・リトー騎士領 - 初めての旅 -
ラトの分の馬を用意するのが最も旅の時短に繋がったが、それをしてしまうとマグダ族の定住地から騎馬弓兵が1人減ることになってしまう。それはあまり賢明とは思えなかった。
なので俺はラトを背中にくっつけて、白い街道を歩く。
石の街道と蹄鉄が小気味いい音色を響かせながら、パカパカと平和であくびの出る街道を進んでいった。
「わぁぁ……♪」
「朝からお前さん、そればっかだな」
「だって、珍しい物ばかりだから……あっ、あれなんだろ、わぁ……っ♪」
「ありゃ風車だ。風の力で小麦粉を作るんだとさ」
ラトは最初こそ恥じらいにモジモジとしていたが、草原を離れると羞恥心が薄れたのか、外の世界への好奇心を膨らませていた。
対する俺の方は――そうだな。ラトのカーチャンと馬でデートしているような気分になった。
「凄いですね! ボクたちの里にも、ああいうのがあったらいいのになぁ……」
「風車は山の上とか、風の強い川の隣じゃねぇと難しいかもな」
ホッカイドーではどんな方法で製粉しているのだろうか。
またあの世界に行けたら、そういう機械をもらえないものかな……。
「そうなんですね。里を出るときは恥ずかしくて、恥ずかしくてしょうがなかったですけど、今は楽しいです! ツィーの思い付きに感謝しないといけないですね!」
「だな。俺も楽しいぜ」
ますますラトのカーチャンとデートしているような気分になってきた……。
気をまぎらわすために、俺はマルスの首を撫でる。
「まだ重くないか気にしてるの? 平気だよ、ツィーも一緒に乗せられるかも」
「そりゃまた、スゲーパワーだな……。だけど疲れたら言えよ、尻が疲れてきたら俺たちだって歩きたくなるからよ」
「へーき。バーニィ、ラトくんかわいいね」
「お前だってかわいいぜ、タロ……じゃなくて、マルスな」
新しい名前はずいぶんと前にツィーが付けていたらしい。
金色の栗毛のその馬体は、まだ少し小さかったがこちらの馬よりずっと大きい。
ホッカイドーに残ったら、ダートのG1だって勝てたかもしれないな、コイツ。
「なんて言ってるんですか?」
「ラトくんかわいいね、だってよ」
「えっ……それを言ったらマルスの方がかわいいですよ?」
「俺から見たらどっちもかわいいぜ」
まだ1歳の馬っ子と、後ろの美人ちゃんを撫でてやると、なんかこう……思ったわ。
なんで俺、男にばっかこう、好かれるんだろうな、と……。
「あっ、あそこに綺麗な家があります!」
「ありゃ旅人向けのダイナーだ。少し早いが昼飯にしようぜ」
俺たちは店の馬止めにマルスを止めて、牧歌的で素朴な店内へと入った。
店内には客が2名。見たところ穏やかな地元民だった。危険はないだろう。
「いらっしゃい、何する?」
「外の栗毛の馬に飼い葉と水をくれ。メニューは?」
店主が壁を指さすので振り返ると、そこにメニューがでかでかと刻まれていた。
こちらが銅貨2枚を支払うと、店主の若い息子が外へと出て行った。
「何を食いたい?」
「こ、こういうところは、慣れなくて……。よくわからないので、バーニィさんにお任せします……」
「そっか。んじゃオヤジ、薫製肉のハムチーズサンド3人前と、ポテトサラダを2人前頼む。それと水もな」
「あいよ」
町と違って、街道沿いのこういった店はあまり愛想を売ってはくれない。
しばらくラトの緊張をほぐしてやってやっていると、思ったより早く注文がやってきた。
「お客さん、騎士様かい?」
「おう、ちょっとした任務中でな、他言無用で頼むぜ」
少し多めに代金を払うと、店主は小さくうなづいて若干愛想をよくした。
「かわいいお嬢様だ。ごゆっくり……」
「ぅ……っ、ち、ちが……」
店主は遊牧民に扮装したどこかのお嬢様だと思ったようだな。
その美しい亜麻色の髪といい、ラトとツィーは貴族の礼装を着せれば貴公子にすら見える。
「おっ、あのオヤジは無愛想だががなかなか飯は美味いぞ。ほら、お前さんも食え」
「う、うん……。あ、美味しい……。あはは、ハムなんて食べたの久しぶりです……」
「これなら定住地でも作れるな。帰りにハムを買って帰るか」
ラトはうなづくだけで、一心不乱にハムチーズサンドを頬ばっている。
見た目は可憐だが、中身はなんだかんだ男の子だ。
値段相応に分厚いチーズとハムを俺もまた口に運んで、あまりに美味しそうに食べるので2人前分をラトにくれてやった。
ポテトサラダはホッカイドーでシノさんが作ってくれたやつの方がずっと美味かった。
ああ、シノさんとタルトは元気かね……。俺なしで上手くやっていけているのか、それが気がかりだ。
「騎士団領に入ったらもっといい物食わせてやるからな、ララ」
「……え、ララ?」
「ランの方がいいか? いや、ランって名前の男は割と多いか……ならやっぱララちゃんだな」
「そ、それって、もしかしてっ、ボクの名前なんですか……っ!?」
「ラトじゃまずいだろ。ってことで、今日からお前はララちゃんお嬢様だ。大きな町に着いたら、その服もどうにかしねぇとな」
見る見るうちに青ざめてゆくラトを見ながら食うポテトサラダは、味気ないがなかなか悪くもなかった。
・
マルスの腹が落ち着くまで少し待ってから、俺たちは旅を再開させた。騎士団領に在する知り合いの領地まで、今日を含めて約2日ほどの旅となるだろう。
「あの……バーニィさん……お、おしっこ……」
「水分取ったからな。んじゃそこでマルスとも一緒に連れションといくか」
「む、無理ですよぉっ?!」
「なんだよ、男同士なんだから――ああそっか、今はララちゃんだったな」
ポンポンと頭を撫でると、慎ましげにちっちゃくなるからかわいいもんだ。
ツィーとコイツ、性別がそれぞれ逆だったらよかったと、族長のバドがグチってたのを思い出した。
こいつらは俺の親友の忘れ形見だ。守ってやらないとな。
「ちなみに、どんなドレスが着たいか希望はあるか?」
「希望なんてないですっ、絶望しかないですよ……っ!」
「ははは、上手いこと言いやがる。しょうがねぇ、俺が見立ててやるか」
内心、ちょっと楽しいと思った。
ラトの反応がいちいち純情で面白いのもあるが、ラトのカーチャンがドレスを着たらどうなるか、興味がないわけがなかった。