登録しまして
昨日の夕食はとても一言で言い表せないほど幸せを感じた一時だった。
生まれてはじめての美味に、身体が喜んだ。何と言っても素材が村に比べて沢山あるのは大きい。調味料や香辛料も多様で、ここらへんの要素が味に与える影響は大きい。
朝食も美味しかった。パンとスープ、サラダに卵料理というラインナップだったが、どれもさすが高級店と言える逸品揃いだ。
そして俺とミャーレは、王都の冒険者ギルドへとやってきた。
「意外と……小さい?」
「本当ね。トールマンのギルドよりも小さいかも」
冒険者ギルドの外観を眺めた感想である。トールマンで見た冒険者ギルドよりも小さい建物に、思わず首を傾げる。
王都のギルドだからもっと大きい建物を想像していたのだが、意外と小さいのだ。
なんでだろうと思いつつギルド内部へと入っていく。現在時刻は昼前といった時間帯である。中には複数のカウンターに、テーブル席がいくつか置いてある。併設されたギルド直営の軽食屋のものだ。
カウンターの向こうには女性が複数人立っており、書類仕事やらをしていた。そんな彼女達の居るカウンターに向かっていくと、女性の一人がにっこりと笑顔を浮かべて挨拶をしてくれた。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はご依頼でしょうか、仕事の受注でしょうか」
笑みを浮かべて対応してくれる女性にこちらも頭を下げて挨拶をする。
「初めまして。冒険者登録をしたいのですがよろしいでしょうか」
「えぇ、分かりました。初回登録でよろしいですね? お二方ともでしょうか」
「はい、よろしくおねがいします」
そう言うと女性はカウンターから2枚の用紙を取り出す。これも藁半紙だ。
「それではこちらへ記載をお願いします。また初回登録時に王都近郊出身者以外の場合銀貨1枚を登録料としてお支払いをお願いします」
「分かりました」
「文字は大丈夫でしょうか。読み書きができない場合代筆を行いますが」
「あ、大丈夫です」
そう言うと羽根ペンを差し出してくれたので、2人で受け取って用紙へと記載していく。
えーっと名前に出身地……最寄りのギルドはトールマン、かな。いや、王都のギルドでいいかな。
記載されている項目にサラサラと書いていって提出する。受付の女性は2枚の書類を確かめると、一つ頷いた。
「カインさんにミャーレさんですね。他のギルドの登録証などはございますでしょうか。ありましたらご提出をお願いします」
「俺のほうが商業ギルドの登録証を。ミャーレは薬師ギルドの登録証を持っています」
俺達の持つギルドの登録証を提出すると、受付の女性はそれを受け取って何やら作業を行う。ギルドのカウンター内部に置かれた、薄い板のようなものに一つずつ登録証を置いている。
すると、その作業が終わったのか俺達の登録証の他に、2枚の小さな銅板を持ってきた。
「はい、こちら冒険者ギルドの登録証になります。紛失や破損した場合の再発行には銅板貨10枚が必要になりますのでご注意ください」
「ありがとうございます」
女性の説明に頭を下げて登録証を受け取る。新しい銅板には俺の名前と、どこのギルドで登録したのかが記載されていた。
その登録証を腰に下げた荷物入れに入れると、女性が再び声をかける。
「登録初回ですので、初心者講習に参加できますが、いかがいたしますか? 一時間程度で終わる簡単な講義となります。また希望があればその後に戦闘訓練を行う事ができますが」
「ん……どうする、ミャーレ?」
「そうね、必要ないんじゃないかしら。ごく一般的な話でしょう?」
「そうですね、本当に初心者の為の講習となります。また戦闘訓練も今まで戦闘をした事のない方向けですので」
「じゃあいらないかな。実戦経験はあるので」
そう俺達が言うと、女性は軽く頷く。
「では、他にご質問等ございませんか?」
「そうね……王都のギルドだから大きなものを想像していたんですけど、トールマンよりも小さいのは何でなの?」
ミャーレのそんなあけすけな言葉に女性はクスッと笑ってしまう。
「結構聞かれるんです。トールマンのような辺境付近のギルドの方が冒険者の数が多いので建物も大きいんです。辺境の方がモンスターも多いですからね。それに大々的なモンスター退治は王都では騎士団等の仕事ですから。王都で活動している冒険者のメインの依頼は商人等の護衛依頼になります」
「なるほど、王都近辺はモンスターが少ないから、か」
「はい。王都から馬車で一日くらいの土地であればモンスターも多いので、モンスター狩りを主軸に行うのであれば、そこらへんまで足を伸ばした方がよろしいですよ」
「じゃあ、王都近郊で私達みたいな登録したての人間の仕事は無い?」
「いえいえ、無い訳ではないのでご安心ください」
女性はカウンターから複数の紙を取り出して俺達に見せてくる。
その中には写実的な植物の絵や、見た目でモンスターとわかる絵が書かれていた。
「こちら、王都近辺での植物採取の依頼と、モンスターの捕獲依頼です。植物に関しては薬草や果物など野生種のものになります。モンスターに関しては主に、食材としての依頼ですね」
「なるほど、そういう依頼もあるのか」
「後は軽作業の手伝い等の依頼がありますが、そういった依頼に興味はありますか?」
「いえ、今の所は特に」
俺がそう言うとまた女性はクスリと笑う。
「それでは薬草の採取とモンスターの捕獲依頼ですね。モンスターに関しては捕獲となっておりますが、要は食材として使える程度に傷ついてなければ良いので、殺したものを持ってきていただいても構いませんから」
女性の差し出してきた数枚の依頼書を見ると、どれも見知った薬草だった。村付近の森で採取できる薬草類だ。そしてモンスターの方にはフォレストボアや、グラスボアなんかが記載されている。なるほど確かに食材の調達依頼だ。
「グラスボアは王都の西門から歩いて3時間程の草原に現れます。フォレストボアは東門の方を6時間程度で森がありますので、そちらで。薬草も一緒に調達するのであればフォレストボアの依頼と一緒に受けるとお得ですよ」
「それじゃあ、フォレストボアの依頼と薬草類で」
「分かりました」
了承すると、女性が依頼書に判を押して俺達に手渡してくる。
「それでは依頼、よろしくおねがいします。東門付近から乗合馬車は出ておりますので、徒歩で移動するよりは速いです」
「ありがとうございます。納期はいつまで?」
「いつでもで大丈夫です。ただ薬草と食材ですので、獲得してから短い方が報酬も上乗せできますよ」
最後に「がんばってください」と言われた俺達は、そのまま初依頼へと向かった。
王都の東門の馬車駅から乗合馬車へと乗り、街道を進んでいく。
「意外と緩いのね。もっと切羽詰まった依頼とかあるのかと思ってた」
「王都近郊だからじゃないかな。流石に王都近郊で大量のモンスターが、とか野生動物が畑を荒らして、なんていうのは無いんじゃないかと思う」
「そういうのは確かに辺境に多そうよね」
これがトールマンでの活動だったらモンスター退治が主軸になっていたのかもしれない。考えてみれば王都近郊でそんなにモンスターが多く出るのは流通その他に影響が大きすぎてありえないだろう。
だが辺境、具体的に言えば故郷の村なんかは週に何度かはモンスターが出没していたのだからモンスターの数自体が多いのだろう。
ヘリス達は逆に、トールマンを活動拠点にして良かったのだろう。大量のモンスターを倒すという事はそのまま名声に繋がりやすいからだ。
乗合馬車の中でそんな事を語り合いながら外を眺めていると、街道沿いに森が現れた。ここが目的地だな。
「よし、じゃあ降りるか」
「そうね。すいませーん、降りまーす」
ミャーレの声に御者が馬車を止め、俺達が降りる。するとすぐに、再び馬車は街道を走っていった。
その姿を見送ってから俺達は森の前へと歩を進める。
故郷の森とは違った空気を持つ森だ。そこまで草が生い茂っていないし、森自体も深くはない。故郷の森は、見通し自体が悪かった。
「さて、それじゃ薬草採取しつつ、猪を探すか」
「特に珍しい薬草も無かったしね、まぁ楽勝でしょう」
そんな軽い感じで、俺達は森へと足を踏み入れるのだった。