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6話 キノコの胞子

 針馬を欠いた後の一限目は、無事平穏に終わったと言える。絡みつくような眞城の視線と涙目で訴えてくる橙乃の視線のせいで、俺の精神力は大幅に削られてしまったけどな。

 キノコも冷や汗をかけるとは知らなかったよ。


「ねねねっ! 木之崎君、お腹空いてない? 喉は渇いてない? 霧吹きはいる?」


 休み時間早々、涙目の橙乃が俺に縋り付いてくる。手にはお菓子とジュースに霧吹きスプレーを持ち、俺の世話をする気満々のようだ。

 何がここまで橙乃を駆り立てるのかはよく分からないが、とりあえず安心させておこう。


「あ、ありがとう橙乃。じゃあ、飲み物を貰えるか?」


「うんっ! はいっ、ストローもさしておいたからねっ!」


 俺はペットボトルに口を付けて飲むのが苦手な為、大抵は紙パックジュースを飲んでいる。その際に必要となるのが、このちょっと長めのストローだ。

 橙乃が用意してくれたイチゴミルクの紙パックにさされたストローを、俺は傘と茎の根元にある口で咥える。後はちゅーちゅーと吸うだけで喉の渇きを癒せるのだが……


「うぇっ!? ジュース飲んでるっ!」


「ちゅー……いいだろ、飲み物くらい飲んだって」


 机に頬杖を突いて、未だに俺を観察していた眞城が驚愕の声を上げる。

 これじゃ落ち着いて飲めるもんも飲めなくなるって。


「というか口があるだけでも驚きよ。アンタには目も鼻も無いようだったから」


「目も鼻も無いけど、視覚と嗅覚はあるぞ。あとは聴覚もな」


「ふーん? ジュースを飲むって事は味覚もあるのよね? じゃあ、後は触覚かしら?」


 左手の指をワキワキとさせながら、眞城は黒い笑みを浮かべる。

 まさかコイツ、俺の体を全身くまなく撫で回すつもりなのだろうか……ごくりっ。


「……きーのーさーきーくーん?」


「っひぃっ! ど、どど、どうした橙乃?」


 地の底から響くような声に振り返ってみると、虚ろな目の橙乃が俺を見ていた。


「さっきからずっと眞城さんとお話して、見つめ合って……仲がいいんだね」


「ご、誤解だぞ! 眞城は俺のことを嫌っているみたいだし!」


「そうかなぁ? だって眞城さん、ほとんど木之崎君としかお話してないよ?」


「え? あっ……」


 言われてみればそうかもしれない。普通、転校生は最初の休み時間にクラスメイトから質問攻めに遭うもの。特に眞城程の美人なら人気が出て然るべきだ。

それなのに眞城に話しかける者はおろか、近づこうとする者すらいない。 

 これは一体、どういう事なんだろうか……?


「ふん、分からんのか? これだから貴様はダメなんだよ、橙乃杏」


「なんだ針馬、早いお戻りだったな」


 授業終了後、廊下から職員室へと連行された筈の針馬が話に割り込んでくる。


「眞城優夢が丈人を悪く言った際、クラスの連中はこの女の事を強く責めた。もうそこまで怒りを覚えていなくとも、今更話しかけるのは躊躇われるのだろう」


「ええ? 別にいいじゃないか、誤解は解けたわけだし」


「……解けてないから私はぼっちなのよ。悪い?」


 不貞腐れた態度で眞城は机を叩き、忌々しげに吐き捨てる。

 なるほど。この刺々しいオーラを前にしたら、いくら美人の眞城が相手でも話しかけるのを戸惑っちゃうよな。胸の絶壁もそうだが、眞城はケイ先生に似て残念美人なのかも。


「なんでかしら? アンタを始末したい気持ちがより強くなってきたわ」


「うぐっ……俺に構わず普通にしていればいいだろ。最初に入ってきた時みたいにさ」


「うん。あの時の眞城さん、すっごく美人さんでビックリしちゃったなぁ。あっ、勿論今も美人さんなんだけど、その、あの時と比べるとちょっと怖いかなーって」


 眞城のぼっち事情を知って機嫌を取り戻したのか、橙乃も会話に入ってくる。

 優しい橙乃の事だ。ヤキモチよりも、眞城を心配する気持ちの方が上回ったのだろう。


「怖い……ね。そうよ、私は所詮誰とも分かり合う事なんて出来ないの……」


「え? どういうことだよ眞城?」


「分からない? 綺麗なバラには棘があるように、私に触れようとした者は傷付くことになるの。そうよ、全ては私が美しすぎるのが罪……」


 ふざけている様子もなく、眞城は憂いを秘めた表情で中二病めいたセリフを語り始める。

 えーっと、これはどんな反応をすればいいのだろうか。橙乃は唖然として口を半開きにしているし、針馬にいたっては白目を剥いてフリーズしている。

 とりあえず、俺だけでも乗ってあげないと悲惨だよな……


「……あいたたたたっ」


「ちょっと! そこは慰めるところでしょ! このキノコ!」 


「おい、本当にそれで満足するのか! って、何をす……うおあああああっ!」


 茎根っこを掴まれて、ぶんぶんと俺を揺さぶってくる眞城。


 ぐっ、そんなに強く振られると胞子が……! 


「わぷっ、なによこれ……くちゅんっ! へっくちゅんっ!」


「わわわっ! 木之崎君、大丈夫?」


「お、俺は大丈夫……それよりも眞城を」


 俺の傘からモフモフと舞った胞子を吸い込んで、眞城がくしゃみを繰り返している。胞子自体に毒があるわけじゃないが、これで体調でも崩されたらと思うと気が気じゃない。


「ずびっ、アンタ……よくもやったわね! うぃっくちっ!」


 俺を掴んでいた手を離して鼻を抑えているが、眞城のくしゃみは止まらないようだ。


「うわー、凄い鼻水だよー。はい眞城さん、これ使って」


「あ、ありが……へっくちっ!」


 眞城は手渡されたハンカチで鼻水まみれの顔を拭い、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。 

 と、ここで予鈴が鳴り、二限目の開始が近づいていることを知らせる。


「ずずずっ……触ると反撃してくるのね。貴重なデータが取れたわ」


「反撃したくてしたわけじゃないけどな。あとお前、さっきのって……」


 自分は誰とも分かり合えないと、眞城は言っていた。

 アレは一体……どこまでが本気だったのだろうか?


「ふーん、だ。アンタに教える義理は無いわよ」


 相変わらずの敵意を曝け出し、眞城はまたもやそっぽを向いてしまった。

 こんな様子じゃ、仲良くなるのにまだまだ時間が掛かりそうだ。

クラスメイトとも溝が出来てしまったようだし。それが俺との騒動によるものだっていうなら……俺にも責任の一端があるってことになるよな。

となれば、このまま自然に打ち解けてくれるのを待ってばかりもいられない。


「……早いとこどうにかしないと」


 俺は誰にも聞こえないようにそう呟き、新たに決意を固める。

 なんとしても眞城と和解し、クラスに馴染めるようにしてやるのだと――

今作はかなり昔に書いた作品のリマスターとなります。

それすなわち、ハードディスクの奥底に眠っていた黒歴史の大量放出。

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