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まだ更新します。
街の外は案外広々としている。
水の多い土地なのか、大きな川が複数流れていて、街にも複数水門がある。
それとは別に、足元をぬかるんだものにする小川も数多くある。
平原だけど、雨が降ったら大変なことになりそうだ。
「水の都って感じだな」
街に走る幾本もの水路は本当にそれっぽい。謎のコンクリみたいな街並みと、水路に沈んでいる様子が非常にマッチしていて、水没都市という綺麗でいてどこか恐怖を覚えるような名前の場所にふさわしいと思う。
「で、薬草ってどこに生えているんだ」
こちとら田舎でもなければ都会でもないような地方で働いてきた人間だ。元より自然に関する知識はない。
流石に足元の雑草は薬草じゃないとは思う。日本でも見たことあるし、こういう感じの雑草。
「森かな」
こういうのは森に生えているのがネット知識。ネット小説情報。異世界転生は先達に頼るしかない。
ということで、一つ大きな川に沿って歩き、森を探すことにした。
「あった」
あったよ。森。徒歩二時間くらい。田舎なら結構近場。ぶっちゃけ高校くらいなら自転車で通う範囲。
でも地面がぬかるんでいて思うように歩けないから、多分思ったほど遠くなかった。舗装された道路なら一時間で来れそう。
人が出入りしていそうな森だ。なぜなら通れそうな道をしているから。茂みとかほとんど無いぜ。
「お邪魔します」
とりあえず自然に挨拶。異世界だから神様とかいるかもしれないし。とりあえず拝んでおく。無事帰れますように。
適当に森を歩くが、それっぽいものは見つからない。
「薬草の見た目くらい書いててくれよな」
習得書に文句を言う。既に日は暮れていて、森の中だから向こう数十メートルも見渡せないくらいに薄暗い。
腹が減った。喉も乾いた。川の水は綺麗なのだろうか。飲んでもいいかな。
でも日本人って生水飲むとお腹壊すらしいし、怖い。
「炎魔法とか使えないかな」
沸騰させれば大丈夫だろうに。使えないのが悔しい。
武器もないし、敵にエンカウントする前に帰りたいぜ。もうそこら辺の雑草摘んで帰ろうかな。
「きゃあああああ!!」
突然、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。絹を裂いた音なんて聞いたことないけど。
「え、どうしよ」
ぶっちゃけ関わりたくない。女性の悲鳴とか手遅れのパターンでしょ。そもそも間に合わないのがこういう悲鳴だと俺はホラーゲームで知っている。
そもそも、こういう音で敵が集まってくるものだろうに。
でも、行かなきゃ後悔すると思う。
それはギャルゲの選択肢みたいな。明らかに選んだら地雷のような感じのやつで、行けば後悔するだろうけど、行かなきゃもっと後悔するような、どうしようもない感覚。
だって俺、主人公じゃないし。
チートとか、持ってないし。
レベル1だし。
でも、助けられるかどうかなんて、行かなきゃわかんないことで。
俺の足は、自然と悲鳴のした場所に向かっていた。
そこに居たのは、足を怪我した幼女で、赤色のツインテールをしていた。
犬っぽい動物に襲われていた。だけど、肝心の爪は水掻きみたいになっている。
独自に進化した水陸両用哺乳類みたいな。寒冷地に住むアザラシとは違うようなやつ。犬でカエルっていうのが正しい見た目だった。
今にも襲い掛かりそうなそいつを見て、俺は駆け出した。
攻撃とかは特に考えてない。ただ幼女を向いて背で攻撃を受けた。
「痛い……」
もう泣き叫びそうなくらい痛い。だけど、我慢した。男の子だから。
ほら、男って女の子にフラれた時と、蜂に刺された時だけ泣いていいっていうし。
目の前にいる幼女は泣いているし。
俺も泣きたいけど、我慢した。
「助けて……」
だけど、口から漏れた言葉は本音で、助けたはずの幼女に助けを求めていた。
俺は武器とか持ってないからさ。喧嘩も弱いし、陰キャみたいなパンチしか出せない。
だけど、異世界で一人森にくる幼女なら、攻撃くらい出来るでしょ。
それに、幼女には抱きついているから、逃げられないし。
「超痛い……」
犬カエルが俺の肩に噛み付いて離れない。注射より太いものを刺された事の無い俺の体はもう我慢できずに涙をこぼした。
幼女も泣いている。
「無理そうなら、逃げていいよ……」
抱きしめるのをやめて、そっと肩を押して離れた。犬カエルは俺の方が食い出があるからか、幼女を狙うことは無かった。
これで死ぬんだろうか。なんで俺転生したんだろうか。
この幼女を救うためなら、価値があったんだろうか。
「一回くらい、童貞、捨てたかったなぁ……」
思い浮かぶのは地球にいた頃の記憶ばかり。いい思い出は少ない。
小学生がピークで、後は落ちていく一方な人生。
性の目覚めは隣の家の人妻だった。
それくらいしか思い浮かばない。薄っぺらい人生。後は社会人になって何も記憶に残らないような生活だった。
金も時間もある。潤いがなかった。
異世界転生したんだから、チートハーレムくらいしたっていいだろうに。
幼女を抱きしめたけど、痛みで感触なんか意識出来なかった。
本当にままならない。
ゴスッという音が耳元で鳴る。それと同時に犬カエルがキャインキャインと鳴いて逃げていった。
杖を振り抜いた姿勢で幼女が叫ぶ。
「馬鹿! なんで武器も持たないで森に来てるの! なんで戦うこともしないで庇ってるの! なんで悲鳴を上げるような馬鹿相手に助けに入ってんの! 戦う力がないやつが自己犠牲で守らないでよ!」
癇癪を起こしたようにキャンキャン鳴く。本当にその通りだった。
杖の一撃で幼女は犬カエルをおい返せたっぽいし、俺は要らなかったかもしれない。無駄に怪我をして、罪悪感を生ませたかもしれないよな。
「ごめんなさい」
「謝んないでよ! 助けたことを誇りなさいよ! もっと偉そうにしなさいよ!」
無茶苦茶言う幼女である。
「それなら、ひとつ」
「ぐすっ……なに?」
「薬草のある場所とか、知りませんか?」
本来の目的を果たさねば。そして、肩に噛み付かれた痛みも、きっと魔法陣の魔法で治せるだろう。
「それなら、こっちよ」
こうして、俺は無事に薬草を手に入れたのだった。