・リトー騎士領 - 襲撃者 -
定住地の様子がどうもおかしいと気づいたのは、草原の小高い丘を越えて少し下ってからだ。
ここからでは人影が豆粒のように小さいのでよくわからんが、外の荒れ地に人々が集まっている。何やら大声を張り上げる者もいて、それが微かにだけこの丘へと届いていた。
「えっ……ヒャ、ヒャァァーッッ?!」
そこで俺はラトの股に首を突っ込んで、両膝を抱えて立ち上がった。
「お前らやたら目が良かったよな、ここから何が見える?」
「人……。あ、馬に乗った人が見えます! キラキラしてるけど、あれは、鎧……?」
だったらそれ、騎士団の連中じゃねーか……。
「そりゃやべぇな、よし荷物を下ろすぞラトッ、手伝え!」
「う、うんっ……」
ラーナの背から肉や魚といった大きな積み荷を降ろすと、俺はラトを抱えてその背中に乗せた。
女の子みたいに甲高い悲鳴が上がったが、今はそれどころじゃない。ラーナを駆って里へと急行した。
・
俺たちが到着する少し前、こんなやり取りがあった。
「だからっ、その話はラトとバーニィが戻ってからしてって言ってるでしょ!」
「笑わせるな、あの男がこんな土地にいるわけがないだろう」
「ああ、エルスタン様もバカなことをしたもんだ。きっと今頃バーニィ・リトーは、カウロスに再就職したと見るのが妥当だな」
「だからっ、バーニィは父さんと親友だったって言ってるでしょ! そんなことも知らないで、どうしてアンタたちは父さんを殺したのさ!!」
ツィーはついに怒りを抑え切れず、騎士に弓を引いた。
鎧をまとった騎士であろうとも、騎馬弓兵はちょっとした脅威だ。緊張が走った。
「……女、俺たちに矢を向けたな?」
「その行為、騎士団への宣戦布告と見なすぞ」
「戦争を仕掛けてきたのはそっちが先でしょ!! 父さんを返してよっ、うちらから草原を奪ったくせに、今更庇護っ!? 嘘だっ、そんなの信じられるわけないっ!!」
「逆らうなら仲間を殺すぞ。素直に騎士団に服従しろ」
「そちらの立場には同情するが、騎士団に従っておいた方が身のため――」
「あっ……バーニィッ!!」
俺も肝が冷えた。ツィーが騎士団の連中に弓矢を向けていたんだからな。
幸いは俺の姿に安心して、その矢を下げてくれた点だ。ラーナは俺が命じるまでもなく、一触即発の両者の間に飛び込んで、俺はその背から飛び降りた。
「おう、人の不在を狙うなんて汚ねぇじゃねぇかよ。……今帰ったぜ」
「大丈夫っ、姉さん!?」
馬上のツィーの腰を叩いて、それは止めとけと引き絞った弓を元に戻させた。
そっちが終わったら古巣の方だ。鞘に手をかけて騎士たちと向き合った。
名前は――名前は思い出せないが、こいつらは顔見知りの同僚だ。
「バーニィ……まさかこの娘が言う通り、本当に遊牧民に成り下がったのか?」
「おう、遊牧民で何が悪い。シバルリー家に顎で使われてた頃より、ずっと気楽で楽しい生活だぜ」
シバルリー家の専横にはこいつらも不満を持っているらしく、やつらは暗い顔で眉をしかめた。
ちなみにこいつらが騎乗している馬は小型馬のポニーだ。エスリンちゃんが見せてくれたあの映像は、幻ではなかったみたいだ。
「バーニィ、こいつらメチャクチャ言うんだよ!」
「へー、なんて言ってるんだ?」
「守ってやると言っているだけだ」
「嘘! 服従しろ、この土地を差し出せって言ってたくせに!」
「庇護を受けるということはそういうことだ」
俺はその話を聞くなり妙だと思った。草原の大半を奪い、こんな荒れた窪地に追い込んでおいて、今さら庇護など場違いだ。
「庇護はいらない。こいつらは俺が守る。つーかよ、騎士が町のギャングみてーなことしてんじゃねーよ。騎士の誇りはどこにいったよ……」
向こうも騎士団最強だった男と事を構えようとはしないだろう。大義もない。こいつらは団長の準騎士はエルスタンにただ従わされているだけだ。
そう考えていたんだが、それは楽観的観測だったらしい。
向こうは互いに何かを示し合わせると、帰ると見せかけて馬を下がらせながら奇襲の投擲槍を振りかぶった。
ジャベリン2本同時ならば、不意打ちで俺を倒せると考えたのだろう。加えて俺の背後にはツィーとサラブレッドのタロウがいる。守りたければ2本同時に斬り払うしかなかった。
「くっ……やはり最強が相手では分が悪いか。撤退するぞ!」
「あ、ああっ!」
勝てないと判ると否や、やつらはポニーの短い足で逃げ出した。
鞘と剣の両方を使って、2発同時にジャベリンを弾き飛ばされては妥当な判断だろう。
「ツィーッ、タロウを借りるぜ、悪いが下りろ!」
「えっ……キャッ?!」
「ははっ、女の子みたいな声上げんなよ」
「うちは最初から女の子だってばっ、あっ、ちょっ?!」
抱き下ろして、ついでによくがんばったと短く抱擁してから俺はタロウにまたがった。
草原馬のラーナの方が身体は大きかったが、コイツの方が近かったし速かった。ただそれだけの理由だ。何も言わずともタロウは敵を追って走り出した。
「重くねぇか?」
「平気! ツィーも一緒に乗せられるくらい全然平気だよ!」
「そりゃパワーがあってよろしい。まだ1歳なのに末恐ろしいな、お前」
まだ1歳とはとはいえ、こいつは俺が育てたサラブレッドだ。巨いなるホッカイドーの大地が育んだ神馬だ。
恐るべき快速で荒れた草原を駆け抜けて、騎士たちに併走してくれた。
「止まれ、止まらねぇと元同僚でもたたっ斬るぜ」
「ク、クソ、なんだその馬はっ!?」
こいつか? こいつはホッカイドーからきたサラブレット様だ。華奢なころが難だが、スピードはどんな品種にも負けねぇ。
ポニーも頑丈で良い品種だがな。
「俺たちを殺したら騎士団が黙ってないぞ、わかってるのか、バーニィ!」
「そうなんだよな……」
どう殺さずにこいつらを止めるか、それが問題だった。
ポニーの方も逃げるのに必死で、俺の言葉なんて届かなそうだ。
「バーニィ、僕の力を使ってよ」
「お前の力だぁ?」
ああそういえばコイツ、俺が育てたせいか騎馬投擲スキルを持っていたな。ならここはいっちょそれを使ってみるとするか。
スピードを少し落として、俺は荒れ地となった草原から石ころを2回拾い上げた。
「タロウ、このままのスピードで真っ直ぐに走ってくれ」
「うん!」
敵との距離は10mほどだ。タロウなら距離なんていくらでも詰められたが、練習もかねてあえてこの距離にした。
ジャベリンを投げるようにオーバースローで石を構えて、騎士の肩鎧に狙いを絞って――投げる!!
命中だ。石ころは恐るべき破壊力となって空気を引き裂き、肩鎧を吹き飛ばして、その激しい衝撃で馬上の騎士だけを落馬させた。
「おい、大丈夫かっ!? バーニィッ、今何をした!?」
しかし……ずいぶんと上手く飛んだもんだな……。
思いの外に強烈な一撃になっていた。
「痛い目に遭いたくなかったら下りな、馬に怪我はさせたくねぇ」
「……わ、わかった、わかったら止め、ウォォッッ?!!」
威嚇に馬の進路遙か先へと本気で石を投げてやった。するとやはりおかしい……。
まるでハクゲキ砲でも着弾したかのような、とんでもない爆発が彼方で起こっていた。
「ありゃ……。おっかしいな……どうなってんだこりゃ……?」
「こ、これが、騎士団最強……」
馬を止めて、俺は敵ではなく己の手のひらばかりを眺め続けた。
確かに俺は騎士団最強の称号こそ持っているが、人間が手からハクゲキ砲なんて出せるわけがないだろう。
「やったっ、やっつけたんだね、バーニィ!」
「お、おう……」
「ツィー、さっきねっ、バーニィすごかったんだよっ!」
タロウがツィーとラーナの方に行きたがっていたので、俺はその背から降りた。
右手を見れば、驚いたポニーに振り落とされた騎士がいる。どうも腰を抜かしているようだ。俺と目が合うと、立ち上がれぬまま恐れるように地をはいずっていった。
「ヒ、ヒッッ……?!」
なんだ、この力は……?
俺は石ころを拾う。騎士が悲鳴を上げたが今はそっちはどうでもいい。
もう一度オーバースローで振りかぶって、草のない荒れ地に向かって投げつけた。
ハクゲキ砲は出なかった。石ころは硬い音を立てて大地をカンカンと跳ねて、どこかへと消えていった。
「何やってるの、バーニィ?」
「いや……俺にもよくわからん」
何度かさっきのやつが繰り出せないか試してみたが、石ころは荒れ地の上を硬く跳ねるだけだった。
タロウにまたがっている間だけ、投擲が異常な破壊力になると気づいたのは、それからしばらく後になってからだった。
・
戦争流にやるなら、貴族は人質にして身代金をふんだくる。だがそれをやると、騎士団との本当の戦争状態になりかねない。
「解放してくれるのは嬉しいが、無傷は困る」
「わがまま言うんじゃねーよ、そんくらい自分でどうにかしろ」
もう片方の騎士は青い顔をして馬上にうずくまっている。
肩鎧を狙って正解だったようだ。ソイツは脱臼で済んでいた。
「だが……」
「負傷した仲間のために身体を張ったって言え。でなきゃソイツをどうやって町の医者まで連れてくんだ」
「バーニィ・リトー、恐るべし……。うっ……!」
「悪かったな。あんなに威力が出るとは思わなかったんだよ……。それよりお前ら、エルスタンのお坊ちゃんに伝言を頼むよ」
マグダ族は良くは思わないだろうが、それでもこいつらは元同僚だ。あまり手荒に扱うと俺の寝覚めが悪い。
「騎士団を追い出されても俺は騎士。騎士には領地を持つ権利がある。マグダ族族長ラトの願いにより、ここをリトー騎士領として、準騎士バーニィ・リトーの庇護下に置く。これ以上の介入は内政干渉だ。何かあれば国王に直訴させてもらう」
今の状況を考えれば、建前だろうとこう言っておかないと次がやってくる。
ツィーも文句を言わなかった。むしろこちらが目を向けると、嬉しそうに笑い返された。
「……どうだろうな」
「そりゃどういうこった?」
「エルスタンはどんな手を使ってでも、この土地を手に入れろと俺たちに命じた。エルスタンは本気だ、こんなわびしい土地を、本気で欲しがっているように見えた……。俺は、何か裏があると思った……」
背後に広がる定住地に振り返っても、俺にはそんな価値があるようには見えない。
生まれたての耕作地はまだ新芽が芽吹いたばかりで、作り直したばかりの牧草地は緑の影すらない。
「裏か……。忠告は嬉しいが、俺にそれを喋っちまっていいのか?」
「いいさ、俺たちだって好きでこんなことをしているわけではない……。マグダ族の娘よ、脅して悪かった……。全ての騎士がこうではないと、信じてくれ……」
「そんなこと、これだけされてから言われても困るよ……。バーニィ……? ちょ、待って、バーニィッ、わっ?!」
謝礼代わりに剣を抜き、騎士の首筋を刃で突いた。
動脈は傷つけていない。浅い傷から血がにじみ出し、それが騎士を苦笑させた。
「助かった、これでやっと帰れる……」
「脅かさないでよ、もう……わっわっ、何すんだよっ、エロオヤジッ!!」
馬上のツィーの脚をポンポンと撫でて褒めたら、その脚でおっさんは蹴られた。
騎士団は父親の仇だというのに、ツィーは彼らの身を案じた。やはりやさしい子だった。
俺たちは襲撃者を解放し、積み荷を回収して元の生活へと戻っていった。
その日の晩飯は干し肉を戻した麦粥で、羊の乳を混ぜたその味わいは、ホッカイドーのシノさんのシチューを俺に思い出させた。




