・リトー騎士領 - ラトあらためララです…… -
それにしてもどうして騎士団はこの地に執着するのか。
どうにもそれが気がかりで、古巣の仲間にスパイをさせてみることした。
時刻はあれから5日後の夜。ツィーとラトの天幕にお邪魔して、その日も寂しがりの2人にせがまれて一緒に横になって、明かりを消してまもなくの時だった。
「悪ぃが少しここを離れようと思う」
「えっ……」
「ダメだよそんなのっ! バーニィがいないと、うちらどうすればいいのか、わかんないよ……」
前からその予定だったんだが、なかなか言い出せなかった。
だがこの件、放置すると後々に響きそうだ。だったら俺が真偽を確かめに行くしかなかった。
「どこに行くんですか……?」
「親友――と呼ぶには歳が離れてるが、信用出来る男のところだ」
「ダメだよ……。ラトを敵にさらわれたら、うちら逆らえなくなっちゃうよ……」
「大丈夫だ、形式上ここは俺の領地だ。騎士の領地に騎士が攻めかかるには、大義名分が必要になる」
「でも……っ、うち不安だよ、そんなの……今だって不安なのに……」
隣に寝転がっていたツィーが胸の上にのしかかってきた。まだまだお子様だな……。
するとラトも怖ず怖ずと、こちらの胸へと手のひらを乗せてきた。
「ツィー、バーニィさんはボクたちのことを考えて言ってくれてるんだから。そんなこと言ったらダメだよ……」
「あっ! そうだっ、うちがラトの替え玉になればいいんだよっ!」
「え……っ?! ね、姉さん……?」
「うちとラトで服を交換して、バーニィがラトを連れていってくれたらっ、それならうちも安心出来る!」
「えっ、えっえっ……ええええええーーっっ?!!」
発想は突飛だが、俺が定住地を離れた隙にラトを奪われたら厄介だ。
人の胸の上で言い合いを始める姉弟をそのままにして、俺は予定を立て直した。
そういえば、タロウのやつは俺とツィーを両方乗せられると抜かしていたな。
1歳にしてはあの馬体は大きく、投擲スキルが超ブーストされるあの力もまた魅力的だ。
「そうと決まったら今から服、交換してみよ!」
「待って、待って姉さんっ、止めて、止めて、バーニィさんの前でそんなの……っ、嫌だ、恥ずかしい……っ!」
「あ……ごめんバーニィ、ちょっと出てって」
「ま、試す価値はあるか。小便行ってる間に終わらせといてくれよ」
「バーニィさん、ヤダ……女の子の格好なんて、ヤダ、助けて、お願い……」
「ちょっと時間かかりそうだから散歩もしてきて」
「あいよ、がんばりな、ラト」
族長一族の天幕を離れて、俺はしばらくの散歩を楽しんだ。
・
「ようツィー、待たせたな」
「ち、違います……。ぅ、ぅぅ~~……」
「こっちこっち、うちはこっちだよ、バーニィ」
戻ると天幕の前に慎み深いツィーがいた。
モジモジと身を揺すりながら、スカートとニーソックスに恥じらう姿は本人よかよっぽど愛らしい。
対するツィーの方は、ラトに買ってやった貴族の礼服の方をなぜかまとっている。こっちもボーイッシュというか、亜麻色の髪もあって恐ろしく似合っていた。
「どうよっ!」
「お前さん、そういうのがやたら似合うな」
「うちじゃないよ、ラトの方! どうっ、メチャクチャカワイイでしょ!」
ツィーはラトの肩を後ろから抱いて、俺の前に突き出してからクルリと回った。
彼女は貴族の礼服が気に入ってしまったようだ。
「み、見ないで……。こんな、こんな格好で、外に出るなんて……こんなの無理だよぉ……」
「ふむ……。かえって変態が蜜に誘われて群がってきそうなところはあるが……。どこからどう見ても女の子だな、こりゃ」
これにドレスでも着せれば、騎士に連れられた貴族のご令嬢で通りそうだ。よもやそれが、遊牧民の族長だとは誰も思わないだろう。
「バーニィさんまでそんな……ボク、そんなに女っぽいですか……?」
「うん、嫉妬しちゃうかわいさだよね」
「男は見た目じゃねぇ、ハートだ、気にすんな」
「バーニィさん……」
「んじゃ、この手でいくかね」
「え、ええええーーーーーっっ?!!」
「ふぅ……これで安心だよ。里のことはうちに任せて。悪いやつらに狙われても、馬に飛び乗って逃げ切ってやるんだから!」
そろそろ冷えてきた。天幕に戻ろうぜと率先して中に入って、寝床に寝転がった。
「む、無理だよっ、そんなの絶対無理だよぉっ……!?」
「パッと行って、パッと戻ってこようぜ。お前さんをここに残して向かうより、まあこっちの方が無難だ。それに――面白そうだし別にいいんじゃねぇか?」
「ボクは面白くないですよぉーっっ!?」
「あはははっ、ラトが怒ったっ、なんか珍しーっ!」
ツィーがゴロリと隣に寝転がったのに、ラトはまだ立ったまま尻を揺すっている。
そんな姿を見ていると、片想いだったお前のカーチャンの幻が頭にちらつくから、そろそろ止めてくれ。
何度あの人に憧れたことか。何度バドを羨んだことか……。
俺はこの2人だけは絶対に守りたい。
「近所迷惑だからその辺でな。さ、寝るぞ」
「こんな格好で、寝れるわけないよ……」
「いいからこっちにこい!」
「あははっ、バーニィがきてからなんだか楽しいよっ! おやすみ、ラト、ついでにバーニィッ!」
ラトを2人で寝床に引っ張り込んで、左右を囲んで俺たちは眠った。
俺もツィーに同意だ。騎士団に残って胸くそ悪い仕事をこなしたり、バカの尻拭いばかりして暮らしていた頃よりもずっと、何もかもがここでは輝いて見えた。
かくしてその翌日、俺は寝不足のラトを後ろに連れて草原を発った。
今回の相棒は幼名タロウあらため、マルス号だ。
その早熟の馬体は俺たちを乗せて、はしゃぐように蹄を弾ませて西へ西へと歩んで行くのだった。




