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8話 4番打者キノコ

「遂に来たね、木之崎君」


「おーう。真剣勝負しようぜ、櫻井」


 バッターボックスに入ると、チームメイトの男子が俺の横にバットを置いてくれる。 これで全ての準備は完了だ。後は……俺が打つだけ。


「真剣勝負? 悪いけど、こちらの総意は決まっているんだ」


「何……? まさか!」


 おもむろに背後で立ち上がるキャッチャー。そして投げられるのは、高くて届く筈もないボール球。

 テレビでやっていた甲子園の中継で何度か見た事がある。これは……


「敬遠……だと?」


「悪いね、木之崎君。君を相手にするのは危険過ぎるんだよ」


「嘘だろ! 学校の授業で敬遠だなんて!」


「卑怯とでも、なんとでも言っていいよ。江園君だって納得してくれたしね」


 針馬も、だと? アイツ……そんな手を使ってでも俺達に勝つつもりなのか!


「ということで、続けさせて貰うから……さっ!」


 櫻井は迷いの無い動きで淡々とボールを投げてくる。

 こうなってしまってはもう諦めざるをえない。誰もがそう思った……その時。


「……待って、待ちなさい、待ちなさいよ!」


 いきなりレフトから歩いてきた眞城がマウンドに上がり、試合を中断させる。

 アイツ、一体どういうつもりなんだ……?


「どうしたのかな眞城さん。今は試合中だよ」


「いやいやいやっ! おかしいでしょ! 相手を見てみなさい! キノコよ! あんなの、ただデカイだけの喋るキノコじゃない! 何をビビってんのよアンタ!」


 眞城は俺を指差し、憤怒の形相で櫻井を怒鳴りつけている。

 行動と発言から察すると、敬遠自体に文句があるわけじゃなく、俺相手に使用する事に異論があるようだ。

 俺としてはどんな理由であれ、敬遠をやめてくれるのなら嬉しい。

 だけど眞城、ただでさえクラスで浮いているんだから、あまりそういうことを言わない方がいいんじゃ……


「眞城さん、君は分かっていないよ。木之崎君と勝負するのはあまりにもリスクが……」


「それでも野球部のエースなの? 相手はバットも握れないただのキノコ! 丸腰のキノコにビビって敬遠だなんて末代までの恥よ! 男なら正面からねじ伏せなさい!」  


「ふぅ……やれやれ。どうなっても知らないよ」 


 最初は面倒くさそうにしていた櫻井も、眞城の熱の篭った説得に打たれたのか……キャッチャーに指示をして座らせる。俺と勝負する覚悟を決めてくれたようだ。

 理由は喜べないけど、眞城のお陰で戦える。後はこのチャンスを活かすだけ――


「ありがとな眞城! お礼にすげぇ一発を見せてやるぜ!」


「勘違いしないでよね。私はキノコを塁に出したくなかっただけよ」


「なんだっていいさ。仮に三振になっても、敬遠で塁に出るよりは気持ちいいしさ」


「文字通り手も足も出ないくせに……ふーんだ」


 鼻を鳴らしてレフトへと戻っていく眞城を見送り、俺は櫻井と向かい合う。

 百五十キロの速球なんて本来の俺でも打つのが難しいけど、今の俺にならきっと打てる。


「行くよ、木之崎君っ!」


「来いっ! 返り討ちだ!」


 櫻井が大きく振りかぶった瞬間、俺は全身の力を込めて――【能力】を発動させた。それは見えない力となってバットを持ち上げ、俺の立つ前で静止させる。


「ちょっ、えっ、何よあれ!」


 驚く眞城の声がここまで聞こえるが、そんな事を気にしている暇は無い。

 目に映るのは振り下ろされた櫻井の右腕に、うねりを上げて飛び込んでくる白球。

 変化球じゃない。これはきっとストレート……真っ向勝負なら俺も負けないっ!


「うおらぁぁぁぁぁっ!」


 バットとボールが激しくぶつかり合う金属音が耳を劈く。

 俺の放った念力によってスイングされたバットは見事にボールを芯で捉えており、打ち返された打球はグングンと伸び……フェンスを軽く超えていった。


「は、入った……? 入ったよ木之崎君! ホームランだぁ!」


 ボールの行方を呆然と上を見上げていた橙乃が一塁の上で飛び跳ねる。

 その瞬間、敵味方問わずにグラウンドの全員が一斉に沸き立ち、歓声を上げ始めた。


「……負けたよ木之崎君。完敗だ」


 ぽみゅぽみゅと一塁へ進もうとする俺に、櫻井が苦笑いを浮かべて近寄ってくる。


「いや、変化球を使われていたら打てなかったさ。それに、俺を相手にするとストライクゾーンが狭くてやりづらかっただろ?」


「そんなのは言い訳さ。僕はベストショットのつもりだったし、事実そうだった」


「おいおい、まだ五回だろ? 次の打席でも勝負しようぜ」


「もちろんさ! 次こそは三振を頂くよ!」


 櫻井は俺の言葉に頷くと、気合を入れ直した様子でマウンドへと帰っていった。

 また今度も打てるとは限らないし、俺の方も気を引き締めないとな。


「フッ、やるじゃないか丈人。それでこそ我がライバルというものだ」


「針馬、それを言う為にわざわざ二塁まで来たのかよ」


 俺がボールを打った瞬間、針馬はボールを目で追う事すらしなかった。

 音だけでホームランと判断したんじゃない。俺ならホームランを打つと確信していたんだ。

 たくっ。普段はふざけた奴だけど、こういうところはマジでライバルっぽいんだよな。


「さっさとホームインしろ。次の打者を打ち取った後、俺が逆転打を見せてやる」


「楽しみにしておく。ただし、そう簡単に逆転出来ると思うなよ」


 ライバルに見送られた俺は二塁を踏み、ぽむぽむと三塁へと進む。

 後は橙乃が先に待つホームに飛び込めば……

今作はかなり昔に書いた作品のリマスターとなります。

それすなわち、ハードディスクの奥底に眠っていた黒歴史の大量放出。

もしお楽しみ頂けましたら、ブクマやポイント評価などお願いします!

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