・リトー騎士領 - ハイパードゥライと等価交換 -
それから約半月が経ったある日、俺はラトにシルクの礼装を着せて近隣の名士を訪ねた。
ラトからすればこの名士は草原を奪った敵の一味だ。
だが戦乱の世とはいえ、国や貴族、豪族と事を構えるには俺たちはあまりに弱い。
そこで俺が代わりに頭を下げて、どうかあの草原を使わせてくれと懇願した。
その結果、草原のごく一部ではあるが、3年分の使用権を金貨と大切な缶ビール5箱で手を打つことになった。
「ヒヒヒヒッ、あまり気が進まなかったが、この天にも昇るほどに美味いビールと、妙に軽い鉄は価値がありそうだ! 騎士殿に喜んで土地をお貸ししよう!」
「クソ、足下見やがって……。俺の大事なハイパードゥライ、もう手には入らないかもしれねぇんだから、せめて大切に飲んでくれよ……」
「もちろん! 金に困ったらいつでもこのハイパードゥライと交換してやるぞ、ヒヒヒッ!!」
「ぜってー断る! 残りは全部俺んのだっ、誰にも渡さねぇよっ!」
ラトは何を言われても一言も喋らなかった。
心やさしいラトでも、草原を奪った憎い連中とだけはなれ合えなかった。
「失礼します」
「ラトくん、町はいつでもマグダ族を受け入れるつもりだぞ」
「はいはい、じゃあな。また会うことがないことを祈ってるぜ」
ラトの肩を抱いて屋敷の外へと連れ出した。
ま、ムカつくだろうな。直接ではないが、あいつは父親を処刑した連中の仲間だ。
「これで羊や山羊が飢えることもなくなった。お前さんは立派だったぜ」
「はい……」
「せっかく町まできたんだ、楽しく買い物してから帰ろうぜ」
俺はそのままラトの背中を押して、あの手この手で元気づけた。
・
草原の馬を引いて、町のバザー街を歩き回った。
メモ書きにまとめた必要物資を買い込んでは馬の背に載せて、帰りは乗らずに引いて帰るつもりだった。
「ん、ラト……?」
ところが馬が立ち止まって動かないので不審に思うと、後ろを歩いているはずのラトが消えていた。
「はぐれたか。しょうがねぇやつだな……」
「バーニィ様、ラトを探してちょうだい」
今日連れてきたのは物静かな牝馬のラーナだ。
牝馬は俺に距離を置いたり壁を作るやつが多い。今日だって口数が少なかった。
「言われなくともわかってるよ。行き先に心当たりはあるか?」
「多分、あっちの方かしら……」
「よしきた」
こういった場所での騎乗はマナー違反なんだが、今はそれどころじゃねぇ。俺たちは道を引き返してラトの姿を探した。
・
「こりゃ、本格的にはぐれたか……?」
「どうしよう、ツィーが悲しむわ」
「大目玉じゃ済まねぇよなぁ……」
「あっ、ラトの声だわ!」
『マジかっ』と言うまでもなくラーナは走り出し、俺をラトの居所まで運んでいってくれた。
「助けてっ、助けてバーニィさんっ!!」
いざ駆けつけてみると、そこは路地裏だ。路地裏でラトが変なおっさんに抱きつかれていた。
マグダ族を陥れた連中かと剣を抜きかけたんだが、どうもそういう感じではない。おっさんは見るからに薄汚く、それにハァハァと息が変態的に荒かった。
「何やってんだ、お前ら?」
「た、たすけて……」
「関係ねーだろ、おっさんはあっちいけよ!」
「お前だっておっさんだろ」
「うるせぇやつだな! 今ここで刺されたくなかったらあっち行けよっ!」
腰のナイフを抜いて、暴漢はこちらを脅した。
そんなナイフより遙かに長い剣が、シノさんにやっと返してもらえたやつが、俺の腰に吊されていることには気づかないらしい。……とんだアホだった。
哀れラトは胸元のボタンを全て引き裂かれ、白く薄っぺらい胸元を白日の下へとさらされている。
姿と性格は惚れた女に似ているのに、どこからどう見てもそれは男の薄い胸だった……。
はぁ……っ、ご婦人方は喜ぶんだろうが、おっさんにはちょっとこういうのはな……。
「そうはいかねぇ、ソイツは俺の身内だ、返せ」
「ヒハハハハッ、ならそこで見てろよ! この女は俺が美味しく――」
「おい、ラトは男だぞ?」
「バァァカッ、こんなかわいい男がいるわけねーだろ、冗談はよせよな!」
「なら確かめて見りゃいいだろ?」
「ダ、ダメッ! 止めて、止めてよぉ……っ!?」
ぶちのめす前に現実を教えてやった方がいいだろう。
暴漢はお楽しみへと腕を伸ばし、そして青ざめた。
「ギャァァッッ、おっおおおっ、男ォォォッッ?!!」
「ひ、ひうっ?! さ、さわらないで……っ、あっ、あうっ?!」
暴漢がラトの股間をむんずと掴むと、それがよっぽど衝撃だったようでナイフをポロリと地に落としていた。
それがついあまりにも隙だらけだったんで、おっさんはほんの一瞬で距離を詰め、膝蹴りを顎に入れてやると、たった一撃で暴漢がのびてしまった。
いきってた割に、恐ろしく弱いな……。
「うわーんっ、あいつ酷いよぉーっ、バーニィさぁーん……っっ!」
「悪い、買い物に夢中で気が付かなかったわ……。感謝するなら、失踪に気づいてくれたらラーナにもしてやってくれ」
「ボク、怖かったです……。あの変な人に、変なことされるんじゃないかって……っ」
「よしよし、男の子が泣くなって」
鼻をすすって涙を腕で拭う姿は、まだまだ小さなお子様だ。
落ちたボタンを拾ってやって、騎士のマントを貸してやった。
「ボク、もっと男らしくなりたいです……」
「その顔はカーチャン譲りの美人の顔だ。落ち着いたら剣を教えてやるからよ、そうしょげるな」
「でも……。あの……突然、変なことを聞きますけど……ボクのこの顔、バーニィさんは好きですか……?」
「顔? ああ、まあな。俺ならその美貌を使って、女の子にちょっかいかけまくるぜ?」
「ま、またそんなことを……」
「いや本気なんだが」
この美貌があれば、尻触ってもキャーとかヤーンッとかで済むと思うんだよな。イケメン無罪と、あっちの世界ではタルトが言っていたくらいだ。
「ふぅ……やっと落ち着いてきました……。バーニィさんは、いつだってブレないですね……」
「おうよ、その整った顔は武器になる。美人に産んでくれたカーチャンに感謝して、上手く使いこなしてみな」
もちろん、変態野郎はホモだとレッテルを貼って町の自警団に尽き出してやった。
俺はホモじゃないと叫んでいたが、まあそんなもん自業自得だ。少年に手を出したホモ野郎として処理してもらった。
俺たちはその後、保存の利く干し肉などを新たに買い足して、荷物を背負ったラーナを引いて長い帰路へとついた。