April
飛ぶ
俺の隣の兄弟が飛んだ
今一人また一人
もうどれくらい離れていったのだろうか
数十いや何百と
風に運ばれていった
俺は待った
兄弟たちが声を掛けてくる
「先に行くよまた会おうぜ」
「なんだ気後れしたのかい」
臆したのでも役目を忘れたのでもない
強すぎず弱すぎず
向きも考えねばなるまい
もっともふさわしい風を
そして何度目かの横揺れの後
来た!
今だ今しかない
俺は飛び出した
気中に身を浮かべる
運しかないが読みは間違いないはず
道のりは随分長く感じられるが
ほんのわずかな時間だ
悲惨な末路をあちこちで目撃
恐怖心に身が震える
浮揚が終わり何かに体が触れた
恐る恐る見回すと
狙ったとおりの場所のようだ
俺は思わず万歳した
とにかく生き残ることが出来たのだ
まだ始まりにすぎないが
これで未来を描くことができる
俺は土の上に静かに体を横たえた
****
黒鳥
陸地を目指す一群が
整然とした飛翔模様を描いている
「見えた、見えた!」
先頭の一羽が後方の集団に合図した
「そうか、よかった、よかったな!」
どうやら目的地に近づいたようで安堵の声が上がる
渡りが初めての者はもちろん、経験者も活気づく
ところが中団の一羽が何かに気づいたようだ
「あれ、あれはなんだろ?」
雲の切れ間から突然現れ飛ぶ姿が目に入った
色は黒っぽく、距離を置いて同じ方向に向かっているようだ
見た目には危険はなさそうだ
「仲間からはぐれたのかな?」
一羽だけで他にいる様子はない
「心細いだろう。誘ってやったらどうだ」
リーダーが声を掛けた。安心感が親切心を招く
「わかった。行ってみるよ」
そう言って一羽が黒鳥に近づいていく
けれども間近まで来てびっくり
全身は自分たちより数倍大きく異様な形状をしている
羽根はあるようだがほとんど振っていないようだ
見たことのない種族だがとにかく話しかけてみた
「君、君も陸地に向かっているのかい?」
相手はびっくりしたようだが返事はあった
『そうだよ。でもあまり気が進まないんだ』
憂鬱そうな声であった
「どうしてだい?」
『僕が行くと多くの者に迷惑がかかるんだ。僕は〇〇〇〇なんだ。だから行かないほうがいいんだ』
風の音で聞き取りにくいこともあってよくわからなかった。
「じゃあ、行かなければいいんじゃない?」
『だめなんだ。僕は操られているから進路を変えることが出来ないんだよ』
悲しげな様子を見て励ましの言葉を掛けた
「なにか君の力になれることはないかい?」
『ありがとう。でも自分の意思では何も出来ないんだ』
「僕たち大勢いるよ。皆の力を合わせれば出来るかもしれないじゃあないか」
黒鳥は少し考えた後、口を開いた
『もしかしたら可能かもしれないな。でもお願いしていいのかい?』
「遠慮することないよ。僕たち困っている者がいればお互い助け合っているから。ちょっと待ってて、すぐに戻って来るから」
一羽は黒鳥から離れ仲間のもとに戻っていく
その間も徐々に陸地に近づいている
程なくして渡りの一群が近寄ってきた
数百羽の集団が黒鳥の横を飛ぶ
「また来たよ。それでどうすればいいんだい?」
『ありがとう。助かるよ。僕の周りを取り囲んで飛んでほしいんだ。そして出来る限り羽ばたいてくれる。そうすれば僕を操っている信号を遮ることが出来るかもしれないから』
「わかった。お安い御用さ。で、自由になったらどこに行くの?」
『うん、元の場所に戻っても意味がないから、そうだな、海の中に潜ろうと思う。皆が安全だから』
「え!海の中でも泳げるのかい。凄いなあ」
『ま、まあ、そういうことかもしれないな』
「よし、じゃあやるよ。うまくいくといいな」
そして、一羽が合図を送ると、渡りの集団は一斉に黒鳥の周囲に群がり羽根を思い切り上下しだした。
外から見ると密集した渡りの姿しか見えない
そのままの状態で進んでいく
しばらくしてその集団は徐々に下降しだした
『どうやらうまくいったよ。ありがとう』
そして一体だけ抜け出して海に向かって離れていく
『ありがとう助かったよ、感謝するよ、ありがとう』
と何度も声を発しながら真っすぐに落下する
さらに、黒鳥は海面に突っ込む寸前に
『これで思い残すことはないよ』
と言ったが、渡りたちには届くことはなかった
その間、一群は一部始終を見守っていた
「これで良かったのかな?」
「良かったのさ。喜んでいたんじゃないか」
「彼はなんだったんだい?」
「確か、自分のことを、ムジンバクゲキキ、と言ってたけどよくわからなかったな」
「これからは海の中で自由に泳ぐんだろうな」
「元気でいるといいな」
「よし、それじゃあ我々も急ぎ陸に向かおう!」
そして、渡りたちは再度編隊を組み陸地を目指し飛び始めた
しかし、その直後に、黒鳥が飛び込んだあたりの海面で水柱が立ったのを誰も気がつかなかった
****
いない
町工場が密集しつきまとう騒音
どこからか怒声が聞こえる
しかめ面してハンドルを切り
狭い路地を道なりに進む
家並みが途切れて広いグラウンドが見えた
目に入った光景に思わず絶句
整然と配置されたソメイヨシノが満開で
白一色に囲まれた触れ合いの場
適度な風に誘われ花片が舞い
待ち焦がれた春に小鳥が踊る
サッカーボールを蹴り合う若者たち
羽根突きで遊ぶ親子連れ
ベンチで家族が手を振っている
表情が実に楽しそうだ
馴染みの笑顔が少しづつ遠ざかり
在りし日の風景が点滅
すっかり変わってしまった
グラウンドには人影はなく
静けさがただよい
ただの空き地があるにすぎない
来年こそはと願いを込めて
運転に集中
再び路地に入る
家の中から子を叱る母親の声
手押し車の老人が愚痴をこぼしている
しかめ面してハンドルを切り
狭い路地を道なりに進む
****
お忘れ物ありませんか
(60年前)
教科書とノート
それに筆箱をランドセルに入れて
ハンカチ、ハナカミもね
名札を胸につけて
そうそう給食費が入った封筒
先生に忘れずに渡すのよ
(30年前)
財布に名刺入れ
定期券に回数券
テレホンカードに
それと免許証も
社章バッジも付けて
仕事頑張って
(今)
スマホにマスク
免許証に健康保険証
クレジットカードも
あとマイナンバーカードに
接種証明書か
体を大切に
今日も元気で
行ってらっしゃい