55話 キノコと乙女心
「救助を呼んできた針馬逹と合流した時は大騒ぎだったよ。針馬と橙乃は泣いて大喜びだし、シーナに至っては俺が裸だからって股間のキノコを食べようと……」
「榎田先生が山にいて助かったわね。もしかして、キノコを採っていた先客って?」
サラッと挟まれそうになった下ネタをスルーして、私は丈人君に疑問をぶつける。
その推測は当たっていたらしく、丈人君は傘を頷かせながら続けた。
「ご名答。封鎖されていた超上級者コースならキノコがたっぷり採れるだろうって、看板を壊して侵入していたらしい。お陰で助かったんだけど……なんだか複雑だよな」
「……複雑なのはこっちの方よ。やっぱりアレは……夢じゃなかったのね」
溺れている間のことは記憶が混濁としていてよく覚えていなかったから、あの時……私の唇を奪って、助けてくれた人が丈人君だと分かってよかった。
ファーストキスなんですもの。もしも他の人だったらと思うと、気が気じゃないわ。
「くぅぅっ……どうして気絶してたのよ私の馬鹿。初めてのキスだったのに……」
「うん? なんか言ったか?」
「……なんでもないわ。それよりも、どうして丈人君がまたキノコの姿になってるのよ」
そう。何よりも一番気になるのはそこ。
一度人間に戻れたなら、今こうして丈人君がキノコの姿でいる理由が分からないわ。
「あははっ! そこかやっぱ。いやー、不思議なことって重なるもんでさ」
その質問は予想通りだったと、丈人君は笑う。
「丈美と俺が例のキノコを分けたことで……昼と夜で別れちまったんだよ」
「昼と夜で別れた……?」
言葉の意味が理解出来ず、頭の中がちんぷんかんぷん。
私が起きた事を杏逹に連絡する為、話の途中で出て行った丈美ちゃんさえいれば……
こういうリアクション要因は杏か丈美ちゃんの役目なのよ!
「別れたっていうのは、言葉通りの意味なの?」
「そう。日の出から陽が沈むまでの間、丈美は人間の姿に。そして日没から朝日が登るまでの間は俺が人間の姿にって、入れ替わりで元の体に戻れるようになったみたいでさ」
今は夕方だから丈美ちゃんが人間の姿。時間が経てばまたキノコに戻り、今度は丈人君が人間の姿に変わる。そんなことって……アリ?
「キノコを半分こにしたから、戻っていられるのも半分の時間ってわけ?」
「理屈的にはそれであってるんじゃないかな? 確かめようは無いけど」
「む、無茶苦茶だわ……」
「でも俺は満足しているよ。お陰で丈美が、また学校に戻ることが出来る」
あっ、そうよね。学校は日中に行けばいいんだから、キノコに戻る前に下校すれば普通の学校生活となんら変わらない。
「あれだけ可愛い子なら、もういじめられることも無いでしょうしね」
よかった。丈人君の学校生活が変わらないのは不満だけど、丈美ちゃんが無事に学校へ通えるようになった。もう、キノコ女なんて……いじめられる子はいて欲しくないもの。
「なぁ、眞城……お前に礼を言わせてくれ」
「な、なに? 急にかしこまって……気持ち悪いわよ」
「出会ってから色々あったけど……お前は俺を助ける為に行動してくれた。妹を――丈美を救ってくれた。感謝しても、しきれないんだ」
本当にありがとう。そう呟いて、グニーっと傘を下げてくる丈人君。
「友達として当然のことだわ。むしろ、助けて貰ってお礼を言いたいのはこっちの方よ」
「それでも、だ。何か言わないと……何かしないとって思っちまう。だからさ眞城、俺に出来ることならなんでも言ってくれ」
男の子ってどうしてこう、足し算引き算で考えたがるのかしら?
丈人君が傍にいてくれる。それだけで、私はこれ以上何も要らないのに……
「……じゃあ、三つ」
「え?」
「三つ……今から言う事を聞いてもらうわよ」
まぁ、貰えるものは貰っておくけどね。にひひひっ。
「なんでもとは言ったけど、何度でもとは言ってないぞ」
「うるさいわね! つべこべ言わずに聞きなさい!」
ぺちぺちと生意気な丈人君の傘を叩いてやってから、私は右手の指を三本立てる。
こんなチャンスは滅多に無いし、最大限に利用してみせるわ!
「まず一つ目……いい加減に、私を眞城って呼ぶのをやめて」
「え? 眞城じゃダメなのか?」
「ダメ。あと私だけじゃなくて杏も同じね。だって江園君とシーナのことは名前で呼び捨てでしょ? 私と杏だけ仲間外れにしないでよ」
抜けがけはダメ、ゼッタイ。だったわよね杏。
安心して、親友のアナタのことを忘れるわけないじゃない。
「……分かったよ優夢。これでいいか?」
「うぉっほっ! ま、まぁまぁいいじゃない……くぅぃひひひひっ」
好きな男の子に呼び捨てにされるのって、思った以上にクるわね。
だけどそれよりも、私が本当にお願いしたいのは――
「……次に二つ目。私に、元の姿を見せないこと」
「え? なんでだ?」
こんな事を言われて、丈人君が疑問に思うのは当然よね。
でも、しょうがないじゃない。
また丈人君のあの姿を見たら……私、もう自分の気持ちを抑えられなくなっちゃう。
「……コホン。乙女心は複雑なの。分かったら日没前にとっとと帰って」
「帰ってもいいのか? 最後のお願いが残ってるけど」
玉砕するなら、全てが終わった後。
残り半分。朝の丈人君がキノコのままなら……まだ終わりじゃない。
丈人君が完全に戻った時、私はこの想いをしっかりと告げるつもり。
「三つ目のお願いは……教えない」
「教えないって、それじゃ叶えようがないぞ」
「……これは自分で叶えなきゃ、意味が無いの」
既にバレバレだとか、隠せてないとか言わないでよ?
私だって頑張っているんだから。これまでも、これからもずっと――
「自分で? じゃあ、俺はいらなくないか?」
「ああああもうっ! ほんっと……乙女心が分かってないっ!」
ずっとずっと、この人を好きでいよう。
想いが叶う、その日まで。




