バニーさんが育てた子たちがたくさん重賞を取ったって、伝えてあげたいわね」


 エナガファームからは、五木賞出走馬が2頭も出た。

 おかげで今年産まれた子も順調に馬主さんがついてくれている。


「うちの子たちにバーニィ兄ぃが乗れば、もっともっと凄い成績出せるのに……。五木賞だって勝てたのにさー、どこで何やってるのさ、あのおじさん……」

「そうねー、ふふー♪」


「明日はバーニィ兄ぃが好きだった、アスパラ入りのグラタンにしようよ」

「そうしましょうかー♪」


 街中に白い雪が積もったこの季節に、あたしたちはバーニィ兄ぃと出会った。

 あの日みたいに雪に倒れたおじさんが、あたしたちの前にまた現れないかと期待していた。


「やっぱり寂しいわね……。帰ってきてくれないかしらね、バニーさん……」

「帰ってくるよ。だってバーニィ兄ぃ、ダービーに勝ってないもん。今度こそ1番を取りに帰ってくるに決まってるよっ!!」


 あたしたちはバーニィとは別の世界で、大事なエナガファームを守りながら強く生きている。


 バーニィ兄ぃはあたしたちのことを心配していたから、もう1度会えた日にちゃんとしていられるように、あたしも高校の勉強をがんばっていた。


 バーニィ兄ぃはスケベだから、高校生になったあたしに鼻の下を伸ばすかもしれない。

 成長した今の姿をバーニィ兄ぃに見せたかった。


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