時価寿司(ぼったくり)
嗚呼、寿司が食べたい。
そう思った僕は、寿司屋を求めて歩いた。
日本にはたくさんの寿司屋が存在する。回転寿司なんてものもあるけれど、僕が今この瞬間求めているのは、回転寿司のようなリーズナブルな寿司ではないのだ。
頑固そうな親父さんが握っているような、素材にこだわり抜いた寿司。回転しない寿司。店の外観も重要だ。あまり小綺麗なのは、今の僕が好むところではない。もっと古臭い、何十年と続いているような小さな店がいい。
理想の寿司屋を探し求めて一時間。ようやく、よさげなお店を発見した。色褪せた紺色の暖簾がいい味を出している。これは期待ができそうだ。長財布の中の金を確認してみる。おろしたての一〇万円、小銭は八二五円。クレジットカードが二枚に、スマートフォンでの支払いもある。
よし、と僕は寿司屋に入った。
「いらっしゃい」
五〇代と思わしき、白髪の男性が言った。
いかにも寿司屋の親父といった風貌だ。親父さんの見た目が味に直結しているわけではないが、雰囲気は出るだろう。
カウンターに座って、出された熱いお茶を飲みながら、メニューを見てみる。マグロ、サーモン、イカ、ホタテ……。どの店でも、寿司の種類は似たようなものだろう。値段はどれも時価。時価? なるほど、時価か……。
まあ、こういう店は時価なのかな、と思った。回転寿司なんかは一〇〇円とか二〇〇円とか、きっちり値段がつけられている。けれど、こういう店は日によって仕入れるネタが違うだろうし、仕入れ値も大きく変わってくる。だから、価格を固定するのは難しいのかもしれない。
「時価」
口に出してみた。
「ええ、時価です」
親父さんが渋い声で言った。
「おすすめとかありますか?」
「サーモン」
サーモンは僕の一番好きなネタだ。
時価だということだけど、値段はいかほどだろうか。一〇〇円ってことはない。もう一桁上――一〇〇〇円とか、あるいはそれ以上?
「ちなみに、サーモンって値段はどれくらいなんです?」
僕の質問に対して、親父さんは指を三本立てた。
「なるほど」
なるほど?
それは三〇〇円なのか。いや、三〇〇円だと安いから、三〇〇〇円? だとしたら、かなりの高級店だ。それ相応の味なら、何も問題はないが。
「じゃあ、とりあえずサーモンを」
頷くと、親父さんは手際よく寿司を握った。洗練された動作だった。これがプロフェッショナルというやつか、と僕は感心した。
「お待ちどお」
いうほど待っていない。
僕は軽く頭を下げると、握りたてのサーモンを手で掴んだ。普段は箸を使うことのほうが多いのだけれど、今日はなんとなく手掴みで食べよう。醤油を軽くつけて、口の中に放り込む。
おいしい。
「お次は?」
「マグロで」
僕は時価の表示におののきながらも、次々に注文して胃袋の中に入れていく。腹八分目あたりで、会計をすることにした。
「お会計を」
「はい」
すっと渡された伝票を見て、僕はびっくりした。
サーモン――三〇〇万円也。
いや。いやいや。いやいやいや……。どう考えてもおかしい。ぼったくりのキャバクラだって、こんな法外な請求はしない。全部で五〇〇〇万円超とか、家が買えるじゃないか。
「冗談きついですよ」
僕が言うと、親父さんの手が僕の手に伸びる。
「冗談じゃあねえぜ。この額が払えねえって言うんなら、体で払ってもらおうか。お前さんは魚のようにさばかれて、ネタとして売られるんだよお」
じょ、冗談じゃない!
魚をさばくための包丁で、僕をさばこうとする親父さん。僕は素早く斬撃をかわしながら、ボクシングで習ったジャブやストレートを打ち込む。そのうちの一発が親父さんの顔のど真ん中にクリーンヒットして、彼は鼻血を流しながら地面に倒れた。そこに蹴りを三発叩き込む。死んではないが、動かなくなった。
僕は慌てて店から出た。
教訓としては、店に入る前にネットの評判をチェックしておくべきだ、といったところだろうか。でも、まさか、超ぼったくりの寿司屋が存在して、親父さんが客を殺しに来るだなんて、想像できるはずがないじゃないか!
「やれやれ」
僕はお口直し(?)に、大手チェーンの回転寿司に行ったのだった。