王都にきまして
ガラゴロと音を立てながら馬車が進む。王都までの街道を進む2頭立ての馬車の中に、俺たちの姿はあった。
トールマンの街でトールさんに歓待された後、ヘリス達はトールマンでそのまま冒険者登録を。俺とミャーレはトールさんと、トールさんの丁稚二人と共に現在王都へと進んでいる。
丁稚の一人が御者をして、もう一人は一緒に馬車に乗り込み扉の前の席に陣取り扉の開閉だったり俺たちにお茶を汲んだりと、サービスを行ってくれる。
ただの田舎出身者である俺とミャーレに関してはそんな事される機会も今までなかった為恐縮してしまうのだが、トールさんは慣れたものだ。堂々とお茶を飲んでいる。
王都までの旅路はとても順調で、既に二日目の宿場町を出立して数時間という所だ。
2頭立ての馬車は荷馬車とは比べ物にならない代物で、しっかりとサスペンション入りの改造を施された若干豪華なものだ。
外装は割とお淑やかなのだが、内装は内部の人間を飽きさせないよう折りたたみのテーブルが置かれていたり、お茶を入れる余裕のあるスペースが作られている。流石に窓側にカーテンがかかっているなどの内装はない。
こちらの馬車が普段はトールさんが使用している馬車であるらしく、村に普段来る時に使っている荷馬車は村との交易用、という事らしい。
それにしても、トールさんには色々驚かされた。実は大店の経営者だったりとか、奥さんが二人いるとか。色々だ。
街道を通れば2日で到着する、というのもこんな2頭立ての馬車を用意できるからこその時間間隔なのだろう。徒歩だったら一週間くらいはかかるかもしれない。
単騎で早馬を出して馬を潰して他の馬に乗り換えて、また出て……といった強硬策をすればトールマンから王都まで一日で到着するそうだが、そんなやり方は本当に緊急の事態でもなければできそうもない。馬もタダじゃないのだ。
2頭立ての場合馬一匹に対する負荷が減少してより長い距離を、それなりの速度で安定して進めるのと、街道がちゃんと整備されているのが2日という道のりに貢献している部分は大きい。
俺もお茶を飲みながら隣のミャーレをチラリと見ると、些か居心地悪そうにカップに口をつけている。2日の移動工程では現在の環境に慣れることはできなかったようだ。
俺も若干の居心地悪さを抱えてはいるが、ミャーレほどではなかった。
「お、そろそろ王都ですね」
俺の向かいに座り、のんびりとお茶を飲みながら言うトールさんに合わせるように、俺とミャーレも馬車の窓の外を見る。
周辺にはポツポツと小さな家屋や畑が見える。これは今までの宿場町でもそうだったが、街の外側に畑を持っている農家達の家だ。恐らく王都に直接卸しているのだろう小麦や多種の野菜畑が見える。
この光景は付近に村も何もない場所では見ることができない。という事はこの近辺には街があるという事だ。
「……思ったより速かった」
「そうだな。2頭立ての馬車だとこんな速度で到着するんだなぁ」
「街道が整備されているのも大きいですよ。公共事業の一環で街道整備がされてから、情報交換も物流も素早くなりました」
窓から外を見ると、次第に王都の外壁が見えてきた。高さにして15メートル程はあるだろうか、とても高い石造りの外壁だ。外壁の上には一定間隔で兵士と思しき人影でうろうろとしている。由緒正しき、西洋風の外壁である。
「でっか……」
俺と一緒に窓から外壁を眺めていたミャーレが思わずといった口調で言う。確かにこれほど巨大な建造物、この世界では初めて見るものだ。何せ今まで田舎の寒村にいたものだから。
トールマンの街の外壁も大きかったが、王都の外壁はそれ以上だ。街中もトールマンよりも高い家屋などが建っているのだろうと思う。
それに、王都には城がある。
トールマンで見た領主の居る半分砦の役割を持った居城ではなく、この国の中枢となる王家の住む居城だ、その見た目はさぞかし巨大なのだろう。
馬車は段々と外壁へと近づき、その巨大さを主張する。そうして、外壁の真下へと馬車が到着すると、一時停止した。
何事かと思いはしたが、すぐに何があるのか分かった。門番による検査だ。御者席に居る丁稚から話を聞いた後で、窓の外側から馬車の中を眺めてくる。
俺たちの姿を認めた門番と思しき鎧を着た人物は一つ頷くと再び丁稚へと声をかけ、馬車を進ませる。
「さて、門も無事通過したということで。カインさんとミャーレさんはまずはドゴットさんの所へ。ドゴットさんの務めている工房は王都の職人街にありますので、ウチの店舗よりも外壁に近いですから」
「それは……ありがとうございます。お手数おかけします」
「いえいえ。その後でウチの店舗に戻ってきていただければ問題ありません。今夜の宿をご紹介いたしますよ」
なんとも至れり尽くせりの対応をしてもらって、却ってこちらが恐縮してしまう。
聞けばトールさんの商会の店舗は王都にはあるが、そこは丁稚などが住んでいて余裕が無いので普段は王都に来た時には宿を取っているのだそうだ。
いっそのこと家を買ってしまおうともちょっと思ったらしいが、王都の土地代は高いので、それに関しては現在保留しているのだそう。
確かにこれだけ人が多ければそれだけ土地も使われているのだろうし、土地代が上がってしまうのは仕方がないよなと思う。普段はトールマンに居て、月に3日程滞在する程度であれば、宿に泊まる方が面倒な事もなくて良いという事だ。
そんな事を話しながらも馬車は進み、職人街の一角でその動きを止めた。それと同時に丁稚さんが馬車の扉を静かに開ける。何とも慣れた動作だなぁと思いつつ促されるまま馬車を降りると、馬車の扉が静かに閉まり、トールさんが小窓から顔を覗かせる。
「それでは、また後ほど。ドゴットさんは店の場所をご存知ですので、大丈夫でしょう」
「ここまでありがとうございました。また後ほど」
「ありがとうございました」
俺とミャーレの礼にトールさんがにっこり笑顔で頷いて、馬車を進ませる。
そうして通りの人混みに紛れるように姿を消した馬車を見送った後で、俺とミャーレは周囲を見渡した。
トールマンの通りも人が多いと感じたが、この王都の人通りはそれ以上だ。周囲には荷馬車も丁稚も一般市民も多く通りを歩いている。
「すごい人混みね。こんなに人を見たのは生まれてはじめてだわ」
「トールマンも多かったけどその比じゃないよな」
さすが首都、さすが都会だ。田舎の寒村と比べると明らかに人が多い。多すぎる。
「ま、そんな事言っててもしょうがないし、工房に入ろう」
「え、えぇ、そうね」
俺の言葉にミャーレがぎこちなく頷く。若干人混みに中てられたのかもしれない。
俺は目の前の工房の中へと入り、その後ろにミャーレが続く。工房の中は広々としており、遠くからの鍛冶の音と共に紙の上をペンが走る音が聞こえる。
この世界、紙はある。とはいえ基本的には藁半紙なので真っ白な紙は無いのだが。それでも藁半紙があるという事は、この工房はかなりお金を持っているという事なのだろう。
入り口から入るとすぐ目の前にカウンターがあり、その後ろでは事務用の木の机と椅子に腰掛けた複数の人がペンを走らせている。恐らく経費の計算だとか、そういう事務仕事を行っているのだろう。
そんな中でふと顔を上げた女性が一人、こちらへと顔を向けた。紫色の髪をアップにして纏めており、こめかみ付近から伸びる茶色がかった2本の角が髪の毛の間からぴょっこり覗いている。
角持ち――深闇種と呼ばれる人種だ。闇が深いという言葉とは別の意味である。その女性はこちらを見るとにっこり笑ってからカウンターへと近づいてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
鈴が鳴るような可愛らしい声で対応してくれた女性は、笑顔で俺たちを迎えてくれる。
俺は彼女の問いに合わせるようにこちらも笑顔で応じる。
「お忙しい所すみません。こちらにドゴットがいると伺っているのですが」
「え……えぇ、はい。ドゴットはウチの職人ですが」
俺の言葉に女性が若干戸惑ったような様子で俺を見て、それからミャーレを見る。
え、なんだその戸惑いは。
そんな疑問を感じた俺に続けて女性が問いかける。
「それで、ドゴットに御用でしょうか」
「あ、はい。あの、お忙しい所恐縮なのですが、ドゴットに弟のカインが来たとお伝えいただけると」
ちょっと申し訳なさそうに俺が要件を伝えると、女性は大きな目を見開き俺の顔をガン見してきた。
「え……弟?」
「はい。ドゴットの弟のカインです。こちらは同じ村出身のミャーレ、私の同行者です」
俺の言葉に静かに頭を下げるミャーレを見て、俺を見て、またミャーレを見て、俺を見る。
だからなんなんだそのリアクションは。疑問符しか浮かばないんだが……。
若干不審そうな気持ちが表に出ていたのだろう、俺の顔を見つめる女性はハッとすると慌てたように取り繕った。
「す、すみません。そ、それではドゴットを呼んで参りますので少々お待ち下さい」
そう言って頭を下げると、パタパタと慌ただしく奥へと駆けていった。
「……なんなんだ?」
「さぁ」
俺の疑問に応じるミャーレの言葉に、ため息を一つつく。
それと同時に、事務所の奥の方からパタパタと同時にドタドタとやかましい足音が聞こえる。その足音が近づいてきてるなーと思ったら、バーンと盛大な音を立てて事務所の奥の扉が開いた。
盛大な音に他の事務員さんが不快そうな顔をする。
それと同時に、先程の受付の女性と共に少し女性より背の低い男が姿を現す。立派な顎髭を蓄えたドワーフにしては美形な顔。丸太のようなムキムキの腕に厚い胸板を覗かせる上半身。ドワーフにしては高いが、女性と並ぶと小さい背丈。
まるでドワーフだがドワーフとは言い切れないその人物が、俺の姿を見て大きな声をあげる。
「おめぇ、カインか!! でっかくなったなぁ!! 母ちゃんにそっくりじゃねぇか!!」
やたらとでかい声で俺にそう言うのが、6年ぶりに顔を合わせた俺の兄、ドゴット兄さんだった。
【作者からのお願い】
作品を読んで面白い・続きが気になると思われましたら
下記の評価・ブックマークをお願いします。
作者の励みとなり、作品作りのモチベーション向上に繋がります。